032 副会長と双子と毒キノコ君
定期的に行われる音楽鑑賞会のために俺は土曜日の朝をどう過ごすべきか考えていた。
簡単に朝食を済ませて教室ではなく生徒会室に向かわなければいけないけれどそうするとほぼ確実に浅川花火と顔を合わせる。
加えて聞いた転入生の立ち位置。浅川花火が転入生を生徒会室に連れて来て補佐にすると言い出したらどうしよう。
会計の榎原に連絡をとって安全を確かめたいけれど思っている内に時間は過ぎていく。
踏ん切りがつかず、俺の弱さばかりが浮き彫りになる。
せめて博人がどう考えているのか聞いていたのなら安心も得られたかもしれない。
俺が望まないことはしないと博人は口にするけれど、絶対なんてどこにもない。
全力で目をそらして逃げているものが追いかけてくる感覚は消えていないから本当の安心を得ることは難しい。
「きよら様!」
「副会長様っ」
揃って聞こえてきた声に振り向けば親衛隊の双子がいた。
なんと青紫で赤のメッシュの頭である毒キノコ君もいる。
この三人が一緒にいると中学の頃を思い出す。
毒キノコ君や双子とは学園での知り合いじゃない。非行少年というか自分探しも出来ないレベルに自分を見失っていた毒キノコ君に一方的に話しかけて会話するリハビリに付き合わせた。思い返しても俺は自分の都合しか考えない人間だと頭が痛くなる。でも、結果的に非行状態から脱して毒キノコ君はきちんと名前を手に入れた。
自分の名前がはっきりするのは自分の居場所が出来上がることだ。
俺の名前が姉と結びつくためのものだと言われ続けたせいで疎ましく思えても俺が朝霧の家で生まれたきよらであることは間違いない。
毒キノコ君はその保証がなかった。だから、浮世離れしたような状態でベンチに座っていた。
普通の人間が持つ熱があの頃の俺は怖かった。
優しい言葉も気遣いも毒のように思えてならない。いまは平気でも遅行性の毒となって俺を殺す。
『キミはちゃんと見捨てられてオレに拾われるんだ』
こびりつく声。肌を舐められる感覚の気持ち悪さ。それらを感じさせない毒キノコ君は安心できる人だった。何を考えているのか分からないと親衛隊の中でも浮いていると聞くけれど彼はとても分かりやすい。ただ優しく親切で裏表がない。不器用さは生まれついてのものじゃない。無知なだけだから覚えていけば器用に立ち回れる人。
風紀委員の一年生を思い出す。似ているわけではないけれど連想するのは年齢が同じだからだろうか。
「ご無沙汰しています?」
毒キノコ君は軽く頭を下げてきた。昨日のクッキングタイムに顔を出さなかったことを気にしているのかもしれない。双子が謝ってきた。毒キノコ君も身体を小さくしている。
「元気にしてる?」
「まあまあです」
毒キノコ君の返事に不満があるのか双子は「もっと言い回し工夫して!」「もっと言い方考えてっ」と同時に言い放つ。後輩の教育はこういうところからするのかもしれない。
「そういえば三人だけ?」
親衛隊として集まっているのなら博人やハル先輩がいてもいい気がした。
ハル先輩に関しては元婚約者さんと会っているのかもしれない。
野次馬はよくないと思いつつハル先輩の年上の婚約者さんは気になるところだ。
この学園の音楽鑑賞会に来るのだから姉妹校の卒業生だろうと俺は当たりをつけている。
知ったところで意味はないんだけれど気になってしまうと止まらない。
本当の問題を先送りにするためにハル先輩を利用しているのかもしれない。
「きよら様!」
「副会長様っ」
「おれたちだけじゃ、不満ですか?」
「ちょっと台詞取らないで!」
「もっと黙って静かにしてっ」
毒キノコ君の一言に双子がブーブー文句を言う。なんだか和む。
どちらかといえば天然ボケな毒キノコ君にツッコミながら楽しそうな顔をする双子。
なんだかんだで後輩を気に入っているのが分かる。
そもそも毒キノコ君の髪の毛を日々、毒々しくしているのは双子だと聞いたことがある。
非行少年生産系双子。
三人に和んでいると双子に左右から手を引かれてなぜか風紀室に連れてこられた。
今日は何も手土産がない。
どういうことかと思っていたら「よろしくお願いします」と三人ともがあっちゃん先輩に頭を下げている。
よく分からないながらに俺も真似した。
混乱しているのが伝わったのかあっちゃん先輩が音楽鑑賞会について話を振ってくれた。
どうやら提出しているはずの生徒会の書類がないらしい。
データは学園内の共有サーバーにあるのでパソコンさえあれば簡単にプリントアウトできる。
ただ生徒会役員の確認署名が必要なので副会長であるの出番。
どうして親衛隊の三人が俺を連れてきたのか疑問はあるもののあっちゃん先輩に頼まれて否やはない。
生徒会と風紀どちらのミスかはともかく大きな問題じゃないから構いはしない。
生徒会室に行ってみたくない現実と向き合わないで済むという後ろ向き過ぎる安堵に包まれていたのは俺だけの秘密だけれど周りにはバレていたのかもしれない。
音楽鑑賞会は何事もなく終わり俺の中の不安の色は薄くなる。
俺は生徒会役員として司会進行を榎原と行ったけれど浅川花火と事務的なこと以外の会話をすることがなかった。
何か言いたげに向けられる視線は気のせいに違いない。
そこまで俺は浅川花火に気にされる存在じゃないとまだ痛みを感じることを思い浮かべながらぎこちなく笑う。
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