副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

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「あ、春巻き入ってる」
「お弁当の定番だと思って」
 
 俺が春巻きに手を付けると嬉しそうな顔をするきよら。
 ハル先輩と呼んでくれたから親衛隊員になったわけじゃない。
 春巻きを口に入れようとして、ふと湧く疑問。
 
「揚げ物ってさ、揚げたてが一番なのにどうしてお弁当に入ってることが多いんだろう」
「高温で調理するってことは菌が死ぬからじゃないですか。そうしたら傷まない」
 
 なるほど。
 カリカリの衣が時間が経ったせいでしっとりしていても腹を壊すよりはいい。
 春巻きはしっとりしているけれどカリッとした歯ごたえが美味しい。
 でも、揚げたても食べたいと思ってきよらを見ていると「食べたいですか?」と聞かれて頷いた。
 タイミングがよすぎて勘違いしたが揚げたての話じゃない。
 きよらに心を読まれたなんて想像はしない。
 
「あーん」
 
 きよらは自分の立場が分かってない。
 俺が副隊長だっていうのも分かってない。
 ハル先輩はハル先輩だとでも思ってる。
 きよらが食べようと箸をつけたタコさんウインナーを狙って見つめてたわけじゃない。
 でも、食べさせてくれるというのなら食べておこうと思うぐらいに俺は意地汚い。
 視線が痛いが役得だ。
 
「きよらは新妻の才能があるね」
 
 褒めたつもりだが隊長からセクハラだと怒られた。
 新婚ならこうするべきなんだって教えたら疑いもせずに裸エプロンをしてくれそう。
 そんな風に思わせる隙のありすぎるきよらも悪いと思う。
 隊長のことは尊敬しているが目隠しがすぎることがある。
 きよら自身に判断させることも必要だ。
 隊長が過保護にいろんなものから遠ざけ続けた結果、きよらの知識はある種類のものだけ抜け落ちている。
 良い先輩としてはAVでもゲイビでもなんでも見て少しは色々と知っておいた方がいいとアドバイスをしたいのだが、隊長に本気で怒られてしまうのでまだ言い出せていない。
 後輩に負けるのが悪いんじゃない。
 何も知らないのもきよらの味だと思ってしまった自分がいる。
 
 汚したいわけでも綺麗なままでいて欲しいわけでもない。
 朝霧きよらが何をどう選んでいくのか知りたい気持ちはある。
 
「新妻って言葉はありますが夫はなんて言うんでしょう?」
 
 首を傾げるきよらに「お願いしたら主夫になってくれる?」とたずねてみる。
 隊長が睨んでくるし隊員が困った顔をしているが言われた本人であるきよらが「家政婦がご入り用ですか?」と斜め上の切り替えし。
 
「こう見えて俺は料理だけじゃなくて掃除や洗濯だってちゃんとできます」
 
 ドヤ顔のきよらにそういう話じゃないとツッコミを入れるよりも前に和んでしまう。
 とぼけたこと言っている自覚が本人にはないのだろう。
 秋津が「俺も一通りできる」と言っているが張り合ってるのではなく事実を口にしてるだけだろう。
 家の方針で自分のことは自分でするというのがあったはずだ。
 
『多くの困難にぶつかることが釣鐘の人間にはないけれど人生の分岐点のような事件が必ずあるのよ』
 
 母は穏やかに言った。
 その言葉は少しだけ俺に痛みをもたらしたけれど自業自得かもしれない。
 
『あなたがその試練をどんな形で乗り越えるのかはわからないけれど、秋津の次男がいるから孤独にはならないし、負けることだってないはずよ』
 
 釣鐘と秋津がセットであるのではなく俺と同い年である秋津が勝手にセットにされて俺の人生に組み込まれてしまった。
 
「穏やかな春の陽気は眠くなりますね」
「これから真剣勝負だっていうのに……誘惑してくるね」
 
 膝枕の一つでもしてもらいたいものだ。言えばしてくれそうなのがきよらだが非難の視線が痛くなりそうなので自重する。
 
「ハル先輩、共食いになっちゃいます」
 
 何を言ってるのか分からない。
 何かを食べるなんて言う話をした覚えはない。
 
「春はハル先輩のものですから争わないでください」
 
 きよらの頭の中でどんなバトルがあったのかは知らないが本当に眠くなってきたので秋津を連れて離脱した。
 眠気覚ましに竹刀じゃなくて木刀でも握って打ち合いでもしようか。
 
「俺は木刀でお前は素手な」
「無茶を言うな。釣鐘の実力は俺より上だ」
「剣道でなら、だろ。ルールなかったら俺の首は秋津に刈り取られる」
「ルールがない状態でどう戦うんだ?」
 
 文字通り真剣を持った真剣勝負の殺し合いなら俺は秋津に勝てない。
 戦うことなんかないだろうけど。
 
「恋のさや当て、というやつか?」
「お前の口からそんな言葉が出るなんてな」
「……釣鐘、自分がどんな顔をしているのか分かっていないのか」
 
 何が言いたいんだと聞き返すのは藪蛇。
 いいんだ。俺は事態が確実に動いたその時のフォロー役で率先して走り回るわけじゃない。
 
 いや、きよらが望むのならそれでも構わないのかもしれない。
 動き出したものに止めをさすその役をもらうことができたのなら俺は容赦も躊躇もしないだろう。
 
『もし好きな相手と友人がそれぞれ窮地に瀕していたら、キミはどちらを助けるんだい。
 あぁ、あのシャークなら放置しても生き残りそうだけどね。なるほど、だからこそ釣鐘の人間は化け物をそばに置くのか』
 
 釣鐘の人間から言わせてもらえば物事は始まる前にすでに終わっている。
 後手に回ることはありえない。
 常に先手必勝。
 駒をすべて揃えた上で勝負に挑むずる賢さこそ釣鐘の血が長きにわたり絶えない理由。
 負ける勝負に縁がないからこその釣鐘。
 
「秋津、転入生の裏が取れた。……あいつだ。中学で裏でこそこそしてた胸くそ悪い奴」
 
 名前だけでは逃げられる可能性がある。
 動かない証拠をそろえて情報は初めて意味を持つ。
 
「目的はヒーローの成り変わりかな。浅川花火の立ち位置を乗っ取ろうとしている」
「きよにとっての生徒会長か? 学園にとってか?」
「両方とも同じ意味になるな、それ」
 
 秋津は静かに頷いた。
 学園に帰ってから忙しくなる。
 たぶん、問題が起きているだろうからそれを片付けるところから始めないとならない。

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