副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

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「やっと、着いた〜」
 
 きよが肩で息をしながら笑う。
 ちょっと情けないような顔だったが綺麗というよりかわいいのでいいものだと思う。
 
「近いんだと思ったらぐるっと回らないと来れなかったです」
 
 手を振った時にすぐに会えると思ったんだろう。
 拗ねたような顔を見せる。
 釣鐘が悠長に話しているからおかしいと思ったが、俺は周りに目が向かない人間らしい。
 以前、浅川花火がきよをドジで間抜けで視野が狭いと罵っていたが俺も似たり寄ったりだ。
 人に対して偉ぶった言い方をするのは自分に返ってくるから出来ないと俺はしみじみ思った。
 
「あっちゃん先輩? どうかしました?」
 
 首を傾げるきよは小動物じみている。
 いつもきよを見て思うのが野兎が巣穴から顔だけ出して外をうかがってふるふると震えている姿。
 近寄ったり触ったら逃げたり傷つけてしまいそうで一線を越えられない。
 
「なに、秋津。もしかして、撫でたい?」
 
 釣鐘が楽しそうにきよの頭を撫でる。
 照れたような嬉しそうな反応をするきよに別に撫でたいと思っていたわけではないのに撫でたくなってくる。
 
「いいですよ〜」
 
 調子に乗っているときの楽しげな軽い言い方。
 こんな風に自分に声をかけてくれるようになるまで長かった。
 でも、どれだけ時間がかかっても砕けた反応は得られないのが俺だった。
 今の風紀委員たちは過去に規律違反をして俺が直々に風紀として注意をした人間たちが多いが長い付き合いだと言える。
 俺の考えを読んではくれるが打ち解けているとは言い難い。
 副委員長には「ウチが軍隊みたいになってしまうから朝霧くんに常駐してくれるように本気で頼むべきです」と言われたこともある。
 長年の訓練のたまもので俺はきよといる時はとっつきやすくなっているらしい。
 釣鐘レベルには無理だとしても普通の人と同じぐらいに気安さを持ってもらうのが目標だ。
 卒業までに達成できたのなら悔いはない。
 以前なら無謀だとやろうともしなかったことを挑戦させた理由はきよだ。
 きよが俺が言ってくれなかったら始まらなかった努力。
 何気ない言葉でも俺にとっては革命だ。
 きよは得難い人間だと感じる。
 俺が頭を撫でることを許してくれる人間はきよ以外にいない。
 他の誰も気持ちよさそうな嬉しそうな顔なんてしてくれないだろう。
 怖がって嫌がって逃げるはずだ。
 きよも怖がって嫌がって逃げていたけれど向き合ってくれた。
 それはとてもすごいことで奇跡なのだと思う。
 
「お昼はサンドイッチです。この前あっちゃん先輩がおいしいって言ってくれたサーモンのマリネとチーズのやつがあります!」
 
 俺に食材として好き嫌いはない。
 ただ山の中で天然ものしか食べていなかったので添加物のある食べ物が苦手だ。
 学園にある売店のお握りやパンは店舗での手作りではあるが有機野菜や新鮮な肉や魚を使ったきよの料理のほうが食べていて安心する。
 山菜おこわは祖母の味とは違ったが栽培されたものではなく天然ものの山菜のえぐみがあり懐かしかった。
 
 おだやかな昼食会。
 保温ポットから暖かなコンソメスープや紅茶やコーヒー。
 人数はきよと葛谷博人以外は入れ替わりで毎回違うが合計で十人前後。
 きよの親衛隊はきよと俺達が話をするの一歩引いていながら邪魔しない程度に反応を返す。
 
 午後にも一戦あるので本来なら食事などほとんど摂らないが心地いい空間に食は進む。
 今回の大会は各学校合同の交流会のようなものでやる気を出すためにトーナメントではあるが、優勝したから何かがあるというわけでもない。
 それでも、負ける気がしない。
 
 こんな日々が一瞬でも長く続けばいい。
 陰のないきよの笑顔を見ながらそう思う。

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