副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  040 夢のまにまに


突然のメルヘン


 あるところに茨姫と呼ばれるお姫様が居ました。
 お姫様は茨に包まれたお城で静かに眠っていました。
 
 ある日、勇敢な若者が剣を持ってそのお城の中へと入っていこうとしました。
 茨を切り裂いて勇者と呼ばれた彼はお城に挑みます。
 けれど茨を切り裂けば切り裂くほどお城がボロボロになっていきます。
 お城はお姫様と一緒に魔法がかかっていて永久不滅のはずです。
 それなのにどうして茨を攻撃するとお城までダメになってしまうのでしょう。
 勇者は違和感を覚えながら茨を切り捨てました。
 茨があってはお姫様に会いに行けないのです。
 お姫様に会うには茨が邪魔でした。
 
 やっとのことでお姫様の部屋に辿りついた勇者が見たものは茨に囚われたお姫様ではなく、洋服を着た茨でした。
 お城を覆っている茨と違うのはところどこ綺麗な薔薇を咲かせています。
 綺麗ではありますがそうは言っても茨は茨。
 お姫様は居ませんでした。
 絶世の美女であるお姫様はどこに行ってしまったのでしょう。
 伝説に騙されたと思っていた若者の前に魔法使いが姿を現しました。
 魔法使いはお姫様は魔法で約束の時まで茨に変えられていると教えてくれました。
 勇敢な若者は自分を勇者としてお姫様を助けるのだと意気込んでいましたが実際のところはお姫様をその剣で切り付けていたのです。
 知らなかったとはいえお姫様を傷つけて殺しかけてしまった若者は勇者とは言えません。
 若者はお姫様を茨に変えた魔法使いにたずねます。
 
『どうして姫を茨に変えたのですか?』
『どうしてあなたは茨を切り払ったのです。あなたにとって茨不要でしたか?』
『茨があっては姫に会いに行けません』
『茨が姫であったのだからあなたはすでに姫に会っていました』
『知らなかったのです。茨が姫自身だったなんて知りませんでした』
『では、茨が姫であったと知った今のあなたにお聞きします。
 あなたは茨をどうしますか?』
『姫の呪いを解いて茨から解放して見せます』
 
 若者は言いました。
 それがどれほど困難なことであろうとやり遂げると誓いました。
 勇敢な若者は勇者と言われることに慣れ、魔法使いからすれば傲慢に見えました。
 
『そうですか。そんな日は永遠に来ません。
 どうして姫を茨に変えたのかあなたは聞きましたね。それはあなたのような人がいるからです』
『どういう意味でしょう』
『あなたのような勇敢な若者から姫を守るために茨はあるのです』
『わたしは姫のおめがねに敵わないのでしょうか』
『姫は切り捨てられてもあなたを好いていますが茨を切り捨ててしまえるあなたでは折角咲いた美しい花を散らすことも容易いのです。悪意などなくあなたの手は花を摘み取り枯らせてしまう』
『花は花瓶に飾るものなのではないでしょうか』

 魔法使いは嘆きます。
  
『愚かなる人間。あなたが摘み取らぬように姫の茨は永遠です。
 姫の真の姿を見ることもなく去るといい』
 
 魔法使いに追い出された勇敢な若者は姫に焦がれてどうにかしたいと願って隣国の魔女を訪ねました。
 魔女は茨の話を聞いて魔法使いを倒すように言いました。
 魔法使いがいなくなれば茨の魔法は解けます。
 若者は約束の日がいつなのか知りません。
 姫の茨の魔法が自然に解ける日を待つことはできません。
 
『あなたを倒して姫を解放する』
『勇者や英雄と呼ばれるあなたはただの侵略者だ』
 
 冷たい魔法使いの瞳にも勇敢な若者は怯みません。
 お姫様への愛が心にあるからです。
 魔法使いが倒されそうだと思ったその時、どこからか楽しげな声がします。
 鈴を転がすその声に誘われて勇敢な若者は魔法使いを放って声を追いました。
 花園と呼ぶにふさわしい綺麗な庭園がありました。
 古いお城の中で大輪の花が咲き誇っておりました。
 思わず満開の薔薇を摘み取ろうとして若者は指から血を流しました。
 忌々しい茨のトゲが刺さったのです。
 
『あなたは勇者ではなく花盗人です』
 
 魔法使いの言葉に若者は何も言えません。
 どこからかかわいらしい声が聞こえます。
 
『あれは姫の声です』
『茨の呪いが解けたのですか?』
『いいえ、茨の魔法は解けません。あなたの次のここに訪ねてきた旅人が言いました。茨の魔法がかかったままでいいから一緒に居てくれ、と』

 若者は誤魔化しや偽善だと思いました。
 旅人はお姫様に嫌われたくないからいい顔をしただけです。
 本当は茨のお姫様など嫌なはずです。
 
『あなたが本当に勇敢な若者であるのなら旅人と話をするといい』
 
 そう言って魔法使いは茨の中に若者を案内しました。
 茨を潜り抜けた先にみすぼらしい格好の青年と見たことのないような美貌のお姫様が居ました。
 やっぱり伝説通りお姫様は美しかったのです。
 茨がなければ完璧です。
 
『旅人さん、あなたは茨と共に姫と居ると聞きましたが姫に茨はありませんよ。結局、あなただって茨はいらないと思ってるんじゃありませんか』
『君にはこの庭を覆う茨が見えないのかい』
『姫が茨に変わってしまう魔法は解けたんでしょう。そこに人間の姿の姫がいる』
『これは姫が私に心を開いてくれたからだよ。姫の心が閉じてしまえばまた茨は現れるしそのトゲは私を傷つけることだろう』
『どうして姫の呪いを解かないんですか?』
『これは姫を思う魔法使いからの祝福だよ。姫を守る盾であり刃なのだから私は取り払うことはしない』
 
 旅人の言葉に若者はやっぱり納得がいきません。
 二人の言葉を聞いていただけで口を挟まなかったお姫様が薔薇を一輪、若者に渡しました。
 それは満開のトゲのない薔薇でした。
 
『あなたにこの身は渡せませんが、よろしかったらこちらをお持ちください』
 
 お姫様は絶世の美貌を持っていましたが若者は触れることが出来ませんでした。
 自分の家の花瓶にもらったトゲのない薔薇を生けました。
 数日後、他の花と同じように花は枯れてしまいました。
 切り花が何日も持たないことなど常識です。
 若者はお姫様に会いにお城へ向かいました。
 触れることが出来なくてもまた薔薇を貰えるかもしれません。
 
 若者は茨に包まれたお城を探しましたが不思議なことにお城はどこにもありません。
 数日前まで確かにあったと若者が隣国の魔女に問いただすと魔女は笑って言いました。
 
『姫を茨に変えた魔法使いが死んだから魔法が解けたのでしょう』
 
 隣国の魔女が言うには魔法使いが病気のお姫様に病から守るために茨になる呪いをかけたというのです。
 お姫様が死んでしまう時は一緒に死ぬという呪いもかけたというのです。
 魔法には代償が必要だから魔法使いは命を懸けたのです。
 
『あなたは茨を切り捨てたのでしょう? 姫の病気の進行が早まって約束の時まで持たなかったのですね』
 
 約束の時とはお姫様の病気が治る時でした。
 遠い遠い、はるか遠くの国からお薬が届く約束でした。
 茨がなくなったお姫様は言わば切り花みたいなもの。
 花瓶に入れても数日で枯れて腐ってしまいます。
 
 
 若者の前に旅人が現れました。
 
『どうして教えてくれなかったんだ!』
 
 若者は旅人を責め立てました。
 そこには勇敢な勇者と呼ばれた姿はありません。
 ただただ憔悴していました。
 
『教えても茨は切られた後だろう』
 
 旅人は不思議そうに若者を見ます。
 終わった事柄について何かを言うべきだと旅人は感じていませんでした。
 
『姫が最期に思い出にはそれで十分じゃないか』
 
 それ以上を欲しがる若者の気持ちが旅人には分かりません。
 あんなに綺麗な薔薇を手に入れて若者は何が不満だったのでしょう。
 
『薔薇ではなく姫が欲しかった』
『姫は自分は渡せないと言っていたじゃないか。茨が切り裂かれて数日しか生きていけないんだから姫を手に入れるなんて無理だろう』
 
 若者自身が姫の命綱を断ち切ったのです。
 だって、それは何も知らなかったから。
 誰も教えてくれなかったから。
 
『茨が消えるのを城の外で待っているのが一番賢かったかもしれない、けど、賢かったらあの薔薇は手に入らなかった』
 
 旅人はそう言ってまた旅をするのだと去って行きました。

 若者はどう思えばよかったのでしょう。
 
 魔法使いのようにお姫様と生死を共にする?
 旅人のようにあるがままのお姫様を受け入れる?
 誰かのようにお姫様から離れて遠くの国の薬を取りに行く?
 何も知らず茨を切り捨てたことを後悔する?
 
 若者はどう思えばよかったのでしょう。
 
 旅人の言うように起こしてしまったことを悔やむより手に入れた成果を誇るのが健全でしょうか。
 魔法使いのように盗人だとなじるのが正解でしょうか。
 お姫様のように謝って代替品を用意するものでしょうか。
 隣国の魔女のように他人事だと嗤うのでしょうか。
 
 それとも、それとも……。
 
 
 
「オレはキミを自分の手で殺すところから始めるよ。そういう意味では結果的に姫の命を奪った勇者様と同じだね。彼は姫を自分だけのものにしたかったのさ。花じゃ満足できない。そんなもの望んじゃいない。自分を傷つける茨もいらない」
 
 嗤う、哂う、笑う、声。
 
「欲しいのは人形じゃないのに不思議だよね」
 
 いずれキミに絵本を届けよう。
 真っ赤に染まったキミだけのお話。
 
 そんな声が聞こえた。

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