青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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「永遠ってオレのこと好きすぎだろっ」
 
 楽しそうに鯨井は玄関先で飛び跳ねる。
 それに対して「おい、高校二年生」と彼がツッコミを入れるのを俺は少し驚いて見つめた。
 
 他人に対して彼が心を開くのは稀なことだ。
 ツッコミを入れるのが心を開いていることなのかはともかく彼はいつでも鯨井のことを無視していた。
 その彼がこうやって鯨井に引きずられて俺たちの部屋に来るようになって二週間ほど経過している。
 
 彼と鯨井が付き合い始めたとは聞いたことがないしそれに関する噂も不思議と耳に入ってこない。
 こんなに頻繁に彼が部屋に来ているというのに勘ぐられないのはなんだかおかしい。
 嘘でも本当でも学園内で彼のことを聞かない日はないぐらいに彼は話題の的だ。
 中庭を散歩していても何かインスピレーションを受けるためにパワースポットを探していると噂される。
 
「ほら、ケンタの飯だ。食べていいぜ」
 
 どうして俺が作ったものをお前が勧めるんだと思いながら彼と直接話しをする気はないので軽くうなずいておく。
 俺の生活は鯨井が現れてからというか伊須の親衛隊に閉じ込められた事件から変わっていた。
 翌日に教室に行くと席替えがされていて伊須は俺の前の席の人間ではなくなっていた。俺は友人を失ってしまったのかと思っていたが一日の謹慎の後、伊須は普通に俺に話しかけてきた。
 雨音がいつになく強気な態度で俺を庇うように前に立ってくれたが伊須は気にせずに申し訳なさそうな顔で謝って友達でいたいと言ってくれた。そして、親衛隊長の件について礼を言われて驚いた。
 本来なら実行犯である伊須の親衛隊長は俺が庇ったせいで「悪ふざけでお騒がせしました」という簡単な謝罪で終わったらしい。
 実行犯よりも伊須の罰則が重いのは最近の部活への不真面目な態度の反省をうながす意味だったようだ。
 
「どうして、そいつがここに居る?」
 
 彼の低い声に雨音が小さく悲鳴を上げるが彼の視線の先に居るのは伊須海夢。
 鯨井が彼を呼ぶから俺も雨音と伊須を呼んでいる。
 質より量の鯨井は何を作っても量さえあれば「うまいっ」と満面の笑みで食べてくれるが手を抜いた料理も手間をかけた料理も同じ反応なので作り甲斐があまりない。
 
 俺が料理を始めたそもそもの原因は猫が俺の料理を横取りするからだ。
 作っていると横から弟と一緒にかっさらっていく。
 猫用じゃないから色々と問題があるとちゃんと猫に作ってやるようになったことで俺は十歳ぐらいから家の家事は俺がこなすことになっていた。
 猫が散らかしたものを片付けて洗濯をしてご飯を作る。
 母も父も放任主義というか頼めば手伝ったりするが自分から家のことをやろうとしない人たちだった。
 うちにはおばあちゃんが居てくれたが俺が十歳になった頃に他界した。
 つまり俺は家事全般をしていた祖母から引き継ぐ形で家の家事をすることになっていた。
 あまり疑問に思わなかったのは家事をすることが苦ではないからだろう。
 買い物はお駄賃を多めに渡せば効率よく弟がしてくれるので問題はない。
 
 弟と猫を中心に生きていたと思うと何だかおかしくなって鯨井の頭を撫でる。
 見るからに頭が悪そうなのに鯨井の成績はなかなかいいし、声の音量さえ考えなければ教え方は上手い。
 
「少し気を遣うだけでもっといい男になるのになあ」
 
 鯨井の残念な部分は天使フェイスで少年らしいところではなく人間的に未熟なところを前面に出していこうとするところだ。
 きっと美少女扱いされて自分は男だと腹を立てて粗野な感じを目指したのだろうが幼さが目立ってかわいらしい印象から外れることがない。
 
「このまま大人になったら残念さんって呼ばれるから気を付けた方がいい」
 
 何が残念なのか説明をした方がいいかもしれないが鯨井はまだ理解できないかもしれない。
 温めておいたお味噌汁をよそいに行く俺の背後から「ケンタはそんなに俺が好きなのか!」と擬音にしたらキラキラと付きそうな声。
 
「俺は格好いいかッ!」
 
 ギラギラぐらいの鯨井のテンション。
 俺は「そうだな、落ち着いて座って待ってたら超格好いい」と答えておいた。
 鯨井は褒めて伸ばすのが良さそうだ。
 弟の友達で似たような子がいた。
 自分が言ってほしい言葉をそのまま口に出すのだ。
 
 お前俺のことが好きだなと言われたらその子は好きだと言って欲しがっているということで、さっきの鯨井は格好いいと言ってほしかったわけだから俺は肯定した。
 
「まゆまゆ〜、オレはぁ?」
 
 テーブルをドンドンと叩く伊須。
 
「オレはちゃんと座ってるよぉ。会長ともケンカしてないし、ねえ? 褒めてよ」
「テーブルを叩いた時点でお前が褒められる理由がない」
「これから料理を並べるからテーブルを揺らすなよ」
「堅太くん、手伝うよ」
「ありがとう、雨音。……雨音は格好いいな」
 
 さっきの流れで少しからかうように言えば雨音は顔を真っ赤にさせた。
 ごめん。どうやっても雨音は小動物かわいい系だ。
 
「おかわりは自分でよそうこと。サラダはいつも通りに真ん中に置くけど自分の箸は入れないこと」
 
 鯨井に対する言葉ではあるが座席の関係か俺の言葉を破ろうとする鯨井を元恋人である彼が妨害してくれるので食べる前に注意事項は言うようにしている。
 
 五人で食べるとなると共同スペースのリビングはいささか狭さがあるのだがご飯の時はソファを俺の自室に押し入れて大きめのちゃぶ台を広げている。
 ソファがないと案外、どうにかなるらしい。
 ちゃぶ台の提供者は意外なところで伊須海夢だ。
 伊須と彼以外の俺を含めた三人はちゃぶ台の使用経験がない。
 いちいちご飯ごとにソファーを動かすのはともかく食卓用のテーブルを運び込んだりするのは難しいと考えていた俺に伊須がこの前のお詫びもかねて、とプレゼントしてくれた。
 食卓用の高さのあるテーブルでも折り畳みはあるがちゃぶ台ほどコンパクトではないので助かった。
 
「今日はデミグラスソースのハンバーグと和風ロールキャベツがメインでサラダは三種類。お味噌汁の中身は豆腐とさやえんどう」
 
 ちなみに、れんこんのはさみ揚げとアスパラをササミで巻いたものやたけのこの土佐煮、菜の花の白和えもある。
 品数が多いのはメインの料理を大量に作っても目に映るものを吸引するように鯨井が食べてしまうからだ。
 そのため俺と雨音は軽く別メニューになったりする。
 
「ハンバーグがダブルでしかも目玉焼きつきとかっ」
 
 ハンバーグもおろしポン酢などで味付けて和食でまとめたいところだが鯨井の満足度をあげるためにはあっさり料理は出せない。
 本当は旗でも立ててやりたかったがそんなものは持っていないので仕方がないが爪楊枝だけで我慢してもらいたい。
 添えていたキャロットグラッセを爪楊枝で刺してパクパクと食べだした。
 すかさず彼が鯨井を殴りつける。
 結構いい音がするのはツッコミのために痛みは少ないけれど大きな音がするという芸人の技術だろうか。
 口の中に爪楊枝を刺したらしい鯨井は涙目だ。
 
「いただきますも言わずに食べるな。そもそも堅太が席に座っていないのに食べ始めるんじゃない」
 
 比較的、彼に対して素直な鯨井は「ごめん」と謝って来た。
 鯨井は最初っから誰に対しても素直かもしれない。ちょっとテンションがおかしくて思い込みが激しいがこの学園には時々いるタイプだ。
 
「あ、ふきの煮物を食べたいと言っていただろう」
 
 小鉢を彼に渡す。彼にだけ、になったのは俺のせいではなく単純に量がなかったからだ。
 案の定、鯨井が不満げに「どうして永遠にだけ」と言い出したが「朝に食べただろ」と返しておく。
 朝に時間があったので夕飯の仕込みをそこそこやっていた。
 夕飯用のおかずを朝に出すことは珍しくない。
 普通は前日の夕飯を朝食に持ってきたりするのだが鯨井が食べつくすので残り物が出ない。
 
「お前のハンバーグだけ中にチーズが入っている」
 
 そう言うといただきますと一人で先に言ってハンバーグを割る。
 中から予想通りにトロっとチーズが流れてきて鯨井のテンションは跳ね上がった。
 ガッツポーズを決めたかと思ったら無心で食べ始める。
 あえて何かを言って鯨井の注意を向けることは面倒なので誰もしない。
 
 期待するような顔で伊須が俺を見る。
 鯨井の手前わざわざ口にはしないが「オレは?」と顔に書いてある。
 
「伊須のロールキャベツは和風じゃなくてケチャップで味付けしてある。みんなは二つだけど伊須には三つだ。あと、ご飯もあるがガーリックトーストも焼いた」
 
 ロールキャベツがみんなは二つと言いながら俺と雨音は一つだ。
 ハンバーグのサイズもお弁当用の大きさにしている。
 運動部である伊須と大食いなところがある鯨井のせいで五人分ではない量を作っている気がするが量や品数を減らして食べ終わってから「お腹が空いた」と言われると腹が立つ。
 
 雨音が皿に盛ってくれたガーリックトーストを伊須に渡した。
 個人的に統一されていない匂いが食卓を漂うのは違和感があるがデミグラスソースのハンバーグを思えばニンニクなどたいしたものじゃない。
 
 彼がご飯を受け取りながら「明日は炊き込みごはんがいい」と言ってきた。
 明日も食べに来るつもりなのか。
 
 少し前まで渋々来たという姿勢を崩していなかったのに来るたびに何かしらの食材とリクエストをしてくる彼は生まれながらの王様というやつなんだろう。俺が彼の望みを叶えると信じて疑っていない。彼に関してはダメでもともとなんていう考えはない。俺に対して尊大な態度をとることはないが他人には「俺の言葉が聞けないなど有りえないだろ」とばかりに俺様を貫く。
 
 誰にも迷惑がかからないのならいいだろう。
 俺は特になんとも思わない。
 雨音は心配そうに俺を見るが彼が彼である限り他人が制御できるわけもないのは明白だ。

「いただきます」 
 
 配膳をし終えて雨音と二人、席について食べ始める。
 ちなみに雨音には常に黒豆納豆や黒豆の煮つけなどを渡している。
 耳にいいと聞いたのだが民間療法なのでどの程度効果があるのか疑問だ。
 豆は好きらしく雨音も喜んでくれているので何も問題ない。
 
 何も問題ないのがたぶん、俺の一番の問題になる。
 元恋人とその元恋人を好きらしい同室者と元恋人の親衛隊長と俺のことを好きだと告白した相手、その四人と一緒に何の問題もなく食事を楽しんでいる。
 
 異常がないのが異常。
 
 あるいは、これは嵐の前ぶれだろうか。
 

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