副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  029 副会長親衛隊の内情3


 玖珠地(くすち)の家にはおばあ様と呼ばれる人がいる。
 
 大奥様、当主の母親。
 彼女の趣味はサンゴ集めだった。
 
 美しい真紅のサンゴを彼女は集めて大切にしていた。
 加工していないものを玄関や食堂、廊下などに飾る。
 日本産のものを好み値段に糸目をつけないサンゴ好きで一部では有名らしい。
 ご機嫌取りにサンゴのブローチなんてものも届く。
 お金がある場所にはあるものだと知った。
 
 その中で彼女が気まぐれなのか、おれにサンゴのピアスをくれた。朱色のサンゴ。
 
 おれを認めてくれた証なのか価値が低いものなのかは知らないけれどそれはおれの宝物になった。
 家に飾られている真紅のサンゴに比べれば少しくすんだそのサンゴだがおれの所有物だ。
 だから大切にしていた。
 
 きよら様はおれの耳にあるサンゴにすぐに気が付いた。
 玖珠地の大奥様の噂を知っていたからか表情を明るくした後にくもらせた。
 何かを言わんとして戸惑った姿を見せるきよら様。
 もしこれが玖珠地からの侮蔑の証や出て行けという意思表示だとしてもかまわないと伝えると否定された。
 おれにとってこの美しいサンゴを人から貰って自分のモノに出来たことが重要で大奥様が負の感情は気にならない。どんな意味がサンゴにあってもおれの大切にする気持ちは変わらない。
 そう割り切って考えているからどんな現実も受け入れられる。
 けれど、きよら様が遠慮がちに言ったことは全く予想していないことだった。
 
『そのサンゴ、くすんでいる』
『……そうですね。家にあったものはもっと赤が強いです』
 
 真紅の色彩が美しいサンゴ。
 でも、朱色でもおれは気に入っている。
 おれだけの宝物だから。
 
『あのさ、生意気だけど……それはかわいそうだ』

 戸惑いながらも力強い瞳できよら様は断言した。
 彼からそんな否定を受けるとは思わなくておれは目の前が暗くなる。

『サンゴは熱や酸に弱いんだよ。ピアスとか直接、肌、……耳に触れるような装飾品はこまめに手入れをしないといけない』
 
 きよら様は汗でサンゴがくすんでしまうのだと口にした。
 おれは何も知らなかった。色の違う理由など考えもしなかった。
 これはこういうものだと思っていた。
 手入れの必要性など思い描くこともなく今の状態が正しいのだと思考停止。
 言葉を選びながらも非難めいたものになってしまうことをきよら様は恥じた。
 他人がとやかく言うことではないと前置きをした上で自分の考えを教えてくれた。
 それはとても勇気がいることなんじゃないのかときよら様の白くなっている握りしめられた拳に思う。
 
『もらったときから……この色でした』
 
 ぽつりとおれは事実を口にする。
 心の中に湧き上がる色々な感情。
 おれはぼんやりとしてやり過ごしていた。
 
 やっぱり嫌われているんだろうという気持ち。
 厄介事が人の形をしているのが自分だという知識。
 それでももらったサンゴのピアスの罪はないから宝物。
 
 飲み下した感情は美しい笑顔で清められた。
 しんしんと湧き上がる泉のように美しい水。
 キラキラと輝く光の乱反射。
 それがきよら様の笑顔の印象だった。
 
『そうか、よかったね。おばあさまは一緒にサンゴの手入れをしたかったんだね』
 
 おれの手を握り安心した顔で微笑むきよら様。
 潤んだ瞳から流れる清らかなしずくがおれの心のよどみを洗い流す。
 
『嫌っている人間にはゴミだって渡さない。自分のモノを分け与えるのは許されているからだ』
 
 玖珠地の家に居場所を与えられている。玖珠地の家にいることを許されている。
 本当にピアスにそういったメッセージが込められているのかは分からない。
 でも、たとえ違ったとしてもおれはきよら様を信じる。
 きよら様が感じた美しい世界を信じる。
 現実が残酷だとしても真実が苛酷だとしてもきよら様が思う世界がおれの世界。
 神様を信仰するような心境はとても心を穏やかにしてくれる。
 
 嫌がられるのを覚悟して大奥様に声をかけるてサンゴの手入れについて聞いた。
 案外、すんなりと教えてもらい聞きにくるのが遅いと言われた。
 おれが思うよりも世界は優しいのかもしれないと考えを改めることにした。
 
 同時に無知と不理解と勇気のなさはとても良く似ていて同じ結果になるのだと感じた。
 
 大奥様ではない、血の繋がったおれのおばあ様。
 サンゴのピアスを渡すのは勇気が必要だったかもしれない。
 受け取り手であるおれはおばあ様の意思を何一つ汲み取ることは出来なかった。
 
 きよら様がいなければ永遠に分からないことだ。
 おばあ様自身の言葉の足りなさよりもおれの思い込みのせいだ。
 育った環境が違うからおばあ様の考えをさっぱり理解できなかったことが問題なのではない理解しようともしなかったことが問題なのだ。
 最初からおれの心は閉じていた。
 
『……朝霧の方とおまえが来る前にお話しさせていただいたのよ』
『朝霧きよら様ですか?』
『そう、きよら様。……朝霧の家はいつも清らかという字をお名前に使われる。以前はキヨシやキヨヒコばかりだったのですけれど次代の朝霧の方はひらがなですのね』
『名前を引き継いでいるのですか』
『そうですよ。因果です。業です。名前と共に家とそれにまつわる全てを背負っていくのです』
 
 おれも玖珠地の家の業を背負うのだろうか。
 
『おまえをよろしくと言われましたよ』
 
 結局はすべてきよら様のおかげなのかと思っても落胆はない。むしろ誇らしさがあった。
 おばあ様という個人を見ていなかったおれの目にきよら様を通して繋がりが出来たのを感じる。
 玖珠地の家をどうでもいいことだと思っていた。居場所も何もかも利用される分、利用する気持ちでいた。
 
『得難い先輩を持ちましたね。この出会い、大切になさい』
 
 それは玖珠地の大奥様として朝霧の人間との繋がりの話じゃない。
 おれのおばあ様としての言葉に聞こえた。
 
 きよら様の優しい声が頭の中で蘇る。
 
『よかったね』
 
 目から鱗が落ちると涙も一緒にこぼれるのかもしれない。
 心の痛みも和らいでいく。
 痛いなんて思ったこともなかったのに知らない内におれにも傷があったらしい。
 飢えて死ぬ日が遠のいて、安心して眠れる日がやってくる。
 
 この安心感も何もかもきよら様のおかげだというのが単純に嬉しい。
 自分を気にかけてくれる人がこの世界にいることが嬉しい。
 
   
 高校一年、春。
 
 
「玖珠地(くすち)因果(いんが)、転入生を同室者として親しくなり監視しなさい。彼に出来る限り揉め事を起こさせず、また、きよらさんに近づくことのないように誘導するのです」
 
 
 ここまでハッキリとやらなければならないことを山王寺センパイが口にするのは珍しい。
 副会長親衛隊の通例なのか隊長からして物事に対して明言を避ける傾向にある。
 お金持ちは責任を取らないために回りくどい言い方をする。
 指示を出したのは自分ではなく気を利かせた相手がやったと実行犯をトカゲのしっぽ切り。
 でも、副会長親衛隊でそれに不満を持つ人間はいない。
 隊長である葛谷博人さんが居なくなって困るのは副会長である朝霧きよら様だ。
 何か手を汚す必要があるのなら隊長や幹部ではなく末端がするべきなのは当然だろう。組織とはそういうものだ。それがイヤなら親衛隊になど加入しなければいい。部活や委員会と違って強制などされていない。
 
「了解しました。転入生は物理的にどうにかします」
「それは最終手段にしなさい。……まあ、女狐の片棒を担いでいるならアレもロクな人間じゃないでしょうね。損得勘定と自分の愉悦でしか動かない女が聖女だなんて笑わせる」
 
 聞いた話だと山王寺センパイの家は釣鐘センパイの家と大昔、繋がりがあったらしい。
 釣鐘という家は顔が広いことで有名で古い家柄としては珍しいことに外部からの血を入れるのに積極的。海外というものがあまり一般的ではなかった頃から国際結婚をしていたという。
 
 釣鐘晴太センパイが少し日本人離れした王子様顔な理由はそこにあるのかもしれない。隊長はどちらかというと王子様だけど優男風な王子様。体格も細身だ。釣鐘センパイは王子様として戦場で指揮をとっていそうな王様手前の王子様。王子様は王子様でも種類が違う。ちなみにあまり言われないけれど秋津センパイも黒い甲冑の似合う王子様だと思う。魔女に呪いをかけられていそうだ。
 
 
 山王寺センパイは老舗の旅館を各地で複数経営する一族だという。
 他にも色々とやってはいても高級旅館といえば山王寺。
 代名詞になるほど一時期は有名だったらしい。
 けれど時代の流れか、自然災害の影響か、経営が苦しくなった。
 もちろん多方面に援助を依頼して支えては貰っているがそればかりでは立ちいかない。
 
 釣鐘との繋がりは山王寺にしてみれば微々たるもので助力をあおげるような存在じゃない。過去の繋がりをこじつけて救ってもらおうとするなんておこがましい。そう思いながらも釣鐘の人脈があればもう一度やっていける可能性もあり山王寺センパイは釣鐘センパイとコンタクトをとるつもりでこの学園に来たらしい。
 
 結局、同い年で同じ学校とはいっても山王寺センパイは釣鐘センパイと個人的に親しくなることもできず自分の家の話をすることはなかったという。時の流れとして受け入れることにしたのはプライドから。
 
 今のままの規模で旅館の経営が出来なくても一族や従業員が死ぬことはない。生きていれば何とかなると山王寺一族は割り切ったらしい。おれにはわからないけれど旧家とはそういうものらしい。頭を下げてすがりつくような見苦しいことをするよりはゆるやかな滅びも受け入れる。
 
 だが、いざいくつかの旅館を取り潰しになるというところで救いの手が差し伸べられた。
 相手は朝霧カナ、きよら様の姉。
 けれどそれは要約するのなら乗っ取り計画のようなもので外から見れば山王寺が残っても中身は全くの別物になってしまう。ブランドだけを持って行き山王寺の人間はみんなリストラ。親族経営だったのでセンパイたち本家の人間が親戚一同を切り捨てた形になった。
 一族中から山王寺の裏切者と罵られることになったセンパイたち。
 金に目がくらんで一族が守ってきた大切なものを売り払った俗物の烙印が押された。
 
 長年、山王寺が守っていたものを朝霧カナという個人に食いつぶされるのはセンパイには耐えられず当初、弟であるきよら様に怒りの矛先は向ったらしい。
 同じ学園にいたこともあり姉の朝霧カナよりも手が出しやすいと感じたのだろう。
 センパイは親衛隊を内部から壊すつもりだったらしいがそれは隊長に妨害され、きよら様に直接心の内を吐き出すことになったという。
 
 このあたりは山王寺センパイから聞いたことなので詳細は分からない。
 とにかく言えることはきよら様の優しさも美しさも無知の上に成り立っていたわけではないということだ。
 
 山王寺センパイの激情をきよら様がどう受け止めて何と返したのかは知らないけれど今、おれの目の前にいるセンパイは間違いなく生徒会副会長親衛隊の人間だ。自分を棚に上げていると時折苦笑しながらきよら様の邪魔になる人間を決して許さない。みんな隊長と同じ考えだ。きよら様に敵対する人間は敵であるし、きよら様を煩わせる人間は存在してはならない。

 
 きよら様はサンゴのような方なのだ。
 熱や酸や衝撃に弱い。
 
 人間の歯と同じ硬度らしいからそれなりの硬さだけれどサンゴは宝石同士のぶつかり合いで負けてしまう。
 指輪をしたら何かに当たらないように気を付けるとおばあ様は言っていた。
 
 きよら様は美しいけれど、どこか脆く儚く幼いところがある。
 表面張力を維持している今にもこぼれそうなコップの水。
 水がこぼれたらきっと取り返しがつかない。
 
 隊長はだからこそ親衛隊がいるのだという。
 きよら様が傷つかないため、きよら様が傷ついても助けるため行動するのが親衛隊だ。 

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