青い鳥を手に入れる努力は並大抵のことじゃない | ナノ

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 食堂に着いた。
 ここで俺たちは別れて終わる。
 中学で同室になってからの付き合いなので長いような気もするが付き合い始めては一年も経っていないのだから短い。
 恋人になどならなければ良かった。
 一緒の部屋での暮らしは同室に戻った気持ちもあって嬉しかった。
 甘ったるい雰囲気、砂糖をまぶした言葉たち。
 そんなものなければ良かった。
 同じ部屋で一緒に生活する、それだけで良かった。
 
 忙しい同室者のために家事全般を肩代わりする関係にでもなれば俺の中の愛情は冷めなかった。
 
 俺が彼を見ないことに彼は絶望したようだ。
 空席を探す俺の邪魔をする。
 生徒会役員には決まった席があるが俺のような一般生徒は席のあるなしで食事のメニューすら変更しないといけない。
 限られた時間で食事をしないといけないのだから当然だ。
 
 許してくれ、嫌だ別れたくないと彼は子供が駄々をこねるように口にする。
 食堂中の視線が俺に向けられる気がした。
 目に見えない針で刺されているような痛みを全身に感じる。
 皮膚がピリピリ痛むのに彼はきっと気づかない。
 
 端正な顔を食堂の床にこすりつける彼は俺を見ていない。
 馬鹿馬鹿しく思えるのは彼への愛が消えたからなのか心が空虚だからなのか。
 
 まるで茶番劇みたいだ。
 
 俺のことを好きだという彼が全く信じられないし、心に響かない。
 心がなくなったのかもしれない。
 
「違う、誤解なんだ。俺はお前だけしか好きじゃない」
 
 物的な証拠があるのに誤解も何もない。
 たとえ全部が偽物で合成写真だったとしても写真をわざわざ俺に見せつけた理由はなんだ。
 どんな理由だったとしても理解できない。
 謝るにしたってどうして食堂で土下座なんて目立つことをするんだろう。
 俺が周りからどう見られるのか考えないんだろうか。
 
 彼は生徒の代表であり学園一の有名人で人気者。
 
「木佐木《きさぎ》冬空《とあ》生徒会長は眉目秀麗、文武両道、智勇兼備だから平凡でパッとすることのない繭崎堅太とは釣り合わない。散々そう言って別れを勧めてきた親衛隊の方々はこれで満足ですよね? 俺は会長と別れました。会長が納得してないのはあなた方で処理してください。あなたたちが望んだとおりの結末で、あなたたちは会長のためならどんなことでも出来るんでしょう」
 
 ちょうど居た生徒会長の親衛隊長に告げると彼は血の気の引いた顔で首を小さく左右に振る。
 その姿すら愛らしい小鳥のよう。
 小柄な隊長が彼の隣にいると彼との体格差が際立って守り守られるものという構図になる。
 親衛隊という名に反しているけれど彼は力だって強いから誰かに頼ったりしない。
 なんだって自分でできる人だ。
 
「どういうことだ」
 
 顔を上げた彼が愕然としているのを俺は横目で見て親衛隊長に話しかける。
 隊長に恨みがあるかと言われれば当然あるし、それ以上にただ言われた言葉を返してるだけだという気持ちもある。
 
「会長に誰よりも愛されてるんですよね? 毎回、会長に抱かれた報告を聞き流してすみませんでした。身の程知らずは退場しますので、どうぞお幸せに。今後一切、関わりなきようお願い申し上げます」
 
「違う、堅太。俺はお前だけなんだ」

「だから、もう……そういうのはいい」

「本当に俺はっ! 親衛隊の奴らはお前の、お前があんまり俺に本心を見せないからッ」
 
「うん、そうだね。俺が悪かったね」

「違うっ。俺が俺が悪かったから。別れるなんて言わないでくれ。なんだってするから」
 
 事実、恥も外聞もなく土下座したけれど、それで俺にどうしろっていうんだ。
 元通りなんて無理に決まっている。
 俺の心はすでに離れてしまっている。
 
「お前が望むなら見っともなく縋りついてもいい」
 
 すでに縋りつかれてる。
 周りはドン引きなのか何も言わないが俺様生徒会長の姿はここにはない。
 でも、元々彼は甘えたがりだった。気分屋な猫のような人だ。だから、俺はもっと構えていなければいけなかったんだ。彼の悪戯の度合いが俺の常識を上回っていたとしても怒らずに冷静に対処しなければいけなかった。無理に決まってるけれど。
 
「親衛隊を解散して会長を辞めてもいい」
 
 これにはさすがに周りが黙っていない。
 口々に話し始めているせいで言葉が聞き取れないが「会長辞めないで」とか「平凡許してやれよ」とかそういうことが聞こえる。
 
「あなたはこんなに愛されてるじゃないですか。一時の感情に流されて別れるなんて言うのは――」

「副会長さんは関係ないですよね」

「そうだ、俺と堅太が話してるのに入ってくんな。あっち行け」
 
 立ち上がり副会長を威圧しだした。
 急に態度がでかくなりいつもの俺様生徒会長っぷりを見せるが俺が溜め息を吐くと肩を揺らした。

「ここは食堂だ。騒ぎを起こしているのは俺たちの方だ」
 
 そう言うと食堂の入り口から拍手が聞こえた。
 何かと思えば見知った顔だ。
 
「その通り! さすがは堅物を絵に描いた男は言うことが違うなぁ。この状況で自分の非を認めるなんてそうそう出来ることじゃないねッ!!
 ……さぁて、昼休みも終わりに近づいているわけだけど、しっかり食べてんのかあぁぁ!!!」
 
 腹の底から声を出すというのはこういうこと見本として風紀委員長は叫ぶ。
 食事の手は大半が止まっていたはずだ。
 それが委員長の言葉で忙しなく動き出す。
 
 便乗して俺も何かすぐ食べられるものを注文しようと思ったが騒ぎの当事者として風紀室に連行されることになった。
 午後の授業は出られないかもしれない。
 明日からの生活だって灰色だ。
 この別れはこの時だけで終わるわけがない。
 今回の波紋は広がり俺の平穏な日常は壊れていく。
 
「木佐木《きさぎ》冬空《とあ》」
「堅太?」
「もうお前の名前を呼ぶこともないな」
 
 最初、木佐木は目が滑って単純な字なのに読み方が分からなかった。
 だが、名前の冬空にしたってフユゾラとしか読めなかった。
 友人に雨音がアマオトとしか読めなかったがアマネという名前がいる。他にパッと読める熟語を当て字のようにしている名前は誤読する。
 そんな俺もキサギトアにだいぶ慣れた。
 中学の時に同室者ではなくなって生徒会長になってからも俺はキサギトアを忘れてない。
 けれど、これでもう関係がなくなる。
 別れて、クラスも違う俺たちは他人だ。
 
 
 ここまでが高校一年の俺たちの話。
 愛情確認の一環という名の浮気を許さなかった俺と全てのことを軽く考えていた彼との事の顛末。
 
 苦い思い出は時間が経てば忘れられるはずだったが、そうはいかない。
 運命という名の嫌がらせが俺に降りかかってくることをまだ知らなかった。
 二年に上がってしばらくして現れた転入生によって俺と彼はまた関わらざるえなくなる。
 彼が生徒会長で俺が一般生徒のままなのに、重ならない道が重なった。
 

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