副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  034 匿名希望な風紀委員いわく4


匿名希望な風紀の一年生。


 俺が『副会長である』朝霧きよらとちゃんと言葉を交わしたのは今週の月曜日の夕方のことだ。

 俺はそれまで副会長との関わりはない。同じ学園の中にいても
 全校集会などで司会を務めているのを一般生徒たちと一緒に見上げていた。
 風紀委員とはいえ下っ端構成員である俺は余程のことがなければ表舞台に立つことはない。
 人が足りていなければ集会の最中の見回りを請け負ったりもするけれど、集会をサボるような人種はわざわざ揉め事を起こさない。
 面倒だからサボっているのに風紀の厄介になるわけがない。
 
 副会長は火曜日、水曜日、木曜日と休んで金曜日の今日に登校した。
 
 三日間休んだ彼のことを心配する人は多い。
 そうでなければ何も始まることがなく終わることだってないんだろう。
 彼を心配して現状に不満や不安を抱えるからこそ学園内の風紀が乱れる。
 風紀委員として動かなければならなくなる。
 
 筋違いだとはいえこの件に関して風紀に問い合わせが来たり、相談窓口へ心配で眠れないなんていうメールも届いた。
 
 それは彼が愛されていることの証明であると同時に学園内におけるポジションが異様なものであるからこそだ。
 副会長に何かがあれば学園が揺れる。
 
 それを思うからこその風紀に大丈夫なのかと聞いてくる。
 
 副会長はこの学園の変革者である釣鐘晴太先輩を自分の親衛隊の副隊長にしている。
 
 それだけで異常。
 この異常性が一番今回の問題で重要かもしれない。
 釣鐘晴太先輩というのはこの学園の変革者だ。
 
 この学園は「後継者訓練校」なんていう一般人からすればギャグみたいな場所。
 進学校や名門なんていう言葉で濁されているけれど入ったら出られない監獄のような場所。
 一般的な学校の在り方とは成り立ちからして違う。
 基本的に長男や後継ぎとされる人間が通っている次代を担う人間たちの坩堝。
 
 釣鐘という一族が作った檻の中に生け贄として自分の子供を捧げる親。
 卒業生の目覚ましい活躍の訳を探りたい別の学校関係者やその息のかかった人間。
 親兄弟が卒業生だから通っているという昔ながらに続く家柄の生徒。
 血筋や職場など関係ない一般人は他ではなかなか見ない高額の学費免除につられて入学する。
 
 家柄はよくても落ちこぼれのろくでなしはどうしても出てくる。
 そんな落第生でもこの学園に入るとあら不思議いつの間にか素晴らしい人格者に早変わりではないにしても強制的に「そうなる」ことはあるらしい。
 語弊はあるが言ってしまえば問題のある人間の人格を学園内で去勢してしまうのがまかり通っていた。
 出る杭を打つのが好きな人間が各学年に牙や爪を隠して存在している。
 
 人格の去勢、その方法は年代によりけりで様々だ。
 どんなことをしても学園内の問題は外に露見しない。
 人が死んだとしても公にならない。
 それだけで異常だ。
 大切なはずの後継ぎが地獄にいても両親たちは手を打たない。あるいは手を打てない。
 学園に入学した以上、学園のやり方に口を出せないのだ。
 釣鐘という名前の重さに動けなくなる。
 
 誰でも釣鐘の家と敵対したくない。
 
 閉ざされた学園でイジメや暴行、教師からすら差別的な扱いを受けることもある。
 そんな腐敗した学園の状況を変えたのが釣鐘晴太先輩。
 教師陣を入れ替えたり一人を吊し上げてオモチャにする土台になっていた行事を見直した。
 
 この学園は釣鐘という一族のものだが学校経営は副業であり、あくまでも本業の仕事が理事長にはある。
 つまり学園という名の地獄を作り出していたのは釣鐘の人間ではない。

 先の理事長、釣鐘晴太先輩の父親か叔父あたりの人間は学園を代理人に任せて管理を怠ったのだ。
 
 その結果が生徒会の独裁政治が始まってしまったらしい。風紀委員として知っておくべき学園の歴史だと秋津先輩に重々しく講義されたので下っ端構成員である俺でも知っている。
 
 生徒会役員は人気投票で選ばれ生徒から崇められる。そのストレスからなのか生徒会の人間が率先して気に入らない生徒を追いつめるといったことをしていたらしい。ねじまがった性格は閉鎖的な世界でもっと曲がっていく。卒業後に外から見て普通に見えるなら曲がり過ぎて一周してしまったのかもしれない。
 
 子供に権力を持たせるとロクなことにならないと口にする大人はそんなに間違ったことを言っていない。
 ただ、ロクでもない大人が権力を持っていることも多い。教師が出来た人格を持っているとは限らないのだ。
 
 釣鐘晴太先輩の行動は今もなお続いている。
 学園内の空気が澱まないように気を付けている。
 それは自分の居心地の良さを考えての行動なのか、自分が親衛隊副隊長をしている副会長を思ってのものなのか誰にもわからない。
 
 釣鐘の意向を誰も無視できないが釣鐘晴太先輩は独裁政治とは無縁だ。
 だからこそ生徒に絶大な信頼を得ているし、その釣鐘晴太先輩が親衛隊副隊長をしている副会長に対してもみんなが注意を払っている。
 
 釣鐘晴太先輩がどんな動きをするのかの引き金は副会長が持っていると誰もが思っている。

 知らないのは副会長本人だけだ。
 彼はきっと自分の価値や自分の正しい位置を知らない。
 人からどう見られて、どう思われているのか、彼は知らない。
 
 彼自身の真実を知る人間もまたこの学園にはいないのかもしれない。
 
 血の気の失せた表情が死んだ人形のような顔。
 あれはきっと俺しか知らない顔だ。
 誰にも見せることができない彼の素のままの取り繕えない弱さ。


 俺は学校というものが好きではない。
 この学園じゃなくても学校という物にプラスの印象がない。
 
 人に何かを教わることが苦痛だ。
 自主学習が好きで自分で教科書を読んで、自分でテキストの問題を埋めていく。
 一人でする勉強は楽しい。
 だから、この学園を選んで入学した。

 特殊といえば特殊な空間、だが、成績さえ優秀なら教師から接触を持たれることはない。
 釣鐘晴太先輩がいる今だからか教師は全体的に生徒に対して距離を置いて接している。
 
 それが俺たちの学園だと風紀委員の末端構成員である俺は知っている。
 幼稚園から大学までの一貫教育。
 同じような学園は数多い中でもそこそこの名門として名高いのがこの学園。
 坊ちゃん校と進学校の狭間のようなこの学園には変わった人間が集まったり普通なら起こりえないトラブルが発生する。
 それを生徒の自治で済ませているのは警備にお金がかけられない大人の事情、ではなく、思春期の子供の敏感さのせいだ。
 簡単に言ってしまうと大人嫌いの子供が学園には多かった。
 後継者として大人の社会に揉まれているせいか逆に子供の多い場所である学園内で大人を排斥するような精神構造に陥る。
 以前の学園ではそのひねくれていたり尖った部分を叩き潰すことを生き甲斐にしている教師が多数いた。
 今は釣鐘晴太先輩のおかげでそういった問題は持ち上がらない。
 
 この学園は初等部や中等部は希望者のみ寮に入り、高等部は完全なる寮生活を義務付けられ、中学は共学という名の女子は別校舎、高校では完全に男子校とういう閉鎖空間。
 
 俺は高校からの外部生で学園のやり方を理解していても正直ついていけないことも多い。
 
 子供たちは子供たちだけでルールを作り、子供たちの間でだけ通用する階級をつける。
 それは自分たちを学園の中に閉じ込めた大人への復讐であり寂しさの慰めあい。苛立ちの緩和対策。
 いきすぎて生徒同士のイジメ問題があったりしたわけだけれど釣鐘晴太先輩がいても役員の肩書きで優劣がつけられるのは今も昔も変わらない。
 
 風紀委員という俺の肩書きは「一般生徒」からすれば少し怖い教師に対する畏怖と同じだ。
 他に美化委員や図書委員の委員長、副委員長も同じように「一般生徒」からすれば距離を置かれる。
 役職持ちというのは「一般生徒」からは「特別扱い」になる。同じ生徒でありながら「一般生徒」から自分たちとは違うと思われ責任を押し付けられる。
 
 風紀委員の場合は末端構成員であろうとも風紀の腕章が権限になりトラブルが発生した際にはその収拾のために駆けつけなければならない。ただの一生徒だとしてもだ。
 
 お腹が空いていても、眠くても、ちょっとテストの点がヤバいとか思っても風紀委員としてやらなければならない。
 
 月曜日の夕方、世を儚んで今にも死にそうな顔をしている生徒会副会長、朝霧きよらを放置することは風紀委員として出来なかった。

 そう、俺が風紀委員じゃなかったらきっと面倒だと思って彼に関わることはなかった。
 ないはずだ。
 どれだけ綺麗であろうとも男に欲情などしないし守りたいという感情など起こらない。
 
 俺は彼に手を差し伸べられるような人間じゃない。 

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