副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  043 パーフェクト先輩がパーフェクトである理由


釣鐘晴太、ハル先輩視点。

  
 泣きながら愛を欲しがるきよらがかわいくて際限なく甘やかしたくなった。
 自分が何をどこまで口に出したのかきっと意識なんてしてない。
 そんな後輩をかどわかすような俺は先輩失格だろう。
 
 悪夢の残り香に心が疲弊する。その気持ちが俺にも分かる。
 完璧だと言われることが多いが俺は不完全な存在だろう。
 努力では越えられない壁を才能で乗り越えることが出来る俺は逆に持ちすぎていて何かを損なっている。
 裸の王様になることを望んだりしないけれどあまりにも背負っているものが多い。
 けれど、恵まれているのだ。
 
 挫折を味わえない挫折という馬鹿げていて恵まれすぎた人間の戯言を俺は思い浮かべる。
 何だってできる人間だからこそ人に優しくて善行を積まなければ釣り合いが取れない。
 不幸を幸福にして、絶望を希望に変えて、マイナスをプラスに変えていく。
 それが釣鐘という一族の在り方。
 溢れる才能を自分のためには使わない。
 清貧を尊んでいるわけではない。
 私利私欲に溺れるのは極悪非道であり、有りえない人間であると幼いころから叩き込まれている。
 兄はきっとそれが耐えられなかった。
 自分が汚らしいものだと欲に溺れる存在だと嘆いて心を壊した。
 弟は俺に頭を下げて釣鐘の家の事業に対する関わりを避けたいと相談してくれた。
 すでに俺が釣鐘の家の権利や指針を握っていたので問題ない。
 釣鐘の家は学園の統治こそが主体になるから中等部に入学する段階で家業を継ぐ。
 自分がいる場所を整えるのが一番最初の仕事。そういう扱いだ。
 もちろん、学生の身分として出来ることは限られているし、不具合や問題点も多い。
 実際に執り行うのは代理人になるだろう。
 
 古い家柄の問題点は「昔からそうやってきた」というただの伝統。
 兄と弟が拒絶し、俺が甘受したもの。
 そして逆に俺が放棄したくて二人が受け入れたもの。
 
 釣鐘晴太という俺には釣鐘としての義務がある。
 
 血の存続こそが釣鐘の使命。
 別に政界や財界に種を広げる必要はない。
 この学園を壊すことなく存続させる程度の規模でいい。
 釣鐘の血を絶やさない、それだけが釣鐘の家に生まれた人間の使命。
 どうしてなのかと言えばとても馬鹿馬鹿しくて、けれども長年続いたいわゆる「因習」というもので、俺たちは逆らうことが出来ない。
 生まれた場所の決まり事。
 たとえば日本に生きていたら同性では結婚できないし姉弟では結婚できない。
 そういう決まり事と同じように当たり前として刷り込まれた「約束事」として釣鐘は血を守っていた。
 釣鐘として生まれた限り、居場所を特定できない状態になることが許されない。
 駆け落ち、愛の逃避行などありえない。
 子供を作らずに死ぬかもしれない状況になることも許されない。
 朝霧の家のように近親婚を繰り返したりはしなかったが釣鐘の人間として子孫を残さないのは大罪だった。
 
 けれど、俺は好きでもない相手の子供は得たくない。
 そう思うことが釣鐘として罪だとしても義務としての結婚はできない。
 生まれた子供をかわいがれなかったらお互いに不幸だ。
 俺は割り切れない人間だった。
 生命の尊さを語りたいわけじゃないけれど自分の子供のことを考えると目の前に闇が広がる。
 
 俺は俺を制限されたくない。制御されたくない。
 釣鐘晴太という人間の前に俺は俺という人間だ。
 
 釣鐘の遺伝子を保存するための途中経過になりたくない。
 
 だから、ハル先輩ときよらが呼んでくれるたびに思う。
 俺はただの俺なのだ、と。
 釣鐘の家に生まれた晴太という人間ではない、ただそこに居る俺。
 それはつまり何も持ち合わせていない裸の自分。
 この感覚は何よりも尊いものだと思った。
 自分の中の革命に近い。
 俺が無意識に欲していたもの。
 自分に足りない何より一番必要なもの。
 葛谷博人が親衛隊長として釣鐘や秋津を含めて俺を取り込もうとしたのであっても朝霧きよらは違う。
 
『ハル先輩の声は小川のせせらぎみたいですね』
『それは褒めてもらってると思っていいの? 小川のせせらぎってどういうこと』
『メチャクチャ褒めてますって! 小川って気持ちいいんですよ。川は太陽を反射してキラキラしてて、あ、ちなみに浅瀬です』
『具体的な場所があったりする? それ』
『朝霧の所有している別荘地の近くです。夏休みはそこに隔離されることが多くて……森があって防波堤なんです。俺しか越えられない。迷い森。その中にある岩場は涼しくて川の流れる音が気持ちよくって』
『……つまり、きよらは俺の声で気持ちがよくなっていると』
『はいっ! ハル先輩の声は安眠効果があります。なんか、こう全体的に雰囲気? とかハル先輩は安らぎ効果があります』
『そこまで言われると子守唄でも歌ってあげたくなるね』
 
 きよらが求めていたのはただのハル先輩だ。
 釣鐘の肩書きも何もない。
 落ち着く声音らしい俺の声や安らげるらしい雰囲気が重要なのだ。
 俺という個人に付属したもの。俺という人間が培ってきたもの。
 
 時折、きよらは不思議な、もっと踏み込めば痛ましい発言をする。
 森が防波堤。
 海が近くて木々を防波堤にしているというよりも何かから守るための障壁という意味合いで使われたような言葉。
 迷い森が押さえ込んでくれていたのは誰だ。
 何からきよらは逃げて小川のせせらぎに癒された。
 
 勘ぐってしまうのはよくないと思いつつもきよらの家は朝霧であるそれだけの理由で俺はきよらの幸せを疑っていた。
 朝霧の家は釣鐘の遠縁とも言える繋がりを持っている。
 ただ考え方の違いから二つの家は関わりはあるものの冷戦状態だ。
 
 釣鐘が血の存続と学園の維持を至上命題に掲げるように朝霧にも役割がある。
 それは言ってしまうと呪縛に近い。
 
 明るいオレンジの髪の色。瞳は色素の薄い茶色。
 それが朝霧という家の成り立ちに関わる人間の持っていた色彩。
 劣性遺伝である色彩は黒く塗りつぶされる。
 けれど、稀に薄い色素を持つ人間が出てくる。
 黒髪ではない人間。
 海外の血が混ざっているわけではない。
 朝霧の中に残ったその色を信仰することで朝霧という家は一つにまとまっていた。
 昔からずっとその色彩だけを守り続けて血を濃くしていた。
 そのせいか朝霧の人間の中におかしな人間が現れる。
 
 俺が聞く限り信じられないものが多かった。
 
 妹の四肢を切断した兄。
 姉の舌を切り取った妹。
 兄の腸を引きずり出した弟。
 
 醜聞は金の力で揉み消される。
 俺は朝霧の名前を聞いてきよらが少しだけ怖かった。
 だけど、きよらは五体満足で噂に聞く限りだと家族仲は良好なのだと言う。
 
 思い過ごしだ、いやな勘ぐりはよくない。
 踏み込んではいけない。
 釣鐘として朝霧に必要以上に関わってはいけない。
 それが家同士の決まり事。
 
 俺には関係のないことだけれど。
 
 家同士の決まり事なんてその時々で変わる。
 俺は俺のやりたいようにする。
 すでに俺は釣鐘の家の権利をすべて得ている。
 兄弟の誰も欲しがらないということもあるが俺が俺であることが一番の理由。
 出来ることは多い方がいい。
 選択肢はより多く用意したい。
 
 兄は子供は作るが釣鐘の家に関わるのは死んでも嫌だと言った。
 兄は釣鐘が見せる世界に対して怯え方が尋常じゃない。
 何を見てしまったのか知らない俺が兄に言える言葉はない。
 宣言通り兄は嫁を貰って無事に子供作りに励んで幸せな家庭を築いている。
 嫁が働き兄は主夫だがそれを釣鐘の中で非難する人間はいない。
 子供さえいれば釣鐘として問題ないとみんな分かっているのだ。
 弟もあと十年もしないで同じ道を辿るのだろう。
 釣鐘という存在に恐怖しながら釣鐘という家の恩恵を受け入れる。
 
 そして、兄や弟の子供たちのおかげで俺の制限もまた外れて一つ自由になり問題点が減る。
 やっと俺の世界が広くなる。
 狭い世界で飛び立てないなんていう不自由を感じるのが嫌だ。
 べつに外の世界に幸せがあるとは思わない。
 ただ、俺はできないことがあるのが嫌だった。
 釣鐘晴太という洋服を着ている俺の重苦しさ。
 全部脱ぎ捨てたいわけじゃないが兄や弟が疎んじたのが分かる重さ。
 
『私たちは恵まれている。だから人々に優しく接しないとならない』
 
 その言葉に反論はない。人に優しくするのは構わない。
 泣いている人が笑ってくれると嬉しい。
 自分が気を配った分だけ皆が過ごしやすくなるならそれはとても嬉しいことだ。
 
 けれど、俺以外の誰かの策謀が渦巻くのを感じるし、俺の善意を誰かが利用しているのも感じる。
 全てを制御することは出来ないから妥協を覚えていくしかない。
 取りこぼしたものの中に大切なものがあれば後悔するのは目に見えているのに俺は流れに身を任せているだけ。
 根性なしだと言われてしまえば肯定するぐらいには弱音が心にある。
 
『あなたは完璧ですよ。強さも弱さもあるから人間でしょう。秋津先輩は強すぎる。だから、みんな怖がるんです。人の中にある弱さを切り捨てるように見えてしまう秋津先輩は怖いんです』
 
 葛谷博人はそう言った。
 秋津に弱さがあるとするならきよらと同じ場所。
 二人してフツウというよく分からない曖昧な基準を自分に適用させたがった。
 どうして自分が人と違うのか二人ともわからない。
 俺から言わせてもらうのなら二人ともおかしな環境で育ったのだからフツウであるわけもない。
 
 一般的な価値基準が頭の中にあるのに自分に上手く当てはまらなくて混乱している。
 
 俺はもう普通なんていらない。
 誰かと同じ場所を求めた日もある。
 みんなの中に混ざって大多数の中の一人だと安心する。
 
「俺は自分が欲しい。誰にも文句を言わせない俺という存在」
 
 きよらの頭を撫でながら悪夢への対処法をどう説こうかと考える。
 俺はあやふやでぐちゃぐちゃな自意識の中で世界を受け入れるしかできない朝霧きよらを愛する。
 きよらの嘆きに共感するところがあるから。
 家族から逃げられないという絶望。
 普通の生活がどんなものであるのかという知識。
 でも、そこに自分の居場所がないという現実に不安が襲う。
 
 自由を知った後に拘束される方が最初から雁字搦めであることよりもつらい。
 誰がきよらに普通の世界を教えたのだろう。
 朝霧という家の中だけで生きてきたのなら、きよらは弱くならなかった。
 弱さなど知らずに、強さも理解できずに人間のフリした人形として生きたはずだ。
 
 土壌はあっただろうが朝霧きよらが人間で在れたのはヒーローがいたから。
 つまりは浅川花火。
 自分の望みを押し通そうとする彼は等身大の子供なのだろう。
 何もかも見通す目なんか持ってない。
 客観性もあまりない。
 自分の行動の結果の責任も取らない、あるいは現状の把握が出来ていないので責任の取りようがない。
 
 俺やきよらがなれないフツウの子供。
 俺たちは頭でっかちな子供で大人の擬態をしながら子供の世界で曖昧に笑う。
 人の顔色をうかがって自分に降りかかる被害を最小限にする技術だけが上がっていく。
 年相応というものが良くも悪くも外れている。
 きよらは時々ものすごく幼いし逆になぜか大人顔負けの冷たさを見せる。
 本人はそのつもりがなくても切り捨てて自分の中に立ち入らせない。
 自分の発言の何が悪いのか分からなくて不安になりながら直すことが出来なくて手本を探す。
 
 常識が意味をなさない場所に身を置いていたもの特有の言動であるのかもしれない。
 
 葛谷博人が朝霧きよらに過保護であるのはきよらを傷つけることを恐れるからだ。
 すでにきよらが傷ついていることを葛谷博人は知っている。
 一ミリたりともこれ以上傷をつけたくないと考えているのだろう。
 だから彼は信頼できる隊長だ。
 朝霧きよらを心の底から愛していて無私である。
 自分の欲望よりも狂おしい愛を忠誠で包んで捧げている。
 見たことも触れたこともないものだからきよらには重さも価値もわからない。
 知ったならその瞬間から逃げられなくなる種類の感情だ。
 俺や双子の前で葛谷博人がきよらに告白したのは牽制であり同時に意思確認。
 
 他でもない俺がきよらに対してどんな感情を懐いているのか、その確認をするためのきよらへの告白。
 俺がきよらを求めてきよらが俺を求めるのなら葛谷博人は動かないだろう。
 浅川花火が相手であるなら全力で阻止して否定し拒絶し、それでもなお二人が求め合うのなら認めるかもしれない。
 それは浅川花火への嫉妬心や劣等感ではない。
 俺への信頼はもちろんあるだろうが浅川花火と釣鐘晴太という俺の違いは明白だ。
 きよらに対しての感情の種類が違う。
 浅川花火が持っているのは支配欲や征服欲と劣情である。
 俺が胸に抱くのは庇護欲や保護欲と愛着だ。
 前者は恋慕で後者は親愛。
 究極的な話、俺はきよらと恋愛関係に至らなくても問題ない。
 その点においては葛谷博人も同意見だろう。
 
 彼が忌避して何よりも許し難いと思っているのがなんであるのか俺はきよらの涙でやっと理解した。
 葛谷博人は朝霧きよらを支配する人間を決して許す気がないのだ。
 鳥を鳥籠に、犬に首輪を、それがペットの飼育の条件であるなら別に構いはしない。
 だが、朝霧きよらの行動に制限を故意に加える存在である「誰か」というのが葛谷博人は許せない。
 鳥籠も首輪も彼には不要だと隊長として葛谷博人は親衛隊に告げたことがある。
 朝霧きよらが自由に思考できない状態、やりたいことが出来ない現状、上手く笑えない空間はあってはいけないものなのだ。
 
 俺はもっと早く動くべきだったのだろう。
 
 古い家柄は多かれ少なかれ狂っている。
 知識以上に自分の身で持って実感している。
 一般の家だって頭のおかしい人間は現れる。
 
 平穏な日常を俺たちが送っていて、今はそれが崩れたのだとしたら朝霧きよらが頑張った結果として平穏が存在していたということだ。
 薄氷の上に成り立っていた世界であることを俺たちは誰も知らなかった。
 感情の爆発を、痛みへの嘆きを押えこまれたら見えては来ない。
 微笑んでいるきよらが血だらけであることに気づくのは難しい。
 
 
「秋津、うん……そう」
 
 
 着信があったので電話に出ると秋津からいろいろと報告が入ってきた。
 先週の金曜日から風紀は大忙しだ。
 剣道部として日曜日に席を外したせいでやることも溜まってしまっただろう秋津はかわいそうだがやりがいもあるだろう。
 大半が目くらましで本当にしたいことを隠している。
 転入生、彼が欲しがっているのは朝霧きよらだけだ。
 他は全部きよらを煽る道具であったりきよらに近づくための橋渡し。
 あの治田もかく乱させるための道具だろう。以前、きよらを数時間誘拐というか隔離していた時と同じだ。
 分かりやすい餌を放り込んで群がらせておく。
 餌自体、無視できないレベルのものにしているから罠だと思っても動かざるえない。
 
「きよらの一番が浅川花火ではないという証明を先にしてしまえば事態の収拾は早いだろう」
 
 転入生、彼はきっときよらが目を向けた存在が憎くて堪らないのだ。
 羨ましくて憎らしいから自分をその位置におこうとする。
 葛谷博人の動きがなければ企みは成功したかもしれない。
 
「要するにきよらが誰かと付き合えばいい、きちんと愛し合った上でな。
 そうすれば、それだけでこの話は終わる」

 納得がいっていない電話の向こう側の秋津に笑いかける。
 声だけでも俺の笑みの種類が伝わったはずだ。
 少し、息を飲んだ気配がする。
 
「朝霧きよらに味方がいないなんていうふざけた考えをぶち壊してやればいい」
 
 ふざけるんじゃないと面と向かって言ってやりたい。
 暗躍して全部手に入る気でいるあいつは何もわかっていない。
 きよらを思っているくせにきよらを貶める彼らを俺は好きじゃない。
 どうして真っ直ぐに愛してやらないんだろう。
 こんなにきよらは欲しがっているのに。こんなに淋しがっているのに。
 
「相手? それはきよらが決めることだ」
 
 妥協あるいは先着順が適応されるのなら相手は葛谷博人だろう。
 わだかまりが解消されたのなら相手は浅川花火だろう。
 誰にも負けない最強の凶器を求めるなら相手は秋津だ。
 電話の向こうにいる秋津こそが誰にも負けない最強の男。
 狂っていない純真のかたまりだからこそ秋津の存在は彼らに利くだろう。
 魔を払う聖水や剣のような存在だ。
 清らかなる存在。そう思うとお似合いなのかもしれないと少々腹立たしくなる。
 
「なあ、変なこと聞くけど……俺のどこが完璧に見える?」
『そうだな、そう聞くことが出来るところ、か?』
「ケンカを売ってるように感じた? 悪い」
『そうじゃない。釣鐘は向上心を失わない。現状に甘んじていないだろう。常に成長する人間は完成していないがゆえに完璧だろう』
「秋津にこうして褒められるのはなんだか不思議だな」
『俺はいつもお前を尊敬しているぞ』
「サラッと言うなよ」
『葛藤はある。……俺とお前が戦っても俺はお前に勝てない』
「逆だよ。あぁ、お互いがそう思ってるなら引き分けだな」
 
 笑う俺に「そういう妥協点を見つけられる釣鐘には頭が上がらない」と秋津は言った。
 秋津の中で勝ち負けがつかない勝負というのはたぶん存在しない。
 黒か白で世界が分かれる。
 
 
 きっと俺たちの関係は他人には理解しがたいものかもしれない。
 家の繋がりがなければ出会わなかったとはいえ、相手の存在がない未来も過去も現在も想像がつかない。
 きよらとは違った意味で掛け替えのない相手ではあるが俺と秋津が恋愛関係に陥ることはない。
 それはお互いの存在が人生の一部に組み込まれてはいるものの打算が先につく。
 俺と秋津は正反対である意味同一である。
 俺が社交的であるから秋津は非社交的になる。
 それは比べられることによって現れる個体差であり、秋津が本当に非社交的かは関係ない。
 秋津は気づいているのかいないのか分からないが、俺はあえて断言する。
 
 釣鐘晴太という俺は秋津という人間を踏み台にしている。
 
 それは俺と秋津の性質の問題で目には見えない空気に対して行動を起こせないように俺では秋津の空気を換えられない。
 だから、秋津がもし朝霧きよらを求めるのなら俺は何も言ってはならない。
 俺の言動によって秋津が伸ばした手を戻すことになってしまう。
 
 理性的で理論的で正しいからこそ自分よりも有能である誰かがいるならそれでいいと自分の感情を無視するのが秋津だ。
 家のことから考えれば剣道部で主将であるべき秋津が副主将なのは俺がいるから。
 俺に譲ったという考えすら秋津にはないかもしれない。
 秋津からすれば俺を立てているとか俺のために身を引くといった考えはない。
 ただ俺が相応しいからと心の底から思っている。
 秋津が俺を尊敬してくれているのも羨ましく思ってくれているのも知っている。
 その純粋さこそ俺は憧れてやまない。
 
 俺ときよらは家柄を着ている点で似ているが秋津ときよらは純粋培養という点で似通っている。
 二人とも物事への着眼点が少し人と外れていてそれを自覚して直したいと思っている。
 個性的であることよりも周りとの共存を望んでいる。
 彼らは調和に焦がれているんだ。
 
「俺を欲しがっていいよ」
 
 俺以外だって、欲しがっていい。
 
 そうきよらに吹き込みながら俺は部屋の電気を消した。


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ここぐらいまで読んだ後にIFのハル先輩ルートを読むといろいろと納得できるかと思います。
(本編の別ルートではなく本編とは全く関係ない「葛谷博人が居ない世界」というIF設定の話です)

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