副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

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「待つとは、誰に対してだ」
 
「きよらを成長させようとする奴ときよらを成長させないようにしてる奴」
 
 その二人に対して待つことが出来ない人間であると釣鐘は言う。
 具体的な名前をあげて来ないのは俺も知っているということだろう。
 きよの隣にいる葛谷博人を見る。釣鐘が薄く笑ったので多分正解だ。
 葛谷博人は朝霧きよらに依存し、そして依存されることを望んでいる。
 きよの気持ちを掌握したいとか独占したいとかではない。
 きっと刻み込みたいのだ。
 忘れられるのが寂しい子供が約束を取り付けるような健気さで彼はきよの隣にいる。
  
「本人が動きたいタイミングで動かせてやればいいのにどうして外野が画策するかな」
 
 理解できないと言いたげな声で顔は近づいてくるきよに笑顔を向けている。
 器用だと感心していると「秋津はどう思う?」と聞かれた。
 
「みんな……きよに不満があるんだな」
 
 なんだか悔しい気持ちになった。
 こういった感情の揺れは珍しい。
 無痛症なんかじゃないと思っていたが心が激しく傷つくなんていう経験は少ない。
 俺の涙腺は枯渇している。
 
「変わろうと変わるまいときよはきよだろう」
 
 朝霧きよらの何が不満なんだろう。
 たとえば視野が狭かろうが子供っぽかろうが繊細で気弱で怯えやすく時に大胆だったとしても朝霧きよらは朝霧きよらだ。
 いろいろな経験をして人として成長して一皮むければ誰よりも大物になる器かもしれない。
 だが、それがどの程度の意味がある。
 立派な人間が必要なら他を探せばいいし、何か欠けた人間が必要なら他にいくらでもいる。
 何かが足りなくてもそれを克服しても朝霧きよらは朝霧きよらだ。
 現在過去未来どのきよもきよだ。
  
「あるがままを受け入れる……それって悟りの境地? 誰でもできることじゃないよ」
 
「そうか。俺は何が必要とか何が不必要だとかそういうことよりも、きよが心穏やかでいるのが一番だと思っている」

「森を見て木を見ずも困るけど木を見て森を評価するのはやめてほしいもんだ」

 釣鐘は俺の言葉の足りなさを補ってくれる。
 人に考えを理解されるというのはコミュニケーションの上で助けになる以上に気分がいいものだ。

「木の寿命だって長いから自分が見た時だけで判断されても困る」

「秋津が辛口なんて初めて見たかも」
 
 辛口だったつもりはないが釣鐘は笑みを深くする。満足している顔だ。
 きよに促された変化を悪しざまには言いたくないが釣鐘とは同意見だ。
 生徒会長浅川花火は下手を打ったように見えるし、親衛隊長の葛谷博人は過剰なまでに過保護だ。
 葛谷博人は忘れているのか気づかないのか知らないが朝霧きよらは他人に対して敵対心を抱くのが苦手だ。
 人と争いあうことができない。
 喧嘩の仲裁や物事を上手にまとめているのはきよというよりは周りの人間だ。
 いがみ合う空間にきよがかち合うと戸惑い困り周りはきよを思って問題の解決を図る。
 具体的にきよが行動を起こすのではなく空気清浄機のような役割で場を整えるのだ。
 これは釣鐘がとても上手い。
 謝ったり仲直りのきっかけを与えるのが自分の役目とばかりに釣鐘がいると物事は円滑に進む。
 大なり小なりの衝突があっても釣鐘がいれば大事件は起こらない。
 
「釣鐘、お前がいれば平気だとは思うが」
 
「当然、目を離したりしない。……だけど、災厄は遅れてやってくるものだ」
 
 釣鐘でもカバーしきれない事態があるのだとしたらそれは風紀の領分だ。
 一番気を付けるべきは卒業する年である三年と入りたてである一年。
 前者は立つ鳥跡を濁そうとする性格の悪い人間に心当たりがあるし、今年の一年は外部生が多い。
 中等部から上がってきたのなら当然知っているルールを知らない不慣れな一年が破天荒を絵に描いた転入生を合わせてどんな化学反応を見せるのかは予測不可能。
 
 仮初だと思う人間がいたとしても俺は穏やかな日々が続けばいいと思う。
 少なくとも生徒会長浅川花火や副会長親衛隊長葛谷博人の思惑などきよには関係ない。

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