副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  023 副会長と親衛隊副隊長の雑談


 
 寮の一階の調理室から最上階にある役員フロアまで送るって言うほどの距離はない。
 ハル先輩とのんびり時間を過ごすのは好きだし、こんなことで博人が納得いくなら構わなかった。
 ただでさえ引きこもって心配をかけたのだから当然だ。
 
「ハル先輩ってあんまり食べませんよね」
「春雨しか食べてなかったきよらに言われたくないな」
 
 苦笑されて俺は異議ありとばかりに「運動量が違います」と返した。
 ハル先輩はその通りだと思ったのか頷きつつ「きよらはもう少し動くべきだね」と言われた。

 そっちじゃない。
 ハル先輩、そっちじゃないです。
 天然ボケなところがないわけじゃないハル先輩だけどこれはからかわれている!
 俺はいじられキャラじゃないのに。
 
「運動すればご飯、美味しいぞ?」
 
 爽やかな笑顔に俺は一瞬表情が固まった。
 ハル先輩が言わんとすること、ハル先輩の想像したこと。
 それはたぶん間違ってはいない。
 だから俺は言葉が出てこなかった。
 
 悟られているなんて考えもしなかった。
 俺はずっと笑って誤魔化していたのだから誰も見ていないと思っていた。
 ハル先輩だから気づいたのか。
 ハル先輩以外も気づいているのか。
 
 親衛隊のみんなは優しいから俺のおかしなところも触れずにいてくれるのかもしれない。
 改めてそれを思い知らされる。
 三日間引きこもっていた理由も詳しく聞かれることなく、気遣われることはあっても過剰に心配されることもなく、俺は普通に会話を楽しめた。
 それは、誰のおかげだろう。
 目の前のハル先輩か、今日の夕食会に参加しなかった博人だろうか。
 隊長だから博人が指揮を執っているのは決まっている。
 
『勘違いしないで、俺は君を愛している。これからするのは環境づくりさ』
 
 そう言った博人の真意。
 愛の重みも形も俺には分からない。
 恋をして愛を育まないと見えてこないものがある。
 
「親衛隊のおかげでレパートリー増えてきて良かったな」
「は、はい! みんなのおかげで食べられるものが増えました」
 
 けれど基本がスープ系な俺。
 食欲が湧かないわけじゃない。
 お腹は空いてる。
 
 ご飯を美味しく食べられない俺に気づかれているなんて思わなかった。
 
「いつか俺に朝食作って欲しいな。普通のサンドイッチじゃなくてホットサンド?
 あれ、機械があるんだけど使ってないんだよな。きよらは使える?」
「えっと……ガス台に直接かける奴しか使ったことないですけど、機械でも多分平気です」
 
 ホットサンドはアツアツが美味しい。
 だから、寒すぎる季節も暑すぎる時期にも俺は作らない。
 そして、お弁当用のものじゃないからハル先輩に作る機会はないかもしれない。
 
 俺の考えを読んだかのように話題を自然にそらしながらもハル先輩は誤魔化すことはしない。
 それは思いやりというものだと知っている。
 目には見えないあたたかさは心地いい。
 ハル先輩の優しさは積極的なものじゃない。
 さりげなく、そっと手を添えるようなもの。
 
「約束だ」
 
 小指を出してハル先輩が言う。
 朝食に作るという未来の約束。
 今日明日で俺が消えるわけじゃないという確約。
 ハル先輩にとっては簡単な言葉。
 俺からすればとても大事なもの。
 
 剣道部の大会のことも、そう。
 
 未来への約束、予定というものが俺には重要だった。
 頑張らないとは言ったものの何もしないでいることは出来ない。
 何もしないと言うことは何もないと言うことになってしまう。
 何かをしていないと自分がいない気がしてしまう。
 動いていれば何かをしている自分がそこに居る。
 
『助けが来ると思ってる?』
 
 心をひんやりとさせる誰かの声。
 俺に向けられる無邪気な刃。
 狂気という名の凶器で俺を引き裂こうとする誰か。
 思い出せばきっと息は出来なくなる。
 じわじわと俺を侵食して疲弊させる形容しがたい恐怖。
 吹き飛ばすことが難しい悪夢の感触をハル先輩は現実を見せることで俺の足を地につけてくれた。
 ふあふあしていて現実感がない俺を叱るように明日の自分、明後日の自分、未来の自分の予定を教えてくれる。
 別にハル先輩からしたら普通の会話で俺の心を見通したわけじゃないかもしれない。
 それでも嬉しい。肩の力が抜けて楽になる。ハル先輩の雰囲気は不思議。
 
「明日は朝からコンサートだっけ?」
「朝と言っても十時からです」
 
 定期的に行われる音楽鑑賞会。
 規模は大きいし、外部の人間を入れるので警備は厳重だ。
 
「そういえば、卒業生が来るらしいですけれど……ハル先輩の知り合いがいたりしますか?」
「どうだろうな。いるだろうし、いないかもしれない」
「気分屋な方なんですか?」
「居たとしても俺に顔を見せに来ない、かも」
 
 似合わない少し悲しそうな顔のハル先輩にどんな相手なのか気になった。
 けれど、ただの野次馬根性なので我慢する。
 
「言ってしまえば……婚約者だった人」
 
 思ってもなかった言葉に目を見開く俺に「今は他人だけどね」と笑うハル先輩の瞳はどこか遠くを見ている。
 ハル先輩は驚くほど浮いた話が存在しない。
 家柄を考えれば婚約者がいるのは普通のことだ。
 今更そんなことを実感する。
 この学園にいると常識がズレてくるが名家の後継者ばかりの学園の中で恋愛を繰り広げているのは婚約者がいないか婚約者がいるからこそ男を相手に性欲を発散している。
 
 博人も人気があるというのにそういった話は聞いたことがない。
 けれど博人は愛想がいいように見えて付き合う相手を選ぶところがあるから出会いが少ない男子校なら仕方がないだろうと思っていた。
 男と付き合う博人も想像できない。
 こんな言い方おかしいかもしれないけれど博人は普通に女の子と結婚しそうなタイプに見える。
 だから、共学ならともかく男子校ならフリーのままだろうと考えていた俺だけど昨日の夜に告白された。
 異性愛者だと思っていた友達が実は同性愛者というよりも自分を好きだったという衝撃を俺は未だに理解していない。
 それでも博人の気持ちを忘れてはいけないし、軽く見ているわけでもない。
 博人が俺を好きだから誰かと付き合ったといった話がないのだと気づいたのはまさに今だけれど、ハル先輩はどうなのかなんて考えたこともなかった。
 
 婚約者という響きに変にドキドキしてしまう。
 
 今は他人だということは婚約は解消したのだろう。
 そして、その相手が奏者なのかスタッフなのか知らないが明日やってくる。
 ハル先輩はそのこと自体は気にしていないようだけど悲しそうな顔。
 彼女と出会うことに対してではなく婚約を解消したことについて思うところがありそうだ。
 もしかして振られたのだろうかと考えたけれど釣鐘の家は本当に古くて何よりも安定している。
 家を理由に断られることなど有りえない。
 
「ハル先輩は人気者でいろんな人と仲がいいですけど……そのせいか無性愛者的なところがありますよね」
 
 失礼かもしれないがハル先輩が誰か一人に夢中になっている姿が想像つかない。
 人を愛する人ではあるだろうが恋愛というのが思い浮かばない人だ。
 博愛主義者だと噂されているのを聞いたことがある。
 たしかに俺の親衛隊、副隊長なんてものになってくれているところからみて優しさは無量大数レベルに到達している。
 俺が幼くて恋愛感情を理解していないのかもしれないけれどハル先輩は誰にでも平等すぎるほど本当に優しい。
 その優しさは相手を思いやって好きでいるからこその優しさ。
 好きの意味は親愛であり、人として相手を大切だと思っているだけで恋愛じゃない。
 ハル先輩の恋が俺には想像つかない。
 
「Aセクねえ……きよらからは性欲とかなさそうに見えるんだ、俺」
「無性愛者じゃないなら、今まで誰かを好きになったことありますか?」
 
 恋愛感情や性的欲求を抱かない人を無性愛者、アセクシャル、Aセクなどと呼ばれる。 
 初恋がすでに済んでいるならいいけれどハル先輩が今後誰かを好きになることがあるのか野次馬根性もあって気になった。
 
「人は好きなったこと、あるよ」
「恋愛的な意味ですか? それは人として好きってことじゃないんですか?」
「どうなんだろう、自分でもよく分からないけどその相手を抱けって言われたら抱けるな」
「……元婚約者の方は?」
「無理だな。勃たないし裸も見る気がない。……あ、誤解しないで欲しいけど彼女は魅力的な人だよ。年上だけど年齢的な隔たりを感じさせない出来た人。彼女に問題があるわけじゃなく俺が結婚の義務から逃げただけだ」
 
 結婚の義務、それは跡取りであったり古い家柄では普通に課せられる義務。
 俺たちは自分の好き嫌いで結婚するしないを決められない。
 相手を決めることは出来るかもしれないが結婚をしないとなると様々な問題が出てくる。
 子供がいなかったとしてもいろいろなパーティーで夫婦での参加を義務付けられていたりするのでパートナーの存在は必要不可欠だ。
 俺がこのまま朝霧の家にいたのなら自由な恋愛などできないかもしれない。
 学生の時代はまた別と言う考え方から、残り二年間を恋をしてもいいかもしれない。
 
 自分を愛してくれる誰か。
 自分を大事にしてくれる誰か。
 依存じゃなくて共存。
 ひとりぼっちは淋しいから傍に居てくれる人を探す。
 
 ハル先輩と話をすると目から鱗が落ちたり心の中の扉が開く。
 それは嫌な意味ではない。
 安心できる新しい発見。
 なんだろう。ハル先輩の声が落ち着くからか普通に話しているだけで「大丈夫」だと言われている気分になる。励まされたり背中を押されたり抱きしめられているような温もりを感じる。
 
「エレベーター来ませんね」
「あぁ、押してないからね」
 
 あっさりとハル先輩言ってエレベーターのボタンを押した。
 寮のエレベーターは複数あり奇数階に止まるエレベーターと偶数階に止まるエレベーターと全部に止まるエレベーターに別れている。
 奇数と偶数に止まるエレベーターは最上階である役員フロアまではいかない。
 全部が止まるエレベーターを使用するだけではなく指紋認証かカードキーと毎月配布される五桁のパスワードが必要になる。
 俺が俺の部屋に帰るので指紋認証で役員フロアに行けるが誰かとエレベーターで一緒になると少し面倒だったりする。
 気を利かせて役員の姿を見たらエレベーターに乗らないとかエレベーターから降りるものだが外部生はそういった暗黙のルールを知らないので、この春先は少し気を遣う。
 
「エレベーターの中じゃゆっくり話せないからさ」
 
 上のような理由で俺はエレベーターの中で緊張している。
 ハル先輩と話をすることも難しいレベルだとは思っていなかったが嘘や冗談を言うタイミングでもないので俺はエレベーターでリラックスできないらしい。
 いつでもハル先輩と話していると穏やかな気持ちになるのだがエレベーターは例外だ。
 
 さり気ない、けれど確かにある優しさ、思いやり。
 ハル先輩に好かれる人間は幸せだ。
 あたたかな春の日差しを年中浴びることが出来る。
 まるで果てがないようにハル先輩は優しい。
 わがままを叶えてくれるという意味じゃなくて、こちらを考えて導いてくれる。
 
 適切な助言をするよりも、自分で問題に気づかせるように誘導するのが一番難しいこと。
 すべてを見通すような場所に居ないと言えないこと。
 見ていたとしても無遠慮に触れてこようとはしない。
 
 それがハル先輩の優しさの形。
 

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