039 副会長と会計のメール3
日曜日の夜。
また夜に会計の榎原からのメール。
楽しかった時間が長かったからなんとなく見るのがいやだった。
榎原には世話になっているので目を通すだけはしたい。
『今日は楽しかった?』
なんだか普通の内容で肩すかし。
どうして榎原のメールに俺は緊張していたんだろう。
お弁当を喜んでもらえたこと、先輩たちの活躍を書き綴る。
電話した方が早い気がしたけどこれから寝るので多分ろれつが回らない。
あくびをしながら返信を待つ。
榎原のレスポンスは早いのですぐに返事があるはずだがなかなか来ない。
あっちもあっちで寝てしまったのだろう。
『幸せになれると思う?』
『幸せになる資格があると思う?』
『幸せってどんなことかわかる?』
次々と送られてくるメールに恐怖を覚えて「寝るからメール送らないで」と慌てて送った。
どうしてこんなことになったんだろう。
まるで榎原じゃないみたいだ。
そんなわけないのに。
アドレスは間違いなく榎原。
何か怒らせてしまったのかもしれない。
そうじゃなきゃ、おかしい。
まるで、別人からのメール。
『オレのキミはキミだけだ』
耳にこびりついた声。
逃げられると思わないことだとどこかで聞いた言葉が脳裏を巡る。
その日、また悪夢を見た。
月曜日の朝。
遅刻しないで登校した榎原が「聞いて聞いて」と言ってくる。
昨日のメールの気まずさなどない。
「きぃーちゃんと木曜の夜に電話したじゃん? それ以降ケータイ見つかんなくってさぁ〜」
もうやんなっちゃうと榎原は顔を崩して言った。
絶句している俺に気づかずに新しくしたらしいケータイを見せてくれた。
以前の見知った榎原のケータイも隣に置く。
「金曜の朝に遅刻したのはケータイ探してたからなのですにゃーん」
「どうして……」
「いやー、面と向かって会ってるからメールいらないし、誰かに知られると会計様のケータイ探しとかいうゲームになっちゃったりするでしょ」
それは困るしと眉をへにゃんと八の字にする榎原。
確かに榎原の個人情報をゲットしようとしてケータイを死に物狂いで探す人間は出てくるだろう。
親衛隊に私物を取られると言うぐらいだから榎原のケータイはデータを抜かれる。
「そうするときぃーちゃんや会長の番号も流出しちゃうかもだし」
ロックはかけてても安心できない。
ケータイ本体が手元にあるならどうにでもできる。
遠隔操作で電源は落としたと教えてくれたがおかしい。
「休みだから日曜に外で新しいのを買ったわけだけどー」
「……ずっとなかったの?」
「今日の朝に出てきましたとさぁぁぁぁ!!」
シャウトする榎原。
珍しく「もうなんなの!? 俺の日曜日ぃぃ!!」と頭を抱える榎原。
背中に冷たい汗が流れる。
口の中が乾いていく。
「部屋でなくして部屋で見つけた?」
「汚くしてた代償だね〜。写メとかデータPCに移したよ。アドレスのバックアップはあったから新しいケータイでもいいけど画像は移したりしてないからさー」
榎原の個人的な話はこの際どうでもいい。
重要なのは。
「メールの送受信ってどうなってる?」
「え? あぁ、俺宛にきぃーちゃんメールくれてたね」
「どのメール?」
「寝るからメール送ってくるなって言うの。あれ、誤爆?」
「昨日の夜の?」
「そうそう。メールはそれとウチの親衛隊長のぎょーむ連絡」
笑う榎原が嘘をついているとは思えない。
泣きそうになってしまった。
問題は榎原のケータイが勝手に使われたことじゃない。
榎原の部屋に誰かが無断で侵入していたということだ。
木曜日の夜または金曜日の朝方にケータイを盗んで日曜日の夜または月曜日の朝方にわざわざ返しに来た。
榎原の部屋に出入りできるなら俺の部屋にも出入り出来るんじゃないだろうか。
役員フロアへの出入りは厳しい。
それを潜り抜けることができる人物は限られている。
ケータイのことが榎原の嘘で驚かせようとしていたり昨日のことを誤魔化すためなら、その方がまだ気持ちは楽だ。
「きぃーちゃん、なんか顔色悪いけど……」
顔を覗き込んでくる榎原に思わず後退する。
誰かにぶつかってしまったらしく一緒に倒れこむ。
「きよらってばダイターン」
粘ついた口調。指先が背中から腰を撫でる。
寒気と吐き気がした。
「押し倒されちゃった」
野暮ったい長い前髪に隠れて口元だけしか見えない。
転入生が俺の下敷きになっていた。
どうして別のクラスなのに。
起き上がろうとする俺を掴んで離さないコイツはなんなんだ。
教室の中がざわついている。
目の前が暗くなっていく貧血のような症状に俺は身動きがとれない。
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蛇足
ちなみに進学校なのでTwitter、LINE禁止でケータイは基本電源オフにしないといけない学園。
没収されてもすぐ返してくれるんですけど、あっちゃん先輩にケータイ返してくださいっていうぐらいなら新しく購入する人が多数。あっちゃん先輩は恐れられ過ぎである。
(風紀よりも教師にとりあげられたいという風潮)
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