副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  041 朝霧きよらの悪夢の中身


 夢の中に転がっている真実。
 記憶のかけら。
 見たくないもの。
 思い出したくないもの。
 覚えているもの。
 
 繰り返されて息苦しくて心まで巻き戻る。
 
 それが悪夢のなせる業。
  
『こんにちは、あぁ? これかい。これの名前は覚えなくていいよ』
 
 俺の人生には不要な名前だと彼は笑った。
 問題はそれじゃないと彼は言う。
 
『それよりも、これから会うんだろう。殺され続けた子供に』

 何のことか分からなくて俺は首を傾げる。
 この人の言葉はいつも難しい。
 
『聞いていないのかい。そう、それなら危ないかもしれない。
 相手は君をこの世の誰より愛して、そして憎んでいるんだ。
 やっと生まれることを許されたんだ、仕方がない』
 
 どうしてなのか聞く前に答えを教えてくれた。
 彼はいつだって賢いが俺に優しくない。
 優しくできるのにしない。
 けれど、彼を嫌うこともできない。
 彼を嫌って遠ざけるのは簡単だがそうしたら俺の全てがなくなってしまう。
 空っぽな人形になって姉にオモチャにされる一生など嫌だ。
 逃げるための牙、幸せになるための奥の手だって欲しい。
 
『彼は君がいるから生まれてこれたけど、こんな世界に生まれてきたくなかったかもしれない』
 
 それならお互い様だ。
 友達になれるかもしれない。
 助け合えるかもしれない。
 
『彼女に必要とされるのは最初から最後まで君だけで彼は言ってしまえば種馬だからね』
 
 言葉の意味が難しい。
 知らない単語が彼の口から頻繁に出てくる。
 そして単語の説明を彼はあまりしてくれない。
 辞書で調べるのも勉強だからだ。
 俺はこの時、種馬の意味を知らなかった。
 
『朝霧の色彩賛美には恐れ入るよ。古い家柄……どこだったっけな、オッドアイじゃないと当主にできないと目を漂白したり頭を打ち付けたりだか危険な方法をとったりする一族もいたね。それに比べれば生まれてきたお姫様が魔女だとしても気にしないでもてはやしてるだけで被害は少ないのかな?』
 
 普通はオッドアイはあまりよく言われない気がする。
 マイノリティっていうのはいい扱いを受けない。
 姉も黒髪黒目ではないことで苦労していると口にすることは多い。
 かわいそうな私というのを演出するのに彼女は抜け目がない。
 姉がかわいそうであるのと俺が姉に虐げられることに何の繋がりもないのに耐えることを強要される。
 こんな事はおかしい。おかしいと思えている内に俺は俺をどこかへ逃がさないといけない。
 諦めて慣れて夢が見られない、そう思わないように。
 
『まあ、断言してもいい。彼は君に愛憎を向ける。だってそれしかやることがないんだ』
 
 人差し指を立てて笑う彼に寒気が走る。
 彼は予言者だ。
 雨が降っていた日に「今日はシーツで包まれて吊るされるんじゃない? お姉さまが遠足行くとか言ってたのに生憎の雨予報だからきっと君はテルテル坊主にされるよ」と言ってきた。
 実際そうなった。
 首に縄をかけられて足がギリギリつく位置で固定。
 気を抜くと首が閉まるからずっと爪先立ち。
 シーツに包まれて息苦しい中「雨ならどうしよう。イヤだわ」と言いながら俺の足に何かをしていく姉。シーツで視界が閉ざされて見えないのが怖かった。
 シーツ越しに縄をかけられたからか首には薄っすらとした跡がついただけ。
 解放されると俺が何をされていたかなんてわからなくなる。
 それでも彼は首元まである服を着た俺に向かって何もかも分かった顔をして「気にしてない顔すると雨の予報ごとにやられるんじゃない?」と言った。
 事実、しばらく姉は俺を釣り上げて遊ぶようになった。
 やめて欲しいと哀願すれば「私がイジメてるみたいじゃない。失礼しちゃう」と憤慨しながら首吊り遊びは終わった。
 
 そんな風に彼は俺に起こることを予言する。
 
 けれど、それを絶対に阻止したりしない。
 間接的に対処法を教えてくれることもあるが助けてはくれない。
 姉ではなく彼にいたぶられている気持ちにすらなる。
 
『嫌われるなら思いっきり嫌われるべきだし、愛されるならきちんと味方につけた方がいいよ』
 
 これから会う相手への対処法にしては意味が分からない。
 心構えもないまま俺は最悪の悪夢に出会った。

 
 彼は言う。
 自分が殺され続けたのは俺に出会うためだと。
 彼は言う。
 自分が存在しないのは俺に合わせるためだと。
 彼は言う。
 微笑みながら「キミ好みのオレになってあげる」と。
 彼は言う。
 姉を指さし笑いながら「アレがいい? 簡単簡単。オレのキミのためだもの」と。
 
 
 俺は何もわからなくて、言えなくて。彼はただ無邪気だった。
 そこには姉と同じように一欠けらの悪意もない。
 悪意がないのにどうして人が嫌がることが出来るのだろう。
 悪意がないからこそ人の気持ちを踏みにじれるのだろう。
 無邪気とは邪気がないこと。
 邪気とは悪意のこと。
 姉は俺に危害を加えたいわけじゃない。
 そんな積極的な気持ちすらなく俺にどんな結果が降りかかってもどうでもいいと思った上で俺を池に突き落としたりする。
 そこには悪意はない。
 やりたかったからやっただけで俺を溺死させようとか風邪をひかせようと、そんな考えはない。
 そのことが堪らなく恐ろしい。確固とした目的もなく俺は悲惨な遊びに強制的に付き合わされる。
 
『オレがキミの悪夢になったらいつも夢で会えるんだね。
 キミの痛みを上書きしてあげる。
 イイ考えだろ。キミのことを一番思っているオレがキミのすべてになる』
 
 言葉の意味が理解できない。
 助け合ったり、友達になったり、そういうのがフツウのはずだ。
 健全というものを俺は与えられた知識で知っている。
 それからすると目の前の相手の言葉は頭の中に入ってこない。
 全身で拒絶していた。
 
『キミはオレより後に死んではいけないよ。オレがキミの死体を丸ごといただくんだ。
 そのためになんだって耐えるし、どんなオレにもなれる。
 だって、死に続けていたオレの中に優しい奴も暴れん坊な奴も皮肉屋な奴もいろんなオレがいたはずなんだ。
 いろんなオレがキミを求めている。だからキミはオレに食べられないといけない。
 溶け合えってひとつになれば死に続けていたオレもきっと幸せ。
 だから、キミはオレより先に死ななきゃいけない。オレがちゃんと』
 
 耳をふさぐ俺の手を取り愛を囁かれた。
 無視していると指を舐められた。
 響き渡る水音が気持ち悪くて、気持ち悪くて今日のことは忘れないといけないと思った。
 覚えてたら夢に見てうなされる。
 
 ただ俺は教え込まれてしまった。
 
 死は解放にはならない。
 
 姉から逃げるためにいっそと思った日もあった。
 つらくて悲しくて苦しかった全部をなかったことにしない。
 全部を味わいたくない。
 死んだ後にも自由はないなんてイヤだ。
 誰にも触れられたくないから逃げたいのにそれも出来ないなんて意味がない。
 
 
 
「――旅人の言うように起こしてしまったことを悔やむより手に入れた成果を誇るのが健全でしょうか。
 魔法使いのように盗人だとなじるのが正解でしょうか。
 お姫様のように謝って代替品を用意するものでしょうか。
 隣国の魔女のように他人事だと嗤うのでしょうか。

 俺が思うにこれは悲恋やバッドエンドと見せかけたハッピーエンドだね。
 若者視点から言えば薔薇を貰えたのは心を貰えたってことだ。
 身体は朽ちてしまっても心を貰えるならそれは十分すぎるぐらいに価値があるんじゃないかな。
 若者なんだから彼はこれから薔薇でも育てていけばいい。
 きっと茨の価値に気づくだろうね。遅くても取り返しがつかなくても知らないよりも知りたいと思うならいつだってそこが始まりで手遅れなんてことはない。
 魔法使いから見れば生涯を好きな相手と過ごすことが出来て幸せだっただろう。
 旅人も立ち寄った先でそうそうない経験ができて思い出深いだろうし、
 何よりもお姫様が恨み言を口にしなかったというのが大きい。
 お姫様がすべてを受け入れていたのなら外野がとやかく言う問題じゃない。俺はそう思うね」
 
 爽やかでやわらかな声になんだか気分が落ち着く。
 背後で軽くかかっている音楽は土曜日のコンサートのものだから明るい声とは合わないはずなのに上手く調和しているのは聞こえる声に嫌味がなく耳に心地いいものだから。
 大きな声ではないのにしっかりと聞こえる。
 
「ハル先輩のお昼の放送……」
 
 不定期で校内放送を流すハル先輩。
 内容はその時々で違う。
 今回は何かの物語の朗読だった。
 ヒロイン死亡とか夢がなさ過ぎる。
 しかも理由が主人公っぽい勇者のせいとか急展開すぎる。
 
 どうして題材にこんな謎のものを選んだんだ。
 
 
「きよら、気分はどう?」
 
 
 ここが保健室であるのはわかる。だが、それだけ。
 他は何もわからない。
 
「自分が教室で倒れたことは覚えてる?」
 
 分からない。
 記憶が急に途切れている自覚はある。
 たしか榎原と話をしていた。
 
「俺が誰かわかる?」
「はい、ハル先輩」

 さっきまで放送をしていたのにどうしてここにいるんだろうと尋ねる前に「あれは録音だからね」と返された。
 自分の中の感情の咀嚼が上手くいかない。
 混乱のまま俺の口から出てきたのは朗読されていた童話のような話について。
 
「あれって、放送で流れてた話ってなんなんですか。茨姫って眠り姫のアレですよね」
 
 内容が全然違う。
 お姫様は百年眠り続けて王子のキスで目覚めるはず。
 
「なんていうんだろう、自費出版?
 生徒が自分で作ったものらしいんだ。
 是非、読み上げて欲しいと朝霧さんから頼まれてね。
 きよらが好きなんだって言ってたけど……」
 
 朝霧さんというのは俺の父親のことだろう。
 わざわざハル先輩を巻き込んで何をしてるんだ。
 
「覚えがありません。小さい頃はよく本ばかり読んでましたけど……」
 
 お姫様が出てくる話なんか興味がない。
 意地悪な継母と義理の姉にイジメられてもシンデレラは王子様と結婚してめでたしめでたし。
 魔女の呪いで眠りについたお姫様が王子様にキスをされて結婚してめでたしめでたし。
 魔女に囚われて塔のてっぺんに閉じ込められても王子様に助けられてめでたしめでたし。
 
「俺はヒーロー物とか好きですけど、王子様を求める女の子の気持ちは分かりません」
 
 正義は必ず勝つとばかりに悪役をなぎ倒すヒーローは格好いい。
 ときどき理不尽なヒーローがいても行動に爽快感がある。
 作中で彼は非難されることがない。
 ヒーローは常に肯定される。
 誰かを守れずに膝をついても立ち上がる切っ掛けが用意されている。
 物語はヒーローの勝利で幕を下ろす。
 王子様から与えられるめでたしめでたしは胡散臭い。
 お姫様のための都合のいい道具のような王子様は偽者だ。
 だって、俺はお姫様を守りたくなんてない。
 お姫様のように守られたくもない。
 自由に好き勝手なことをするヒーローがいい。
 守るべきものがあって苦悩したり、組織に追われて平穏を求めたり、愛する人が死んでも、自分の心が削られても、それでもヒーローは苦難を乗り越えて勝利を手にする。
 ヒーローに守られ救われた子供もまたヒーローを目指していく終わりない連鎖。
 めでたしめでたしで終わらない永遠のストーリー。
 
「だから茨に守られたお姫様は薔薇を若者に差し出したのか。
 無知でも、傍迷惑な勇敢さでも、若者の行動をお姫様は嫌いになれなかったから責めなかった。
 自分に起こることも全部受け入れたお姫様は誰にも助けてもらうことが出来ずに舞台から降りる」
「よく、わかりませんけど……茨ごと抱きしめたら血だらけになってしまうから距離を置くのは当然のことですよね。距離を詰めようとして障害になった茨を切り捨てるのは常識から外れてない」
「でも、茨に覆われた城というある意味、常識の外れた場所で常識を振りかざしてなんになる?
 魔法使いはお姫様が誰にも触れられないようにした。安全のためだし、命のために。それはお姫様の願いでも望みでもなく魔法使いがやりたかったからしたことだろう。俺がそう思うのは」
 
 言葉を止めてハル先輩が俺を見る。
 とても優しい顔をしている。
 悪夢を見た名残がない。
 
 このところ睡眠不足だったと思い知る。
 三日間引きこもっていたくせに朝に倒れて昼まで寝ていたなんて。
 
「きよら、きよらは何も求めない」
 
 俺の頭を撫でながら「だから、お姫様や魔法使いの気持ちが少しわかる」とハル先輩は笑う。
 
「自分が原因で争ったりしないようにきよらは親衛隊にお願いしたけれど、それだけで自分のためにどういう風に動いて欲しいとは言わない。転入生を生徒会に入れないでとは言ったけれど転入生を物理的に排除させることはさせなかった」
「物理的って転校させるとかってことですか?」
 
 それはあんまりにも過激だ。
 
「きよらがそういった手段をとれない人間だと相手は知っている」
「フツウじゃないですか?」
 
 苦手な相手だからといって排除なんておかしい。
 出来るのだとしてもいろんなルールを捻じ曲げてまで通すわがままじゃない。
 
「普通、普通かあ……きよらの立場ならもっとわがままを言ってもいい。
 わがままなぐらいが普通だな」

 なにか、何かをハル先輩は俺にしたいのだろう。
 それは分かった。
 俺の何かが歯がゆいとハル先輩は思ってる。
 倒れてしまったことを昨日会っているからこそ気にしてしまっているのかもしれない。
 剣道部の応援で無理をさせた、そんなことを考えているなら否定したい。
 俺は昨日がとても楽しかった。
 それでもハル先輩は優しいから罪悪感を覚えてしまったかもしれない。
 どうすればいいのか考えて頭の中に浮かんだ案。
 俺の不安を吹き飛ばして欲しい。
 自分の部屋に帰りたくない。
 安心して眠りにつきたい。
 それを叶えるためのわがまま。
 
「じゃあ、一緒に寝てくれますか?」
 
 ハル先輩なら簡単に叶えてくれそうで負担にならないだろう、わがまま。
 週末に一度断られたけれど、わがままを言っていいと言われた今のタイミングならOKしてくれるんじゃないかと打算的になってみる。

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