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結局、彼と俺は高校一年の春から付き合い始めた。
幸せだった。
覚悟していた嫌がらせは大したこととは思えなくて、ただ幸せだった。
寮に自分の部屋があるものの帰らずに生徒会役員たちだけの特別フロアである彼の部屋で暮らした。
新婚生活のような甘酸っぱさに酔っていた。
子供だったから形から入りたかったのかもしれない。
酔いが覚めたのはテストが終わり夏休みの計画を話し出す初夏の頃。
中学の卒業式での告白は嬉しかった気持ちと同じだけ厄介事の空気を感じていた。そのことを思い出していた。
家の繋がりで彼に見合いの話が来ているのを知り俺は思わず問い詰めた。
男同士だし別れるのは仕方がないと割り切れないほどに彼が好きだった。
捨てられたくない、別れたくないと俺は泣いた。
不安を彼に分かって欲しかった。
きっとこんなことをしなければ俺たちは今でも傷つかず、幸せのままでいた。
俺は今でも後悔している。
女々しく泣きつくことがなければ俺たちの日常は壊れたりしなかった。
彼は優しく俺を抱きしめて自分がどれだけ俺を愛しているのか教えてくれた。恥ずかしいと思う気持ちよりいつも尊大な態度の高飛車で高圧的な彼が壊れ物を扱うように俺の背中を撫でてくるのがたまらなかった。胸が熱くなって居ても立っても居られない。
彼には俺だけなんだと思った。俺にも彼だけだと思った。
愛されていることを実感していた俺は間違いなく恋に酔っていた。
それからの一週間は幸せの絶頂とも言える。
彼は俺を甘やかし尽くした。
彼からの愛を疑う余地などどこにもない。
窒息しそうなほどに愛を与えられ続けた。
夏休みは家の仕事もあるけれど絶対に一緒に会う日を作ろうと話した。
早く休みにならないかと待ち遠しかった。
二人で輝かしい未来を夢見ていた。信じていた。
その幸せも彼と美人と有名な先輩が抱き合っている写真によって壊れる儚いものだった。
俺を地獄に突き落とす机の中に入っていた隠し撮り写真。
写っていたものは吐き気を催すものだった。
自分の中の何かが壊れていく、自分の中の何かが腐っていく、俺はそんな感覚を味わった。
初め、俺はそれを見なかったことにした。
現実逃避だったと振り返ってみれば言えることだけど俺は自分の中で荒れ狂う感情を制御できなかった。
頭の中でよぎったものは勘違いだ。
彼を責めるばかりの言葉なんか飲み込むべきだ。
胸の痛みについて考え込んではいけない。
彼はただ転んだ先輩を受け止めただけだと納得する。
無理矢理だとしても思い込む。
翌日には別の人間とのキスシーン。
間違いなく被写体は彼。
他人の空似でもそっくりさんでもない。
服を脱がそうとしたり押し倒しているものもある。
嘘や見間違いでは済まない浮気の証拠。
彼が自分以外に触れている目をそらしたくなる光景。
そんなことがあっても部屋にいる彼はいつもと変わらない。
写真は合成で現実ではないと思えるほどに彼は変わらない。
変わっていったのは俺だ。
生徒会長として忙しくしている彼に俺が校内で話しかけることは殆どない。
彼が俺を見つけて話しかけてくる以外、学校の中で俺たちは会話をしない。
その反動か部屋の中では俺たちはよく話しているし距離も近い。
見たくない写真を見せられ続けられるようになってから俺は特に彼にベッタリと貼りつくようになった。
嫌がることもなく彼は俺を甘やかした。不審に思うべきだった。
俺の態度が変わったことに彼が気づかないはずない。
俺の行動に彼が何も言わない時点でおかしかったのだ。
頭の中で写真がぐるぐる回る。
考え込んでは彼を見つめてため息を吐く。そんな俺に彼は疲れているのかと甘やかす。
嬉しいはずの彼の言葉にも浮気をしている罪悪感を紛らわせるために優しくしているのかと俺は不安でいっぱいだった。
情緒不安定になり彼と一瞬でも離れたくないと思うようになった。
自分といない時の彼が誰と何をしているのか考えると怖かった。
そのうち、彼は部屋に帰ってくることが少なくなった。
始めは生徒会の仕事の関係だと言われた。
俺が彼の部屋にいるので持ち帰りで仕事ができないのだ。
一般生徒に見せられない資料などもある。
そういったことは以前にもあったが今は彼に頑張ってとは言えなかった。
本当に仕事なのか疑った。
一度もしたことのない喧嘩をした。
俺が癇癪を起こしたように彼を責めたてたからだ。原因は分かっている。忙しい時に面倒な人間の相手など出来るはずもない。
優しいのは優しくできるだけの余裕があるからだと俺は知っている。
彼が疲れている時にもっと疲れさせるなんてあっちゃいけない。
そう思っているのに俺は壊れていた。弱かったのだ。彼が夜に部屋にいないことが耐えられなかった。
煩わせる俺に彼は突き放すような冷たい目をした。心が抉られる。もうダメだと思った。
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