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その日、寮に帰ると段ボール箱が玄関前に積み上げられていた。
量が多いと感じたが部屋の広さを考えると問題ないかもしれない。
これは片づけを手伝うべきなんだろうかと俺が考えていると話し声が聞こえた。
はしゃいだ大きな声は寮の廊下に響き渡る。
この階で聞いた覚えのない声。
声は近づいてくるようで身構えていると見知った姿と知らない顔。
やや中性的な美貌の副会長と一緒にいるのが同室になる転入生だろう。
副会長は俺を見て眉を寄せて転入生を気遣うような顔をした。
俺が彼に何をすると思っているんだろう。
内心で疲れた溜め息をつきながら俺は二人をただ黙って見ていた。
転入生は風紀委員長である玖波那が言った通りに超絶美形だった。
どちらかと言えばかわいい感じの顔の造り。
雨音よりも身長はあるが俺よりは低い。
金髪碧眼の格好いいではなくかわいい王子様。
絵に描いたような美少年。
こちらから先に話しかけて面倒があっては困る。
転入生は俺の視線に気づいたのか「なんだ、お前」と指をさして言ってきた。
品がないとたしなめるかと思えば副会長は微笑みながら「彼は繭崎堅太と言って青葉の同室者だよ」と言った。
同い年にも敬語だった副会長が言葉を崩しているのが新鮮で俺は目を丸くしていると転入生、青葉が俺を見て大きな声で言った。
「オレは鯨井青葉っ! よろしくなッ!! ケンタっ」
心の中で俺は「キー」と付け加えた。
鶏肉が食べたくなってきた。
「ケンタはずっと一人だったのか?」
転入生にケンタと言われるたびに「キー」と付け加えたくなる。
発音の仕方に勢いがあるからだろうか。
大きな声も相まってカーネルおじさんが頭の中で笑う。
「なあ、ケンタっ! 聞いてんのかッ」
「キー」
つい口からこぼれる言葉ですらない音。
副会長が変なものを見る目を俺に向けた。
そりゃあそうだ。
転入生、鯨井は一瞬驚いた後になぜか爆笑。
「んだよ、それっ。あはは、ケンタはおもしれぇな」
顔を崩して笑う姿すら美少年のままである鯨井。
美形はどんな顔で何をしても許されるのだ。
「ケンタ、ケンタっ」
脳内で自動的に「キー」という語尾をつけながら俺は「なんだ」と聞き返す。
むしろ、いきなり「キー」と言い出した俺が何者なんだって感じだが見ないふり。
副会長は細かい人じゃないからツッコミを入れてきたりしない。
「なんで『キー』? なんで? なんで??」
細かいのは鯨井だった。
面倒なので段ボール箱を退かして玄関に入れるようにする。
「あ、キーって鍵か。そっか、ごめんな。オレのせいで鍵が使えなかったんだな」
ニコニコと鯨井は笑う。
笑顔の大安売りをしても美形の価値は下がらないらしい。
鯨井がまぶしい。
「青葉、私も手伝いましょうか?」
「いいって、それより口調」
「あ、はい……じゃなくて、うん」
「タメ口、難しいならいいけど……淋しいけどさ」
「いや、えっと努力します」
そう言って副会長がやわらかい顔で笑う。
驚いた。
副会長はどちらかといえば陰険な感じの顔が多くて微笑んでいても性格が悪そうだった。
「それじゃあ、青葉また」
「おうっ! 案内してくれてありがとうなッ」
元気よく大きな声で応える鯨井。
至近距離で音声爆弾を受けたにもかかわらず副会長はどこか嬉しそうに去って行った。
副会長は眼鏡をかけているので眼鏡バリアによって音声カットも自由自在なのかもしれない。
そういうバカな考えで今の見た不思議な光景を納得させる。
脳には誤魔化しが必要だった。
今後の展開についてあまり考えたくない。
「まず、段ボール箱を部屋の中に入れないといけない。廊下にあると邪魔になる」
「あ、そうだよな。……あのさ、悪いんだけどケンタも手伝ってくれっか?」
「構わない。鯨井だけだと日が暮れるだろう」
嫌味ではなく小柄だから大変だろうという意味だったが鯨井は怒ったような顔をする。
訂正する前に鯨井は段ボール箱を叩く。
鯨井の荷物なので中が破損しても俺はどうでもいい。
「鯨井じゃなくて青葉ッ!」
「お前、鯨井じゃないのか」
さっきの自己紹介はなんだったんだろう。
俺は騙されたんだろうか。
「オレはケンタって呼んでんだからケンタも鯨井じゃなくて青葉だろっ」
どういうことかさっぱり分からないが名前で呼ばない限りこの話題が続くのだろう。
だが、お断りだった。
「フィッシュくんでいいか?」
「なんでさっ!!」
「クジラは魚じゃないが漢字に魚が入ってるだろ」
「理由になってねえよッ」
「フィッシュアンドチップス的にジャガイモ野郎でいいか? 髪の色、きたあかりみたいだし」
「オレからどんどん離れてくじゃねえか、ケンタのバカッ」
「鯨井、早く片付けよう。食堂の場所を案内する」
本当は自炊をしたいところだが今日は同室者である鯨井に合わせた方がいいだろう。
鯨井は何か唸った後に「もう、ケンタは仕方ねえなあ」と自分が折れてやると言いたげな発言の後ニッコリ笑った。
エンジェルスマイルとはこういうものなんだろうと俺は内心でドン引きした。
どうして今、俺に向けた。
見た目が良すぎて気持ちが悪い、いいや、俺が鯨井を同じ生命体として見ることが難しいだけで鯨井に悪いところはない。
タレントとしてTVで活動してたら同い年だし頑張れと応援できたんだけどな。
これから同室で生活していく相手だと考えると不安しかない。
「ケンタっ! 張り切ってやるぞッ!!」
やはりケンタの後に「キー」をつけたくなる勢いのある鯨井。
意外に鯨井は力があるらしく段ボール箱を簡単に持ち上げて自分の部屋に持って行った。
これならすぐに終わるかと思ったが、どの段ボールに何を入れたのか分からないらしく、明日必要な筆記用具などを捜索する羽目になった。
俺は美形嫌いではない。たぶん。
ただ、美形に関わる周囲の現象に大変うんざりしているので鯨井のことは嫌いではないが鯨井と深く付き合いたいとも思っていない。
「オレたち親友だよなッ」
片づけが一段落して友情が育めたと感じたのか鯨井がそんなことを言ってきたが俺からすると俺の親友は雨音であり、友人は玖波那や伊須、あとは選択授業で一緒になる何人かだ。
「食堂に行くが着替えるか?」
俺は鯨井の言葉を聞かなかったことにした。
否定をすれば面倒なことになりそうだし、肯定するのは気分的に嫌だった。
俺はこの時、感じていた。
転入生、鯨井青葉との相性はたぶん、悪い。
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