副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  020 副会長と親衛隊とクッキング1


 榎原はお昼の金塊や小判づくしに喜んでくれた。
 生徒会室は静かだ。
 急ぎのものは何もない。
 というか生徒会の仕事は生徒会ばかりで処理するものではないと去年から徐々に各委員会などがいろいろと動いている。
 
 あまり知られていないがこの学校は学力や家柄や容姿などではない性格診断を用いて人を集めている。
 その時々で取り組みは違うが今期の生徒会として掲げたのは「気持ちのいい学園生活」である。
 当たり前のことだと思うかもしれないが難しい。
 毎日を楽しく過ごすなんてやっている人いるんだろうか。
 
「そういえば日曜日に剣道部が交流試合だっけ?」
 
 大会としてまとめられる剣道部の活動の一つ。
 公式のもの以外にも剣道部はまめに他校と交流試合をする。
 今回は合同だった。
 あっちゃん先輩が外に行く、それを狙っていろいろと企む人も多いだろうけれど生徒会親衛隊長である久世橋がそのあたりしっかりと見張っているらしい。
 風紀委員会と親衛隊の仕事は近い。
 学園が荒れると困るのは生徒会役員も同じで浅川花火を信奉する生徒会長親衛隊は一般生徒に溶け合っているのである意味風紀よりも事態の把握が早い。
 
 浅川花火は俺に転入生を見習え、性格を直せと言ったことを訂正しない。
 それは価値観の総意として俺も開き直ることにした。
 仕事仲間を邪険に扱う気も不当に見下すつもりもない。
 博人にそう伝えたら了解の返事をもらったので生徒会が分裂なんてことにならない。
 三人で分裂なんてしたら榎原が俺たちの間でかわいそうになるだけだ。
 ただやっぱり転入生の関係での生徒会長のよくない噂は流れ続けている、らしい。
 
「日曜日に帰ってきたら学校が悲惨な状況とか、いやだよ」
「学園の要人が一気にいなくなるからどうかなぁ〜」
「榎原、ファイト!」
「きぃーちゃん、それ……会長に言ってくれない?」
「え、無理だし」
 
 いつもは頑張ってとか持っていく差し入れを余分に作ってお裾分けしたりしてた。
 でも、もうそんな距離感じゃない。
 今日も朝の挨拶を俺からしただけだし。
 今更だよな。
 
 仲直りとかそういう次元の問題じゃない。
 三十年後に普通に話が出来たらいいな。
 
 
 
 
 放課後、調理室。
 クッキングクラブが使う校舎の調理場ではなく寮の共同調理室。
 
 寮の設備は上から生徒会や委員会の役員専用フロア。
 寄付金が多い生徒と特待生の学年混合フロア。
 そして一般生徒のフロアだがこれには三種類のタイプがある。
 
 一人部屋キッチンリビングなしユニットバスつき。
 二人部屋ワンフロアに二段ベッドソファとテレビつき、キッチンあり風呂トイレ別。

 部屋のサイズは二人部屋のほうが大きいけれど人と一緒にいたくない生徒も数多い。
 この学園にいる生徒の性格診断はそこに焦点が当てられている。
 普通の学校生活が困難なタイプの人間が数多くいる。
 学園の中なら個性的で済むけれど外だと確実にイジメられる。
 俺はイジメられる筆頭だろう。
 この学園の生徒は優しいから陰口や私物隠しで済むけれど別の学校なら姉の名前を出されて何をされるか分かったものじゃない。
 
 一人部屋には調理施設を置いてない。
 ベッドと机で部屋の中が埋まっている。
 それでも、一人がいいという人のための一人部屋。
 最初は一人部屋にしていても大体学年が上がる時に親しい友達と二人部屋になっていく。
 外部生は一人部屋にしてしまったらずっと一人部屋かもしれないので例外だ。
 
 一人部屋を使用する人間のために調理室というのが寮の中にある。
 お湯を沸かしに来る生徒がちらほらいるぐらいで使用する人は少ない。
 お湯だって二人部屋の友人のところで作れるので一階にある調理室に人気はない。
 今までは。
 
 俺が親衛隊のみんなと料理やお菓子を作るようになって見学者が出てきた。
 見学してからしばらくして調理に混じっていたりするので親衛隊に入るかどうするか悩んでいたのだろう。
 食堂の料理が口に合わないから助かったと言っている生徒もいたので俺の親衛隊というよりもご飯目当てだ。
 それは俺を慕っていると言われるよりも納得できていい。
 自信などバキバキに折られ続けた俺だが料理やお菓子はそれなりだから。
 
「今回は日曜日に向けた試食会ということでいいですか?」
 
 声をかけてくれたのはクッキング部の部長さん。
 俺の親衛隊の人だけれど調理にいつも参加してくれている。
 異物混入とか間違った調理法とかしないための見張り役だと思う。
 お金持ちばかりの学校だから自分で料理をしようとする人は少ない。
 食べ物は勝手に出てくるものっていうのが日常だから作るっていう意識がない。
 
「部活を休みにしてしまってすみません」
「いいえ。きよらさんのためでしたら僕はいつでも馳せ参じますよ」
 
 穏やかで女性的な顔つきだけど武芸の名門の家柄だったはず。
 つまりハル先輩関連。ハル先輩の口に入るものにはもちろん全力ですよね。

 クッキング部の部活は木曜日がお休み。
 昨日ですね。
 はい、ちなみに試作品製作は昨日の予定でした。
 だって、今日は金曜日だよ。
 月曜日の夜に引きこもって木曜日の夜に説得されて出てきた俺。
 本当、昨日の夜に声をかけてくれてありがとうですよ。
 
 日曜日まで日がない!
 
 適当なのを作るわけにはいかないと思いつつ、さてどうするか。
 考えるのは俺の役目ではない。
 
「天気予報としてあたたかくなる可能性が高いので傷みやすい食材は避けてレシピを作ってきました」
「あ! ベーグル」
 
 普通のサンドイッチもあるけれどベーグルサンドも入れてくれている。
 テンションが上がりますな。
 
 お弁当は当日の朝の仕事なので時間がかかりすぎてムリってことにならないように一回は作ってみることになっている。
 お菓子も作って夕飯やお茶会の流れになるのがいつものパターン。
 
 金曜日に作ったものを日曜日の昼にも食べるのは微妙な気分だけど全面的に俺のせいなのでへこむわけにいかない。
 ベーグルは作ったら冷凍して当日に焼いて解凍、クリームチーズとハチミツとクルミのサンドBLTサンドの二種類を作るらしい。
 サンドイッチは何度も作っているので俺の挟み技術は早いし綺麗。たぶん。
 
「多少、発酵や茹でる際の温度管理が必要ですが慣れればすぐに作れるものなので覚えると便利ですよ」
 
 部長さんの優しさにくらくらしながらレシピを見る。
 やり方の手順や温度も書いてある。
 なんのことか分からない材料の名前もあるけれど必要になった時に説明してくれるだろう。
 先生みたいで圧倒される。
 三年生ではあるけれど「きよらさん」と言いながら生クリームを素手で泡立て続けたり運動部の生徒が食料欲しさに匂いにつられてやって来てもすぐに撃退してしまう。
 会計の榎原はハル先輩をパーフェクト先輩と言うけれど部長さんもなかなかパーフェクト。
 ハル先輩みたいに文武両道なのかは知らないけれど気配り上手なのは似ている。
 
「それでは一緒に作りましょうか」
「……あの、博人はいないんですか?」
 
 これは初めてのことだ。
 双子は使う器具を揃えてくれている。
 いつもは博人がまとめ上げて部長さんはあくまで作業として変なところがあったら止めに入る係りで傍観していた。
 今日は博人がしていたようにまとめてくれるようだけれど、博人はどうしたんだろう。
 
「葛谷くんは家の用事があるとか……きよらさんは聞いてませんか?」
 
 首を傾げて俺は自分の鞄を探す。
 部屋に戻ると寮の一階にあるここに来るのが大変なので学校から直接来た。
 俺は制服のブレザーを脱いでエプロンに三角巾というスタイルになっている。
 他のみんなも着替えたりしていない。
 鞄は俺のものだけ金庫に入れて他は部屋の隅に積むようになっている。
 いちいちケータイのために金庫を開けなければならないのはどうなのかと思うけれど調理中にケータイはご法度。
 この学園はそういうところが実は厳しい。
 
『夜に電話する』
 
 今日来れなかったことの説明にしては電話は珍しい。
 メールでいいんじゃないのかな。

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