青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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 頭を打ったわけでもないのに頭痛がヒドイ。
 むしろ頭を打っていそうな元恋人である彼、木佐木《きさぎ》冬空《とあ》の方が元気だ。
 元気に俺を抱きしめて笑っている。ただ座り込んだままなので実は具合が悪いのかもしれない。そう思うと振り払うことは難しい。
 なぜ彼が勝ち誇っているのかまるで分からない。
 
「お前たち分かっているのか? もう次の授業が始まっているんだぞ」
 
 それなら彼も授業に出るべきなのだがなぜか俺を抱きしめている。
 怒ったのは弟だ。
 弟である繭崎賢治は全く賢くないし治めたりせずに乱すばかり。
 
「うっせエェェェ! センコーでもねえクセにオレに指図スンナ。先公でも指図スンナッ!!」
「せんこう……花火? それとも専門にしているという意味か?」
 
 うるさいのは誰よりも弟だったし、言いたいのはたぶん線香花火でも、理系を専攻するとかで使う専攻でもなく教師のことだ。
 たしかにこの学校では先生を先公なんて言う人はいないし彼が見るものの中に先公という単語はないかもしれない。
 
「先攻後攻……? オセロの話か?」
 
 どうして先攻後攻で一番初めにオセロが出てくるんだ。
 ボードゲームだったら将棋でもチェスでも何でもよかっただろ。
 
「永遠、寝っ転がってたけど眠かったのか? こんなところでダメだぞっ」
 
 少しズレているが鯨井が一番まともなこと言っている気がする。
 賢くない上に物事を混乱に落とすことが得意な弟は「ナァニ、人のアニキとキスしてんだッ!!」と爆弾を起爆させた。
 みんな忘れて不発弾で終わったかと思ったのに見事に爆発。
 
 挙動不審なのか鯨井が不自然な動きをする。
 彼がボソッと「宇宙人は不思議な踊りを踊った」と呟いたのが聞こえた。
 確かに効果音とかつけたい動きだが淡々と言わないで欲しい。
 
「オマエはなんなんだよ! アニキが好きなのかッ! ムリヤリにキスしやがって!!」
「何言ってんだよッ! 永遠はオレが好きなんだよっ……あ、え? お前がオレの弟?」
 
 ハッと気づいたように鯨井が言いだした。

 彼が「やはり地球外生命体と人類が言葉を交わすには早すぎたんだ」と小さく首を振る。彼の中で鯨井は完全に宇宙人らしい。どうしてあからさまに好かれているのにこうも冷たいのだろう。一片の情も彼は鯨井にかけていない。食事に誘われて俺の部屋に来るくせに鯨井に感謝しているのを見たことがない。鯨井がかわいそうになってくるが二人に付き合って欲しいと思わないあたり俺も性格が悪い。
 本当なら二人が付き合えるように仲を取り持つのが彼との縁を切る一番の近道だと分かっている。
 それが出来ない。
 彼に対するこの未練はどこから来るのだろう。
 一緒にいた時間。恋人してではない同室者として傍にいた時間の長さのせいならば俺は彼の次に同室になった玖波那に恋をしていないとおかしいことになる。そして、今なら鯨井だ。
 
 玖波那は嫌いじゃない。
 鯨井だって嫌いじゃない。
 俺は積極的に人を嫌うことがそもそもないかもしれない。
 
「とにかくッ!! 永遠はオレが好きなんだって言ってんだろっ。お前、しつこいぞ!!」
「永遠というのが俺を指しているなら訂正する。お前を好きだという事実はない」
「じゃあなンだ? オマエはアニキが好きだってのかァ!?」
 
 凄む弟に対して彼は全く動じない。
 どっからどう見てもヤンキーに恐喝されている金持ちの子息な感じなのに彼は俺を抱きしめたまま頷いている。
 彼はいつでも、そうだった。
 俺のことを好きじゃないとは嘘でも言ったことがない。
 浮気なんかするよりも先に軽く嘘をついてショックを与えようという考えは浮かばなかったんだろうか。彼は嘘をつけないわけじゃない。バカではない。
 玖波那が言うように木佐木国の王様で彼は彼のルールで生きている。
 
「アニキのことを好きだってエェのにオマエは他の奴に自分が好かれてるって思われてンだよォ? 気ィ持たせてんのかァ!? 遊んでンのかァ!!?」
「故意に勘違いを誘発した覚えはない」
「恋は勘違いだろうがなんだろうが、相手が勘違いしてンなら、オマエがアニキ以外に色目使ったってことだろうがァ」
 
 弟はバカで考えなしで面倒な奴だが長い付き合いというか兄弟なので俺のことをよく分かっている。
 たぶん、弟が出した結論は正しい。俺のことに関しては大体あっているから困る。
 
「アニキ以外好きじゃネエェって言うなら、そいつが勘違いなんかするわけネエェだろ」
「宇宙人は思い込みが激しく人間の言葉を理解しない」
「理解させてねえの間違いじゃねえのぉ?」

 ドスの利いた弟の声が少しだけやわらかくなっているのはどうしてだろう。
 彼の美貌を前にさすがの弟も悪態をつき続けるのをためらいを覚えたのか。
 
「勘違いさせたままが都合がよかったのは認めよう。俺は一度として好きだなんて言ったことはないがな」
 
 冷たい言葉に聞こえるが事実だ。
 これを聞いている鯨井はどんな顔をしているんだろう。
 彼から振られた鯨井は俺にどんなふうに接してくるんだろう。
 この段階に至っても俺は自己保身的な考えの中にいる。
 
「アンタ、モテんだろ?」
「弟様ほどではないと思うが、告白を煩わしいと思う程度に人から思われ続けてる」
「いちいち訂正スンのも面倒なほどだろォ」
「俺の中での認識にブレがないのなら他人がどう思ってようが関係ないことだ」
 
 言われて俺は心臓に杭を打たれた気がした。
 頭ではない、心臓だ。
 俺の、なくなったかと思った心臓が高鳴り存在を主張する。
 
 俺は人目を気にする。それが普通だ。
 普通に気になる。
 視線恐怖症というわけでもない一般的な注意の払い方で他人からどう見られるのかは気になる。
 
 気にしていなければ面倒なことに巻き込まれるし、避けていても厄介事の方から突っ込んでくる。
 俺は地味平凡であることに誇りを持っているわけではないが変わろうとは思っていない。
 親衛隊のやつらに散々言われた。
 俺が彼に似合わない、と。
 そして同時に言われるのだ彼のそばにいて目障りにならない人間になれ、と。
 
 冗談じゃない。
 元恋人であるからこそ分かる、彼は才能のかたまりだ。
 単純に多彩であるだけではなく彼は興味のあることなら特出した集中力で普通なら長期的な計画を立てて行うものを短時間で済ませる。
 休みの日に俺との時間を作るため、そんな理由で彼は家からや彼個人にあてられた仕事をこなしてしまう。生徒会としての仕事の方が他の人との兼ね合いがあるから手こずるぐらいだ。
 彼は人を引き付けて魅了するが自分についてくる人間に全く興味がないし周りのことはどうでもいいと思っている。だから、自分一人で行うような仕事の処理は目を見張るほどにスゴイが調和やチームワークが必要になると動きが鈍る。独裁という形で場を収めてはいるから彼が実のところ「生徒会長」という立場が合わない人間なのだときっと誰も知らない。
 
 俺以外は、知らない。

 俺は気づいたから彼を支えようと思っていた。
 彼と並び立ったり彼よりすごくなりたいなどと無理なことは思わない。
 
 彼が俺に告白した時のように俺が求められたのはサポートだ。彼に頼られて彼を助けることなら俺が誰よりも一番うまくできると思った。
 俺が彼の親衛隊に傷つけられ続けたと思ったプライドは恋人としての立場だけじゃなく、彼を支える裏方としての立場というものも含んでいたのだ。
 
 俺の抱える未練というものに恋情がないのなら彼を支える立場に対する未練だろう。
 安定した未来が約束されている。
 彼の収入は学業をこなす傍らだというのにすでにある程度の社長レベルかそれより多い。
 遊びではなく本腰を入れてもらえば世界レベルの富豪になることすらできる。
 金銭に頓着しない彼なので収入の管理は俺に一任され、俺が何をしたところで彼はきっと文句を言わない。
 同性なので子供は出来ない。そう考えると彼はこれ以上にない相手に思えてくる。
 こういった考えを持ってしまうあたり俺はどうしたところで未練がましい。
 
 彼のプラスな部分を数えようとしてしまう。
 その理由はきっと空虚だった心にじんわりと何かが埋まって来たからだ。
 こんなことを言ったところでどうしようもないことだけど、俺を抱きしめる彼の指先が冷たいくせに一度合わさった瞳は燃えるように熱かった。
 
 別れを告げた時に呼ぶことのない名前だと言った彼の名前を俺はさっき呼びかけた。
 倒れている人に対しての処置として名前を知っていたら大きな声で名前を呼んで肩を叩くと教えられている。
 この学校の医療設備はそれなりにいいがそれでもすぐに病院に行けるわけじゃない。
 だから、覚えておかないといけないと年に二回ほど避難訓練や緊急時の対策講座は開かれる。
 
「永遠はっ、永遠はオレのこと好きだよなッ!!」
 
 彼が俺を離して立ち上がった。
 鯨井から庇うように彼が俺の前に立つ。
 一瞬だけ見えた鯨井の姿は意外にも傷ついて涙目というものではなかった。
 強く鈍い光は見たことがある色をしている。
 
「俺が好きなのは堅太だけだ。お前の前で何度も堅太に愛を告げていただろう」
「そんなっ、そんなの嘘だッ!! オレの気を引きたいからってそんなこと言っちゃダメだろ」
 
 いま謝るなら許してやるからと口にする鯨井に彼は毅然とした態度を崩さない。
 彼はいつだって彼である。
 誰も彼を従えることは出来ない。
 
『俺は堅太がいるなら我が儘は言わない。堅太だけが欲しいんだ』
 
 たぶん俺は心の中で徐々に理解をしている。
 去年の熱病のような甘い恋が消えても未練があるのは彼が俺に与え続けた優越感が未だに消えていないからだ。
 彼は俺に興味をなくさない。
 彼は俺を愛することをやめない。
 ずっと俺を愛し続けていた。
 彼の尺度ではあるものの他人と比べてありえないレベルの優遇を受け続けている。
 我が儘を言わない代わりに彼が我が儘を自分で叶えようとして失敗した。
 
「どうして俺が堅太以外を好きだと思えるんだ」
「だって永遠は全然ケンタとしゃべってねえじゃん!」
 
 鯨井は「ケンカしてるのか?」と聞いてきたが彼は首を振る。
 俺と彼の間のことは何一つ鯨井の耳には入っていないのだろう。

「堅太と俺はそんなに話す必要はない」
 
 壁を叩く音が聞こえて見てみれば発生源は弟だった。
 珍しいことに爆笑していた。壁を叩いたり引っ掻いたりしている姿は酔っぱらった猫みたいだ。
 
「仲わりいのか?」
「どこを見たらそんなことが言えるんだ。愛し合っているから会話はいらないんだ。……ただ俺はそれにあぐらをかいていた。弟様の反応からも俺の甘えは理解した」
 
 彼が弟から何を読み取ったのかサッパリだ。
 そして、弟様ってなんだ。
 名前を知らないから弟呼びなのはいいとして「様」づけ。彼が「様」づけ。
 価値観の崩壊が進む。
 
「俺は、堅太に俺だけを見て欲しいときちんと口に出して伝えるべきだった」
 
 振り返って俺を見る彼の瞳は切ない色に揺れていてこちらの罪悪感をかき立てる。
 彼が浮気をした理由はよく分からないと思っていたが、少し考えれば思い浮かぶことでもある。
 寮の自室以外で彼と会うことを俺は歓迎していなかった。
 それは彼にしてみれば不満だろうし理解が出来ない。
 人に興味のない彼に親衛隊のことを話しても無意味だと俺は一人で耐えて、親衛隊たちに突っかかって来られる理由である彼との交流を出来るだけ抑えた。
 このせいで以前の親衛隊長を調子に乗らせて彼を淋しがらせたというのなら俺たちはすれ違ったと言えるのかもしれない。
 悪手を打ったと俺は思い出しては後悔している。それが未練を根強くさせた。
 
「堅太が面倒事を回避したいと思っていることなど知っていた。だが、俺のことを面倒だと思っているとは思っていなかった」
 
 そう言われると俺は何も言えない。
 彼を厄介事だと、彼の愛情により平穏は壊れると俺は薄々察知していたのに対処を誤った。
 一般的な価値観を持っていない彼がそれを察知するわけもないのだから彼由来によって発生する面倒やストレスなどは事前に彼に伝えておくべきだった。
 
「話し合って妥協点を模索するのが正しい夫婦の姿だ。それが正当な本来とるべき手段だったのだろう。俺は俺の独占欲を余さず満たそうとした結果として堅太をただ孤立させてしまった」
 
 たしかに味方は雨音と玖波那ぐらいしかいない孤立無援状態だったが俺はそれを覚悟の上で彼と共にいたのだ。彼以外は別に必要としていなかったから構わなかった。
 
 彼は俺がそう思っていたことを気づいていなかったのかもしれない。
 俺がどのぐらい彼を愛しているの彼に伝わっていなかったからこそ去年の別離は存在した。
 
「謝ってどうにかなることじゃないと思っている……だから、俺が見せられる誠意は一つだ」
 
 真面目な顔でこちらを見て彼は言った。
 中学を卒業する時に告白された時を思い出す真剣な顔。
 少し震える指先を誤魔化すように腕を組んで俺を射抜く瞳の色はブラウンシュガー。
 ほんのり苦いようなくどいようなところがある独特の甘さ。
 
「俺は一生、堅太の作った料理しか口にしない」
 
 どうしてそうなったのか分からなくて思わず視線を泳がせた。
 静かだと思っていたら弟が鯨井を押えこんでいた。
 何かを訴えるように「もごもが」と音は言葉になっていない。
 
 俺は彼に返事が出来ずに見つめ返すばかりで時間が過ぎていく。

 いつの間にか離脱していたらしい雨音が連れてきてくれた教師によって場が治められるまで気まずい沈黙の中で立ち尽くしていた。

 だって、そんなことを言われて俺は今更なんて答えればいいんだ。
 

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