026 生徒会長浅川花火の悩み4
呆気にとられていると榎原はもう一度繰り返した。
今度はどこか切実な響き。
「心配じゃないの?」
心配に決まっていると俺は言い返せなかった。
早く俺の気持ちに気づいてほしい、早くきよらに自覚してほしい。
そう思うばかりだった俺に冷や水を浴びせかけるような言葉。
突き放すことで関係が見直される、そのはずだ。
求められて手を取る準備だってある。
家のこと、跡取りとして考えないとならないことも、朝霧の家を納得させる材料も揃えていた。
すぐにきよらが積極的に俺を求めてはくれないことは分かってるから焦らしプレイを覚悟の上で俺は選んだ。
『お前なんか名前の通りに散ればいい。一瞬の閃光みたいに消えてしまえ』
花火は夜空に輝いて消える。
そんな、そんなわけない。
博人の言葉が不安を煽るが俺は間違えてなどいない。
『お前は何もわかってない。人間はそんなに強くないんだ。
みんながみんな、お前みたいに耐えられるわけじゃない』
朝にぶつけられた博人の言葉、それは榎原が先ほど言った「きぃーちゃんは俺が失敗してへこんだりしたら慰めて励まして傍にいてくれるだよねぇ」それと同じことなんだろうか。
「かわいそうだって思えってことじゃない。労わってやれとか優しくしてとかそういうことじゃない。ただ、きぃーちゃんを壊さないであげてよ」
榎原は「もっと早く言うべきだったんだけど」と肩を落とす。
俺がきよらを壊すってどういうことだ。
たしかに俺達の関係は一旦、壊れたけれど、それでも――。
『ハナちゃん』
そう、きよらが呼んでくれない。
四六時中聞いていた声、そばにいた存在が居ない。
それは今だけのことだ。
覚悟していた。
博人にだってちゃんと告げた。
俺はちゃんと覚悟してる。
二人の関係が変わることに、少しすれ違うことも分かってたことだ。
「きぃーちゃんが夏休み明けに留学するって知ってる?」
「はあ? 聞いてねえよ」
「だよね。このままなら多分、きぃーちゃんは日本に戻って来ないかもしれない」
榎原は暗い瞳で「言いたかったのはそれだけ」と出ていった。
残された俺と久世橋は無言でしばし、見つめ合う。
俺達の間に艶めいたものは一切ないが誤解されているのは知っている。
きよらや俺はともかく榎原や他の親衛隊持ちが自分の親衛隊をセックスの相手にしているのは周知の事実だ。
俺は一時期きよらへの感情を誤魔化すために中学時代にハメを外しはしたが今は一途もいいところにきよらだけだ。
久世橋は昔から有能で俺がハメを外して迷走していた時も上手くフォローしてくれたが肉体関係はない。これからもそんな関係にはならないだろう。
あの榎原の言い様はなんだ。
久世橋を横目で見ると血の気が引いた顔をしていた。
「勘違いを……させたつもりは」
でも、もしかしてとブツブツ久世橋はつぶやいている。
榎原の言葉に何か図星を指されたような。
どうしたのかと視線で問えば青ざめたまま久世橋は「発破をかけるために言いすぎたかもしれません」と声を震わせる。
「会長のことを好きな人間は沢山いるという趣旨の発言は勝手ながらさせていただきました」
それは事実だし、久世橋がきよらにそれを言ったからといって意地悪と取る榎原の方がおかしいんじゃないだろうか。
どうにも、どうしても、きよらの周りの人間たちがきよらを必要以上に過保護でいるのが気にいらない。
友達だという榎原。
ならどうして、庇うばかりで成長させない。
自分の意見を自分で言わずに代弁させて、それで今後どうする。
いつでも他人を頼るような人間はまともじゃない。
それに俺は頼るなら俺にして欲しい。
博人でも榎原でも釣鐘先輩や秋津先輩ではなく俺を頼って欲しい。
『ケンカなんか出来てないんだよ』
俺ときよらがケンカができないのか、朝霧きよらがケンカができないということなのか。
もし後者だというのなら、きよらが留学するというのは俺から逃げることを選んだ結果。
ケンカ以前に離れて忘れるつもりでいる。
「たのもぉぉぉ!!!!」
学園内で聞こえるはずのないタイプの大声に思考が中断する。
良家の子息が多い学園で大声を張り上げるというのは運動部ですらあまりない。
音を立て扉を開けるような人間もまた居ない。
「花火じゃん。これから一緒に食堂行かねえ?」
髪の毛で顔の大体が隠れているものの笑顔なのが分かる。
利用していくつもりでいたが気安く話しかけないで欲しいと伝えるべきなのだろうか。
今更、迷ってしまうのは榎原のあまり見たことのない暗い顔のせいだ。
「早くいこうぜっ。あ! きよらも食堂いるかな?」
「あの人を呼び捨てすんじゃねえ、クソがっ」
転入生の後ろにいた背の高い不良にしか見えない生徒。年上に見えるが同い年だ。
珍しいことに外部生にも関わらず副会長の親衛隊入りをした玖珠地だ。
本人が親衛隊を持つレベルの容姿。
だが、髪の色がいただけない。
脱色しすぎたのか腰のないふにゃふにゃな髪質で青紫で赤のメッシュも入れているのできよらが毒キノコ君と呼んでいた。
「はいはい、くすちー。お腹空いたからって暴れんなよ」
「死ねよ、双子様にハサミで裂かれろ」
恐ろしい言葉が聞こえてきたが転入生が聞き流しているところを見ると挨拶のような軽口なのだろう。
「ほらほら!! 花火、早くしようぜッ」
腕を引っ張られる俺を久世橋が止めようかどうしようか伺うが溜め息をついて逆らわずに着いていくことにする。
毒キノコがすごい顔で俺を睨む。
なんなんだ。そもそも副会長親衛隊のコイツがどうして転入生と一緒にいるんだ。
やっぱりきよらも転入生を気にしているんだろうか。
いいや、親衛隊の駒のように使えるほどにきよらが器用なら俺が動く必要もない。
きよらは察しが悪いときは鈍すぎるぐらいに無神経だ。
それなら博人の差し金だろうが人選がおかしい。
普通もっと柔軟に対応できる人種をそばに置くはずだ。
毒キノコでは無理だろう。
こんな髪の色をした人間にまともな判断が出来るはずがない。
顔の基本造形がよくても目つきが悪すぎる。
きよらは「毒キノコ君は胞子が出るんだって」とか笑っていたが、どういうことだ。
変なクスリでもばら撒いてやがるのか。
胞子ってフケか?
それはいろいろマズいだろ。
「何だよ、花火。くすちーに惚れたのか? この髪の色面白いもんな!!」
分かる分かると転入生がうなずくが違う。
疲れて脱力しつつそのまま転入生に引っ張られて食堂へ行った。
生徒会長が転入生と手を繋いで食堂へ行ったと周りの生徒が認識してたなんて知らない。
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