青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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 食堂で出会った眼鏡三人組。
 同じクラスではあるがそんなに接触があるわけでもない地味トリオ。
 地味という意味で俺と同種なのかもしれないが伊須や元恋人である彼のせいか俺を取り巻く環境は普通とは言い難い。
 一般生徒を代表しているような彼らは俺と関わりたくないだろう。
 
 そんな眼鏡三人組と八人がけの席で俺と鯨井は相席することになった。
 悲しい事故だ。
 俺から彼らに近づいたわけじゃない。
 空いている席を見つけて鯨井が走ってキープしたのだ。
 同じテーブルとはいえ、隣り合っているわけでも向かい合っているわけでもない。
 座った俺に微妙な顔をされたものの席を立ったりすることもなく眼鏡三人組は食事をしている。
 
「これ、やり方は寿司屋か! あ、支払いのこのやり方ってアレじゃね? カラオケでログインする時にケータイかざしたりするアレ」
 
 興奮している鯨井に俺は適当に頷いておく。
 何を頼むのかと思えば鯨井はたっぷりぎゅぎゅっとスタミナ丼。
 すごい大きな丼にニンニクとキムチと焼肉と生卵と納豆という見た目と匂いと量のせいで隣で食べて欲しくない食べ物ナンバー2。
 ちなみにナンバー1はビックリゲッソリジャンボパフェ。 
 普通のパフェ十個分という巨大なパフェはまさにビックリでゲッソリな代物だ。
 食べている人間を見るだけで食欲が失せる。
 たっぷりぎゅぎゅっとスタミナ丼の匂いもキツいがパフェは花火がついてくる。
 パチパチ音を鳴らしながら火花が散る物体が隣にあるのはキツい。火薬臭いし。
 
「早くたっぷりぎゅぎゅっとスタミナ丼、来ねえかなあ〜」
 
 腹減ったと見た目の繊細な造りとは裏腹に少年でしかない鯨井。
 この天使や王子の姿でどんぶりを食べる姿は目に毒かもしれない。
 夢を見る前に目が覚めていいのだと俺は思うことにした。
 周りの視線が痛いのは鯨井の容姿と大声とそしてこれからやってくるたっぷりぎゅぎゅっとスタミナ丼のせいだ。
 俺に注目が集まっているわけじゃない。
 魔法の言葉として俺は一般人だと心の中で繰り返す。
 
「……オムライスじゃないのかよ」
 
 ボソッとだが確実に毒づくような声が眼鏡三人組の中から聞こえた。
 彼らは俺たちというより鯨井を見ながらひそひそと話をしている。
 
「匂いもんとかこの後の展開に支障あるだろ」
「食堂イベントが起きないなんて、そんなわけないです」
「また後日に会長とキスイベントがあるとか?」
「ってか、永遠陛下は巻き込まれ平凡一直線だから王道君とは無理じゃね」
「王道の相手役が会長っていうのはもう古いんです」
「永遠陛下があんまり王道生徒会長っぽくないよね?」
「そんなことねえよ。あの人ほど俺様な人は居ねえって。去年会議に遅刻した言い訳が『俺が遅くなることを見越して会議の時間は予定より遅く設定しておくべきだ』とか言い出したんだぞ。予定より遅かったら会議の時間指定の意味がなくねえっての」
「言い訳じゃないですよ、それ。理不尽のかたまりじゃないですか……」
「陛下は早く来た時に『俺が早く来ることを見越して早めに来ないなんてありえない怠慢だ』って言って予定よりも早く会議を始めてた。これはすでに電波?」
「陛下は陛下だから『俺より早く来て当たり前。俺が遅くても文句を言うな』っていう姿勢なんだろ」
「俺様ってより関白宣言です。俺より早く寝るな、俺より遅く起きるな、ですよね」
「だから、それって電波?」
「お前らは分かってねえ。陛下ほど自分勝手がまかり通る人間なんか居ないんだぞ」

 何か熱くなったらしい眼鏡三人組の内の一人が立ち上がる。
 三人組を見ている俺に気づいたのか立ち上がった一人は慌てて座り食べることに集中しだした。
 
 いま、聞こえた会話は何だったんだろう。
 よく分からないが「会長とキス」とか「相手役が会長」と聞こえた。
 その相手として指定されているのは話の流れからして俺の隣に座る鯨井だ。
 
 心臓が嫌な音を立てる。
 
 元恋人である彼は俺を愛し続けると言うけれど、そんなことは無理だろう。
 俺よりも魅力的な人はいくらでもいて、彼を好きである人間だっていくらでもいる。
 
「ケンタ? どうかしたか?」
 
 俺の顔をのぞき込む鯨井の瞳の色に驚く。
 蛍光灯の加減なのか最初見た時よりも色が薄い。
 碧眼だと思っていたが金緑石。
 思わず見つめ返すと照れたように鯨井は顔をそらした。
 懐かしい色彩。
 金緑石は猫の瞳の色だ。
 思い返す鳴かない猫。俺が落ち込んだ時に励ますように鳴いてすり寄ってくれる猫。
 俺の頬を伝う涙を舐めとって肉球で頬を撫でてくれた猫のことを忘れられない。
 
 思わず鯨井の頭を撫でているとちょうど注文した品物が届いた。
 やはり匂いがすごい。俺は月見うどんにしていた。
 
「そんなんで足りんのかよ、ケンタっ!」
 
 からあげを食べるべきかもしれないが胸焼けするのが嫌なのであっさりうどんがちょうどいい。
 俺のうどんの中になぜか自分のキムチを投入して来ようとする鯨井から軽く逃げる。
 
「ケンタっ! カプサイシンだぜ」
 
 だからなんだ。
 キムチで燃焼しろってのか。何をだ。
 脂肪はそんなにねえよ。むしろガリガリな俺にはカロリーが必要なんだ。
 少しは静かにしていろ。
 
「キムチを食べると食欲出てくるだろ」
 
 食欲ないのはキムチのせいだとは言わないがキムチでうどんを侵食されるのはイヤだ。
 俺は全身でうどんを守った。
 肘をついてどんぶりを覆うような体勢はちょっとマナー違反だが優先するべきはうどんだった。
 これだけ拒否してるのに引かない鯨井は空気が読めなさ過ぎる。
 
「こら、ケンタっ! 好き嫌いするんじゃねえっ」
 
 キムチはそこまで嫌いじゃないがうどんに入れたくない。
 俺の月見うどんの上品な味を壊そうとするな。
 ふんだんに使われたカツオと昆布の極上品の出汁は食欲がなくても食べられる至高の一品なんだ。
 安いのに中身はかなり贅沢なんだ。麺は冷凍じゃなくて手打ちらしいしな。
 この食堂のパスタもラーメンも生麺だし、もっちりとした歯ごたえが大変おいしくお気に入りだ。
 キムチも多分、市販じゃなくてここで漬けてる。
 消費量を考えると学園内じゃなくて専用の工場から毎日配達かもしれない。
 そんなことはどうでもいいが鯨井はあきらめを知らない。
 俺の気持ちなど知らずに「肉が欲しいならちゃんとカルビもやるから」と納豆にまみれて粘ついた肉を俺に寄越そうとするが無視だ。
 完全に鯨井に背を向けた形で俺はうどんをすする。
 背中を丸めて肘をついて犬食いに近い格好でどんぶりを死守しながらうどんを食べる姿は異様かもしれないが人には譲れないものがある。
 
「キムチなんか薬味みたいなもんだろ」
 
 拗ねて膨れた顔をしているであろう鯨井が簡単に想像できる顔。
 膨れても鯨井は美形なんだろう。
 周りから非難めいた声が聞こえたりもするが知ったことじゃない。
 俺はうどんに七味も一味も入れたりしない。
 自分の主義を鯨井のために曲げることなど有りえない。
 お出汁の味を堪能するのが好きなんだ。
 好きなものを好きに食べていいじゃないか。
 人に非難されるいわれなんかない。
 
「もう無理矢理キムチ食わそうとしねえから、こっち向けって。いや、こっちってより正面向けよ」
 
 自分が折れてやると言いたげな鯨井を俺はバカ正直に信じた。
 その結果、最悪の事態を引き起こしてしまった。
 
 椅子に座りなおした俺に鯨井は微笑んで「ケンタは仕方ねえな」と言いながら納豆をうどんの中に入れた。
 別に納豆は嫌いじゃないし、納豆とうどんの相性だって悪くはないだろう。
 だが、俺の月見うどんが俺が求めた月見うどんではなくなってしまった。
 その事実を前にして俺は身体から力が抜けた。
 
「ケンタっ? 怒ったのか?」
 
 俺の表情はたぶんいつも以上に死んでいるのだろう。
 箸を置いた俺に鯨井が慌てて謝ってくるがどうでもいい。
 
 遠くで歓声のような声が聞こえてきたが、それもどうでもよかった。
 俺の月見うどんは戻って来ない。
 
 雄叫びや絶叫が生徒会役員の到来を知らせるサインだと頭で理解しながら俺の心は空虚だった。
 

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