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「そりゃあ、別れられないと思う方がおかしいだろうよ」
風紀委員長をしている玖波那《くなみな》翔悟《しょうご》の言葉に俺はうなだれる。
玖波那は俺よりも普通の価値観を持っている人間だ。
見るからに頭が空っぽな角刈りだったとしても玖波那の言い分は一般的な場所からズレない。
「アレよ、アレ。言うなればアレ」
「あれあれで通じるか、アホが」
「あのよぉ〜、えっと、……アレよ。
嫁さんが旦那のいないところで姑にいびられ続けてて頼りの旦那はなぜか嫁さんをイジメだす」
「そんなつもりはない」
「あ〜、旦那が好きだから姑の小言にも耐えてきたのに旦那は浮気でしょ? そりゃあ、三行半つきつけるだろうよ」
「浮気なんかしてないッて言ってんだろ。殺すぞ、てめえ」
低く毒づく俺にも玖波那は怯えを見せない。
長年の付き合いのたまものだろう。
呆れた顔で溜め息をつかれる。
「浮気なの。お前がしたのは浮気。まずはそこから始めなさいな」
「ああん?」
「陛下、柄が悪いよ。……陛下、永遠様がされたことは紛れもなく不貞行為なんですぅ。写真残してるんだから言い訳のしようがない裁判で負けるレベルにアウトです。OK?」
陛下というのは俺の名字である木佐木がキサキとも読まれるため「妃」なんて変換され「お妃様」なんて中学の時は言われていた。
今ではどこからどう見ても「妃」の要素がないので「陛下」なんて言われているがどうでもいい。
玖波那は俺の態度にピッタリのあだ名だと笑って「陛下」と呼んでくる。「永遠」というのも名前の「とあ」を「とわ」に転じて「永遠」になったのだろう。
堅太に「とあ」って言いにくいと言われたことがある。
抜ける音なので聞き取りにくい名前かもしれない。
堅太が言いやすいと言うのなら俺のことを「永遠」と呼んだって構わないんだが堅太は律儀なので一文字ずつしっかりと「とあ」と俺の名前を呼んでくれる。
耳元でとあ、とあ、ちょっと舌足らずに呼ばれるとかわいくてかわいくて仕方がない。
「俺の堅太は本当にかわいい」
「陛下、俺の話し聞いてないね。重要な話してんよ?」
「この俺に重要じゃない話を振ろうとするなんて命が惜しくない奴がすることだ」
「はいはい、俺は命が惜しいしお前の八つ当たりで死にかけるのはごめんだけど言っとく、復縁とかムリぽにょん」
「脳みそを入れ替えて来いよ」
「だからさ、自分のしたこと分かってる? 好きじゃないから浮気じゃないとか、そんな俺ルールは適用されないから」
「俺は騙されたんだ」
そう、俺が浅はかだったのは認めよう。
堅太がかわいすぎるから堅太のかわいいところを骨の髄まで味わいたかったから蛇の甘言に耳を貸してしまった。
「俺は楽園から追放された! 忌むべきはサタンっ」
「むしろ陛下がケンちゃんを追い出した形だけどね。だって陛下の部屋で暮らしてたでしょ」
「俺はずっと堅太と二人でエデンの園で暮らしていくはずだったんだ! あの蛇がっ」
「人のせいにしないで自分が悪かったこと認めなさいってば」
「自分を抱いてるところを見せ付ければ末永くラブラブですとか言ってきた蛇がッ!」
「それを信じちゃうのは頭がどうかしてるとしか……」
「玖波那から堅太に情報が漏えいするかもしれないから俺は自分で判断した」
「自分で決めたんだから自分の責任でしょ? わかった?」
「蛇が俺と堅太の仲を引き裂こうとしてるなんて知るわけないだろ。俺たちの絆は絶対なんだよ」
「まあまあ陛下の言い分は分かったけどケンちゃんが傷ついて実家に帰ったもとい自分の寮の部屋に戻ったのはどうしようもないことだって理解してる?」
伺うような玖波那《くなみな》に俺は頷く。
俺の浅はかさで堅太を傷つけたのは事実だ。
そして、堅太の口から別れを告げられたのも現実だ。
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