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聞くべきか聞かないべきか迷いながら俺は「制裁があるってどうやって知ったんだ」と雨音にたずねた。
話の出どころが分かったところで現状が変わるわけじゃない。
でも、無言でいるのもおかしいだろう。
雨音はどうやら役立たずな自分に落ち込んでいるので放っておくわけにもいかない。
「会長様の親衛隊って数が増えてるの、知ってる?」
それは知らなかった。俺とのことで元恋人である彼は親衛隊の数を大幅に減らしたのだと噂に聞いた。噂は噂でしかなかったのか。
「前の幹部の人たちは転校とか退学とか学校に居ないことになったから一時的に人が減ったけど今はどんどん増えてて」
それは彼が俺を使ってイメージアップ戦略を打ち立てているから、だろうか。
一途に元恋人を追う生徒会長。その姿は彼が美貌の男前であるからこそ現実感がない。
目の前の出来事なのに物語の中のように感じて平凡な俺を愛していると告げる彼を見る。
シンデレラストーリーみたいなものだろうか。
俺は成り上がる気はないが、底辺の少女が王子の心を掴んで玉の輿という筋書きは誰でも好きなのかもしれない。
彼についていけば金銭面的には一生苦労しないだろう。
一度失敗したことを彼が繰り返すことはない。
なら、浮気ももう二度とないのかもしれない。
常識はないが学習能力がないわけではない彼は俺が嫌がることをしないはずだ。
仮定というよりも願望かもしれない。
未練はあるが俺が復縁を望んでいるかと言えば違う。
心は淋しくて切なくなっているがそれは彼を求めているのか誰だっていいのか分からない。
彼を失った、正確に言えば彼への恋心を失った日に泣けなかったツケが今に来ている。
泣いて、泣き叫んでスッキリしてしまえば本当の意味で彼を忘れて前に進めた。
俺はそうはしなかった。
切り捨てて、忘れ去ろうとしていた。
彼が俺を望んで追いかけてこなければ絡みつくような未練だって断ち切れたけれど、彼が彼であるがゆえにそれは望めない。
『いつまでも、いつだって俺は堅太を愛してる』
頭の中で反響する言葉を追い出せない。
喜びと苛立ち。
俺以外に同じことを口にできるんじゃないのかといった疑念と否定。
彼は嘘を言わないし、彼は誰かに口先だけの愛を伝えない。
そんな必要もなく求められるからだ。
以前の親衛隊の人間たちは彼が自分を好きではないと分かった上で肉体関係を結んだ。
あっさりと肉体関係に至ったせいで彼らは俺が捨てられて自分たちが勝ったのだと優越感たっぷりに俺を見下していた。
思い出してもはらわたが煮えくり返るのは彼自身や彼の行為そのものよりも俺を見下す親衛隊の視線だろう。
俺の存在価値を否定しようと躍起になっていた彼らの言動が俺のプライドを傷つける。
心を削られたせいで俺は彼に対して痛みばかりを感じて最後には何もなくなった。
彼が世界中から嫌われたら俺は素直に彼を愛そうとしたかもしれない。
「堅太くんは嫌かもしれないけど親衛隊の数が増えたってことは堅太くんと会長様を応援する人が増えたってことになるんだ」
そういえば親衛隊の在り方が変わったのだ。
俺と彼を引き離すための団体から俺と彼が復縁することを望む団体へ変わった。
「それに堅太くんを守るための組織でもある」
それも聞いた。
俺の迷惑になる人間の排除も生徒会長親衛隊の役割になっているらしい。
「ボク、中学の時に堅太くんが話しかけてくれてすごく嬉しかった」
急に雨音がそう言った。
隣の席にいるから声ぐらい普通にかけるだろう。
けれど、雨音にとっては違ったらしい。
最初自分が話しかけられたことに気づかない雨音に俺は無視されたのかと思った。
それでも毎日、朝の挨拶ぐらいはしようと話しかけ続けた。
「自分に話しかけてくれる人なんかいないって殻に閉じこもって、堅太くんを無視するようなことをして、ボクはすごい失礼なことをしてたと思う。でも堅太くんは怒ったり嫌うこともなくボクに話しかけてくれた」
雨音に話しかけたのは教師に幼い頃の事故で耳が遠くなっているのだと聞いたせいもある。
全部が聞こえないわけじゃなく聞き取りにくい音域があるのだという。
それで俺の声が届いていないなら雨音のせいではないから気にすることもないと挨拶を続けていた。
正直に言えば自己満足だ。雨音からの反応を期待していなかったのだから。
「ボクは、抜けてて、どん臭いて、何してもダメだけど堅太くんの友達でいたい」
「友達に決まってんじゃん」
どうしたんだと言う前に雨音は俺をぎゅっと抱きしめて「堅太くんが大好き」と言ってくる。
嬉しいが密室でふたり、そして、直前の「友達でいたい」を合わせて考えると単純にケータイの充電切れによって自分が役に立っていないことに落ち込んでいるんだろう。そうじゃなければどういうことなのかサッパリだ。
「堅太くん、あのね……言うのは止められてるんだけど、会長様は」
雨音が俺に抱きついたまま多分重大なことを口にしようとした。
それは扉が開いたことで遮られる。
たまたま体育用具を取りに来て部活の人間が扉を開けた、のではないだろう。
走ってきたような息遣い。
こちらを見て安心したような顔。
「どうして――」
思わず口からこぼれたのは助かったという安堵ではなかった。
外はまだ日が落ち切っていない。茜色の空が見える。
閉じ込められた時間なんて一時間にも満たないかもしれない。
だから、俺の不在に気づくのが早すぎる。
勘違いしてはいけないのにどこか楽しげな猫の声。
雨音に抱きつかれているにもかかわらず俺はやってきた相手に手を伸ばした。
「にゃー」
頭がおかしいと言われてもいい。
俺は猫を撫でたくて仕方がない。
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