025 生徒会長浅川花火の悩み3
朝霧の家の家族仲がいいというのは有名な話だ。
パーティーなどで人が集まっていると思ったらきよらの姉の朝霧カナが中心に居た、そんなことは多い。
きよら自身は参加することは少なかったが姉はそんな時でも弟の話を欠かさない。
自分の弟がかわいくて仕方がないのだと語る彼女の姿に嫌味はなく弟思いなのだと感心してしまう。
姉弟はいいなと思いながら俺は博人が自分の知らない相手に挨拶回りをしているのを見てなんだか淋しくなる。
いつから距離が空いたのか分からない。
博人がきよらの親衛隊なんか作らなければ生徒会で一緒に仕事をしただろう。
俺が嫌だから生徒会よりもきよらをとったのか、きよらをとりたいから生徒会という選択肢を捨てたのか。
親衛隊長でありながら博人の人気はすごい。
「阿賀松、木佐木、沼千佳、久瑠見……影響力の強いところは殆ど押えられています」
久世橋の言葉に俺は「そうか」と返すだけ。
上がった四名は家柄は元より容姿の面で人気が高い。
だが、騒がれることなく学園内で平穏無事に暮らしている。
その理由が博人にあるとは知らなかったが気が回る奴なので不思議ではない。
「元々、葛谷、釣鐘、国鷺、山王寺、玖珠地が親衛隊内にいる時点でつらいものがあるのは分かっていました」
「そうだな」
「山王寺は特に狂ってますから身辺お気を付けください」
山王寺というのは確か調理部だか料理部だかの部長をしている三年生。
親衛隊と部活や委員の掛け持ちは問題がない限り認められているが山王寺は公私混同が過ぎると生徒会に苦情が来たことがある。
どうやら当初、山王寺は部に親衛隊員の入部を認めなかったらしい。
部の中で親衛隊同士の揉め事が起こると面倒だというのが建前。
本音は仲間であるはずの副会長親衛隊を含めて山王寺は嫌っている。
『きよらさんを誰かと分かち合うなんて考えられません』
というのが事情を聞きに行った俺が山王寺から聞かされた台詞。
副会長親衛隊に所属している人間が調理部に入ると定期的にしているきよらとの料理を作る交流会のようなものに優先的に参加できる。
なんの知識もなく調理に携わって足を引っ張られるのは明白。
そのため博人が交流会に参加できるのは多少なりとも調理経験のあるものになる。
自分で食事を作った経験がない人間ばかりの生徒がいる学園なのでそれだけで参加者は絞られるが部活に入り活動を続ければ調理未経験者にはならない。
そういった考えの人間は多いし、好きな相手に手作りの贈り物をしたいという親衛隊員は多い。
手作りは俺もきよらも受け取らない。とはいっても作るのは自由だ。
山王寺は作ることすら認めたくないらしい。
久世橋いわく狂っているというのはそこまできよらを思ってくれているという意味合いだが暴走しやすいとも言える。
博人が手綱を握っていなかったら、釣鐘先輩が居なかったら、山王寺はどんな行動に出るのか分かったものではない。
ただでさえ、双子という不安要素もある。
きよらの親衛隊内部はきな臭い。
「はろーはろー、会長元気にしてるぅ〜?」
会計の榎原が出入り口付近にいた。
いつの間にと思うが榎原のこういった行動は多い。
『話し聞いちゃったら逃がさなーい、とかあるでしょ? だから、盗み聞きするしかないじゃん』
意味が分からないが聞かれたくない話は安全な密室でしろということらしい。
どこでも誰かがいるものだ。
「きぃーちゃんはやつれまくってたんだけど〜」
「何が言いたい」
「言っていいわけ?」
「あぁ、同じ生徒会役員としてお前にも今回の件について意見を聞こうと思っていた」
「へーほー、噂がさぁ転入生と副会長が揉めたってところから会長と副会長が破局ってなってんのはどーしてか、分かる?」
「俺を気に入らない奴がこれを機に動いてんだろ」
「会長ってさぁ頭いいバカって感じ?」
榎原の発言に苛立つ。
こんな風にバカにされるいわれはない。
「きぃーちゃんに愛されてる自覚が全然ないわけね。
それは友達として俺は怒っていいと思うんだけど、どう?」
ゆるい空気を醸し出すふにゃふにゃとした喋り方。
それなのに何故かこちらを責めていることはよく分かる。
「そーいや、お前が怒ってるところってきよらが怒っているところぐらいに見たことねえな」
「えぇぇ!! 結構あるし」
「本気で、だ。不満たれてたり拗ねたりしてるんじゃなくて……キレってことはねえだろ」
「会長が短気で堪え性がないだけじゃん。みんなちゃんと我慢してんだよ。普通だよ」
「俺のどこが短気だってんだよ」
「キレた! そうやってすぐ怒るぅ」
頬を膨らませて唇を尖らせる榎原は同い年の仕草とは思わない。
こうやって茶化されると肩の力が抜けるので自分への対応としては正解かもしれないと黙ったままの久世橋を見る。
基本、立場を弁えているからか久世橋は生徒会役員が話をしている時に口を挟むことはない。
俺ときよらが話している時もいつの間にか消えていたりする。
「自分のところの隊長と空き教室で密会とかやらしいの〜」
「コイツとはそんなんじゃねえよ」
「でも、みんながみんなそうは思わないでしょ」
「……何が言いてえ」
「だ〜か〜らぁぁ、転入生に手を出して、隊長とも妖しくって、会長は誰が好きなのって話」
「はぁ? お前なに言ってんだ」
転入生に手を出したってどんな噂だ。
俺は何もしてない。きよらが居ない三日間、彼のそばにいたがそれだけだ。
少し考えれば、いいや、考えなくても分かる。
「俺が好きな奴なんて一人しかいねえだろ」
中学から生徒会で一緒だったんだから榎原だって分かってるはずだ。
それなのに何だ、この言い草は。
「きぃーちゃんが会長のこと会長って呼んでた。俺、ショックだったんだから」
朝に「浅川会長」と言われたことを思い出す。
俺だってショックだったよ。ちくしょう。
「なんでそこの隊長さんと作戦会議なんかしてんの?」
「……だから、お前は何が言いてえんだよ」
どうしても俺に難癖つけたいんだろうか。
どうしたって言うんだ。
榎原はわざわざ面倒に首を突っ込む人間じゃなかったはずなのに、こんな。
「前から言ってたと思うけど俺、親衛隊ってキライっ」
「まぁ、お前んところのは――」
「そこの隊長さんもキライっ。ヒロヒロは怖いからちょっと苦手」
「だって親衛隊ってみんなして嘘つきで二枚舌なんだもん」
「どういうことだ」
「そこの隊長さん、いっつもきぃーちゃんのことイジメるよね」
榎原の視線が久世橋に向く。
何を言っているのかさっぱり分からない。
勘違いじゃないのかと口にする前に「そう見えるのは立場上、仕方がないですね」と久世橋は言う。
「きぃーちゃんは俺が失敗してへこんだりしたら慰めて励まして傍にいてくれるだよねぇ」
「ああ? 面倒な言い方しねえで具体的に言えよ」
「親衛隊のやつは相手が悪くて俺は何も悪くないって言うわけ、俺は違うと思う。俺が落ち込んでんのはやらかしたっていう意識があるからだもん。気まずさとか罪悪感とか情けなさとか上手くいかない自分に落ち込むわけ」
榎原が口にする言葉の真意が分からない。
きよらの話をしたいのか久世橋を糾弾したいのか。
「きぃーちゃんはね、今日はダメでも明日があるよって言ってくれる。ダメだった俺を否定したりしないで寄り添ってくれる。気晴らしに付き合ってくれる。だから、好き。大切な友達」
「その友達とケンカしてる俺は敵だってか?」
「バカだね、会長は…………ケンカなんか出来てないんだよ」
悲しそうに眉を寄せて榎原は「やっぱ、無理かな」とつぶやいた。
「俺は二人に仲直りしてほしい。どんなやりとりして、こうなっちゃったのかは知らないけど……会長じゃなかったら、きぃーちゃんは落ち込まなかったと思うよ」
「何の話だ」
「きぃーちゃんが引きこもった理由だよ」
あの時に愚痴ってたことが全部だろ。
アサキリキヨヒコ、理事長の甥。正確には理事長代理の甥。なら、お前のいとこじゃないかときよらに学校案内を任せた。
いや、きよらはまさか理事長の甥、つまり釣鐘先輩のいとこだとでも思ったのだろうか。
それなら萎縮する気持ちもわかる。
釣鐘の人間はいろんな場所に顔が利く。
粗相があったら後に響く相手だ。
きよらが転入生を自分のいとこだと気づかないなら、そもそも二人の間に面識がないのだろうか。
それにしてもと思い浮かぶ腑に落ちないきよらの反応。
「ねえ、きぃーちゃんはやつれてたよ?」
念を押すように榎原が口にする。
顔はやはり悲しそうで俺を責めているようだ。
「心配じゃないの?」
prev /
next