副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  024 生徒会長浅川花火の悩み2




 今日は一日、周りの視線が痛かった。
 同じクラスでもきよらの周りには常に人がいて俺から距離を取っているのが見え見えだった。
 きよら自身が意図しているというよりも周りがきよらに気を遣った結果だろう。
 教師すら俺をわざわざ教室の外へ連れ出すような用事を頼む始末。
 誰かがきよらに転入生に会いに行っているなんて大嘘を吹き込んでいるのが聞こえたが訂正するタイミングがなかった。
 プライドも何もかも捨てて突撃すれば嘘や噂をかき消すなんてわけないが、それならこうした意味もない。
 
 俺はきよらに愛してほしい。
 保護者じゃない。
 きよらが俺に向ける視線が憧れであるのは知ってる。
 父や兄、そんな風に見てほしくない。
 近親相姦なんてするつもりはないから、きよらには俺を俺として愛してほしい。
 このままの関係できよらを手に入れたのならそれは取り引きだ。
 きよらを守る代わりに身体を得る。そういう薄汚い契約になってしまう。
 そんなの冗談じゃねえ。
 
 

 授業はすべて終わっての放課後。
 
 
 
 自分の親衛隊長の久世橋が口紅でも塗っているかのような赤い唇を歪めて「まずいですね」と言った。
 なんだかんだ言って有能な久世橋がこんな風に言うということは事態は相当だ。
 俺達の想像を超えているのは博人の手腕だろう。
 
「秋津先輩と釣鐘先輩、二人の関係を知っていますか?」
 
「友人同士だというのは有名な話だな」
 
「ただの友人というよりも家として古くから協定関係にあるようです」
 
 それがどうしたなんて無能なセリフは吐かない。
 個人的な友情で結ばれていない方がこの場合厄介だ。
 
「釣鐘先輩の要請を秋津先輩は無下にできない」
 
 釣鐘晴太。彼が副会長であるきよらの親衛隊に入っていてしかも副隊長を務めているなんて本来は考えられない。
 中学に入学してすぐに知った名前。
 有名で逆らってはいけない先輩、その筆頭としてあげられるのは氷の帝王と恐れられている秋津ではなく釣鐘晴太だ。
 彼が怒ることはほとんどない。
 それが人々を畏怖させるのかと言えば違う。
 彼は自分が苛立たない環境作りをするのが得意なのだ。
 つまり彼から不要だと扱われたり彼に迷惑をかけた場合、今までの地位が消えると見ていい。
 それほどの人望が彼にはあった。
 家柄だけの問題ではない。
 生活に染み入るように日常的に圧倒的多数が釣鐘晴太の恩恵を受けているからだ。
 彼の優しさで学園生活が円満にまとまっていると言われるほど釣鐘晴太の存在は大きい。
 
 釣鐘晴太はその影響力をよく理解しているからこそ他人に優しい。
 困っている人がいれば助けるし、相談があれば何時間でも聞いてくれる。
 打算のない優しさで周囲を掌握する。
 だからこそ、人は彼を嫌えないし遠ざけることをしないし彼に好意を寄せる。
 
 彼の在り方は母方のいとこにあたる葛谷博人に似ているが似ているだけで根本は違う。
 葛谷博人は人工的だ。打算にあふれた優しさ。偽善だとしてもなにもしないよりも博人が動くことで円満に解決できて喜ぶ人は多い。それならそれで俺はいいと思ってた。
 博人に嫌われていたとしても俺は博人が嫌いじゃない。
 やっぱり弟のようだと思っているから嫌えない。
 
「絶対的な正義なんかありません。でも、釣鐘先輩がこれまで支持され続けたのはあの人が誰の目から見ても正しかったから。公平ということにかけては疑問を挟む余地のない秋津先輩と平気で一緒にいられる釣鐘先輩です。一人に肩入れしたら……許さない人が出てくる」
 
 釣鐘晴太は誰にでも優しい。
 親衛隊に入っていることからも分かる通りに朝霧きよらに特別一番優しい。
 それは誰でも知っていた。
 けれど、特別一番とはどの程度だろう。
 それは誰も知らない。
 これから知ることになるのだろうか。
 
 一番敵にするのが恐ろしいのは生徒会と対立構造にある風紀委員会に身を置く秋津ではなく親衛隊という組織の副隊長である釣鐘晴太。
 親衛隊がその対象に対して特別扱いをして何も悪いことはない。
 
 釣鐘晴太は朝霧きよらにありとあらゆることを許している。
 
 その意味を思い知ることになるのだろうか。
 
 本来、騒がれるのが嫌いな釣鐘晴太は身内にすら自分が出場する大会に来ることを禁じている。
 自分の親衛隊を作ることも許さなかった釣鐘晴太だが朝霧きよらと共に朝霧きよらの親衛隊として応援に参加するのは認めていた。
 
 それは釣鐘晴太のルールを破っているのではないのかと正直言って俺は反発を恐れた。
 中学でも生徒会をきよらとしたものの俺たちの影響力と釣鐘先輩のものは同じじゃない。
 騒いでいる層が違うというのもあるのだが釣鐘晴太は優しく爽やかで穏やかな男だが、だからこそ怒らせたら釣鐘晴太以外から攻撃を受ける。
 これはきよらも同じだ。
 本人に自覚はないがきよらが困っていると絶対に誰かが手を貸して甘やかす。
 その筆頭が博人であり、博人はきよらが困る前にすでに手を貸すようなところがある。
 用意周到というよりも転んだ子供に手を差し出すどころか一生歩行器で歩かせようとしている。
 そんなこときよらどころか誰のためにもならない。
 人は誰でも転んで自分で立ち上がって歩き出すのものだ。
 風紀の一年が言った獅子は我が子を千尋の谷に落とすなんて嘘だとそんなことを思い出すが頭を振って考えない。
 
 
 釣鐘晴太の思惑は分からないが少なくとも博人の性格は読んでいるはずだ。
 その上で親衛隊として在籍しているということは今後の障害になりえる。
 副会長朝霧きよらの親衛隊に障害という言葉を使わないといけない現状に頭が痛くなる。
 
「秋津先輩は風紀であることを抜いても公平な人だから問題はない」
 
「釣鐘先輩が完全に朝霧きよらに肩入れした姿を見せてその上で公平さを欠いた不平等な、もっといえば朝霧きよらを贔屓した行動をとったなら動き出す人間は一人や二人じゃありません」
 
 釣鐘晴太が歪むことを許さない人間、それはすなわち釣鐘晴太の親衛隊だ。
 設立を許されなくとも釣鐘晴太の親衛隊は存在する。秘密裏に。
 非公式な親衛隊など認められるはずもないが実際にあるのだから仕方がない。
 そして彼らはプライドがあるので朝霧きよらの親衛隊に加入して釣鐘晴太に近づこうとはしない。
 あくまでも彼らはきよらの親衛隊ではなく釣鐘晴太の信奉者。
 釣鐘晴太に恩があり彼のためなら何でもできる、そんなタイプの人間ならばきよらの親衛隊と仲良く釣鐘晴太を応援することだろうが、非公式親衛隊の彼らは違う。
 敬愛するのは釣鐘晴太であり彼らが考えている釣鐘晴太とは偶像崇拝のような虚構である。
 中学の時に話をしたが釣鐘晴太はそのことを理解していた。
 自分に理想を押し付けて王様にしようとする彼らのことを釣鐘晴太は厭っている。
 あくまでも釣鐘晴太は普通の人間でいたいのだと言った。
 
『きよらは周りじゃなくて俺だけ見てるだろ? だから気が楽なんだ』
 
 そういった彼は自分のしがらみを理解している。
 彼がもし何もしない人間であったのなら雁字搦めで息苦しい思いをしないで済んだかもしれない。
 けれど、行動しない彼は彼ではない。
 釣鐘先輩は「自業自得だ。だからこそ、俺にもきよらが必要だ」と笑いながら「甘く見てよ」と後輩である俺に彼は頭を下げた。
 領分というものを理解している人だった。
 
 自分の影響で被害を受ける可能性があるのはきよらだと知っている。知りながら朝霧きよらの親衛隊に入っているのはきよら自身が釣鐘先輩と同じように人間を従えているからだ。
 きよらは弱い。
 弱いからこそ争いの仲裁をよくしていた。
 負ける側の気持ちが分かるから酷いことにならないことを祈っていると前面に出す。
 きよらがいるクラスや団体でイジメは起こらない。
 みんな、きよらが嫌がることをしないのだ。
 
 でも、それじゃダメだろう。
 嫌なものがない楽しいだけの世界なんて嘘だ。
 物語の中ですら敵がいて味方がいて波乱万丈な展開が待っている。
 現実に誰からも愛される人なんかいない。
 
「秋津先輩は公平だ。釣鐘先輩が何をしてもそれは覆らない」
 
 そう信じたいと言い聞かせるような言い方になってしまった。
 きよらがあっちゃん先輩と呼びかけている姿を思い出す。
 木彫りのクマのように変わらない表情がきよらに相対するときだけ緩む風紀委員長。
 大抵の人が風紀委員長の秋津先輩を冷血漢というのだが実際はそんな場面に遭遇したことはない。
 雰囲気や先入観。
 何もしていなくてもなぜか大物に見える秋津先輩。
 
「釣鐘先輩の非公式親衛隊が動くにしても今回の件の後に騒動の渦中の人間に対して最悪のタイミングでしょうね」
 
 釣鐘晴太が釣鐘晴太を放棄する原因を作った人間に対する制裁ならばタイミングは今じゃない。
 注意するべきは副会長朝霧きよらの親衛隊。
 きよら自身を置き去りにして事態は動いてしまう。
 
「博人は何を考えてんのかなぁ」
 
「簡単じゃないですか。あなたにだけは負けたくない。他の誰かに奪われるのは許せてもあなたにだけは指一本触れられたくない」
 
「その言い方だと俺のことを愛しちゃってるみたいじゃん」
 
「憎しみを愛というのなら」
 
「なんでそんな恨むかな」
 
 本当は分かってる。
 葛谷博人が朝霧きよらを好きだからだ。
 それで俺を恨むのは筋違いだが八つ当たりをしたいのだろう。
 お年頃ってやつなんだろうか。
 
「あなたに絶対に勝てないと思っているから。あのクズは生まれた時からクズなんですよ」 
 
 負け犬だと言いたいんだろうか。俺と博人は戦ってなんていないのに不思議だ。
 きよらは俺のことを好きだろうけれど、それとこれとは話が違う。
 好きの種類が求めたものと違う。
 久世橋はきよらのことを自分に都合のいい人間が好きだと言ったけれど違う。
 きよらはそんなに弱くない。
 むしろ自分に都合のいい人間を疑ってかかっている。
 俺のようなどちらかといえば自分勝手な人間を一番信頼していたことからもきよらが求めているのが都合のいい太鼓持ちなどではないと分かる。
 褒められたいわけじゃない。
 大切にされたいわけじゃない。
 きよらの望みはもう少しひねくれていて分かりにくい。
 何も求めずに勝手に手に落ちてきたものだけを自分のものだと口にするのは男らしさに欠けるんじゃないだろうか。
 自分で奪いに行く積極性を、貪欲な姿を、俺は見たい。
 俺に対して発揮される独占欲がほしい。
 そうしたら全部を投げ渡せる。
 俺の全身全霊で愛せる。
 同じ種類の好きじゃないと伝わりはしない熱がある。
 きよらはそれを分かっちゃいない。
 子供のように真っ白じゃ触れ合えない。

 だって、俺はきよらを抱きたいんだ。
 抱きしめ合うなんて子供同士の抱擁じゃない。
 恋人同士としての付き合い方。
 きよらは分かっていないからまずはねだるところから始めさせないといけない。
 
「博人は親友や友人というよりも保護者になろうとしている気がする」

「自分の力の引き出し方を心得ているからかと」 

 きよらには隣にいる人間が必要だ。
 引っ張るだけの人間でも押し付けるだけでもなく隣にいる人間。
 保護者ではなくパートナー。
 俺はそれになりたい。
 今だけの繋がりじゃない。
 家だけの繋がりじゃ嫌だ。
 
 俺は、浅川花火は朝霧きよらに愛されたい。
 
「これからどうします? 会長VS副会長なんて冗談になりませんよ」
 
 呆れたような久世橋の言葉に俺は自分が笑っているのを知った。
 別に楽しんでるわけじゃない。
 
「仕方ねえだろ」
 
 楽しくないのに笑えた。
 ある意味、俺はいとこである博人ととてもよく似てる。
 博人もきよらの気持ちを思って泣き出しそうな顔をしていたのに笑っていた。
 楽しくないのに人は笑える。
 
 でも、きよらには楽しいと思って笑ってほしい。
 俺の隣で笑ってほしい。
 
 そのためには必要な準備ときっかけがいる。

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