018 副会長とクラスメイトと会計と噂話
風紀室で醜態をさらした俺は自分の教室まで送ってもらったけれど心ここにあらず。
みんなが構ってくれたけれど上の空。
ごめん。ちょっと感情が追いついてない。
「朝霧様、大丈夫ですか?」
「お労しい」
「隣のクラスから転入生が」
「朝霧様を訪ねて何度もやってきて」
俺の親衛隊の人ではないけれど様づけで呼んでくるクラスメイトたち。
どこかお嬢様学校の人みたいな喋り方だと思いながら聞き捨てならない単語にハッとする。
「転入生が?」
俺の意識が向いたことが嬉しかったのかクラスメイトはにこやかに経緯を説明してくれた。
引きこもっていた三日間に学園で起こったことも説明してくれる。
博人が俺に嘘をついたりするはずはないけれど隠し事はするかもしれない。
心配させないようにと気を遣われている。
まとめると大体博人から聞いたことではあったけれど追加情報は恐ろしいものがあった。
いわく、転入生は休み時間に俺を訪ねて隣のクラスからやってくる。
いわく、そのたびに生徒会長浅川花火が相手をしてどこかへ消えている。
いわく、二人はもう恋人同士でそのため会長は役員としての仕事を放棄した。
そんなバカなといろいろとツッコミを入れたかったが自然と視線が向いた空席に事実かもしれないと思ってしまった。
休み時間になるたびに浅川花火は教室から出て行ってしまう。
トイレにしては頻繁すぎる。
以前は俺の隣で話をしていたり周りのクラスメイトと雑談していた。
転入生が理由で席を外しているのなら、毎日訪ねてきていた転入生が今日は来ない理由にもなる。
それにしても俺を理由にして教室に来て浅川花火をゲットしていく転入生の手腕はどこか気持ちが悪い。
浅川花火が目当てなら最初から彼を訪ねればいい。
どうして俺をクッションに使うんだ。
もしかして、顔見知りという扱いなんだろうか。
「やっほぉ〜、きぃーちゃん」
「お前は堂々と遅刻しすぎだろ」
生徒会役員なので成績上位者である榎原だが生活態度が緩すぎる。
そのせいで風紀から注意され続けているのだが改善は難しい。
「きぃーちゃんと朝に会った後に二度寝しちゃった」
自堕落すぎる。
「それにしても良かったね。熱が下がって」
急に真面目な顔で榎原が俺のおでこに手を当てる。
強い視線に体調不良で休んでいたことにしたと、ショックなことがあったから寝込んだのではないと主張しなければならなかったのを思い出す。
どうやって切り出せばいいのか分からなかった。
「あぁ、親衛隊のお見舞いのおかげだ」
ざわっと波紋が広がる。
まずい言い方だっただろうか。
昨日の四人は個人的というよりも親衛隊というくくりで来てくれたはずだ。
「ハルタ様もですか?」
「うん? ハル先輩も来てくれたよ」
「朝霧様のお見舞いをハルタ様が」
「まさか、そんな」
「来週大会なのに」
ざわざわと聞こえる言葉に俺は慌てた。
よく分からないけど勘違いされていそうな気配がする。
「あ、だから……来週の応援に来れるかってハル先輩は聞きに来てくれて」
更にざわめきが大きくなり俺はどうしたらいいのか分からなくなって榎原を見た。
少し困った顔で「ん〜」と言った後に低い声で「黙れよ」と言い放つ。
「ちょっと、静かにしてくんない? 俺ときぃーちゃんが話してるのわかるでしょお。
聞き耳立ててペチャクチャしゃべってんなよぉ〜」
口調は緩いのに声の温度は冷ややかだ。
静まる教室に俺は居たたまれない気持ちになったが教室がざわめいた理由が分からない。
「パーフェクト先輩のことはいいとして、身体は平気なんだね?」
「あぁ、三日も休んで悪かった。生徒会の仕事は?」
「問題ないよ。会長も必要最低限やってるしね」
何気なく会長は仕事をしていないという噂を否定する榎原。
必要最低限と付け加えるあたりちょっと怒っているのかもしれない。
俺達は三人の生徒会なんだからバラバラになったり内部分裂っていうのは悲しい。
でも、俺と浅川花火の関係は戻らない。
榎原にも何か言った方がいいのだろうか。
もし、転入生を案内した後に生徒会室に浅川花火だけではなく榎原もいたのなら俺はあそこまでショックを受けずに軽口の一つとして笑って流したかもしれない。
二人だからと俺は甘えたのだ。
いつもは鎧をかぶせている心を裸にしてすり寄って失敗した。
でも、疑問はある。
俺とずっと一緒にいた浅川花火が、ハナちゃんである彼が、あの言葉で俺が傷つかないと思うなんてありえるんだろうか。
傷つけるのが目的だとしたらそれはそれで悲しい。
「昼は生徒会室で食べようねえ」
榎原はそう言って周りを見る。
ビクつく人間が多いのは榎原が怖いのか榎原の親衛隊が怖いのか。
「教室うるさくてヤだなぁ」
なんだか喧嘩を売っているような榎原に俺は「今は静かだ」とズレたことを言う。
だって、榎原は愛想のいい奴で気安い美形だ。
こんな言い方していたら周りから嫌われてしまう。
俺の考えが透けて見えたのか榎原はニンマリ笑って「だいじょうぶ」と俺の頭を撫でた。
「俺は気まぐれ動物だからちゃんと静かでみんないい子なら大好きだもん」
静かじゃなければ嫌いだってことだけど安心したようにクラスの空気が緩む。
こういう空気の掌握術はどこで習得するんだろう。
ハル先輩も驚くほどに上手い。
俺は空気を凍らせたりざわつかせることばかりでへこむ。
榎原はすごいなんてこと考えてたからオレは聞こえていなかった。
「朝霧様のお相手ってハルタ様?」
「起きれなくなるぐらいに激しく?」
「きゃっ」
「きよら様を汚らわしい目で見てんじゃねえよ。クソビッチども」
「聞こえないと思ってんのか、低能どもっ」
「釣鐘先輩に失礼な物言いするな」
「変な知識を朝霧さんに植えつけられたら釣鐘先輩に申し訳が立たない」
「分かってると思うけど、休み時間校舎裏な」
教室の隅でひそひそと漏れ聞こえた会話で噂話を続けた三人が俺の親衛隊に取り囲まれているなんて知らない。
釣鐘先輩を慕って親衛隊に入った人間を含めて実は俺の親衛隊が体育会系だなんて知らない。
博人がチェックして人格、口調、容姿に問題がない隊員とだけ触れ合わせてくれているなんて知らない。
俺の親衛隊の規模が釣鐘先輩や双子や博人の分を含んでいるとはいえ生徒の頂点であり一番人気のはずの浅川花火よりも巨大になっているなど知らない。
俺の親衛隊とはいえ俺は組織運営にはノータッチ。
俺のやりたいことを博人に伝えて計画や場を整えてくれるのはハル先輩。
当日の盛り上げ役やムードメーカーを双子がやってくれる。
親衛隊とのクッキングタイムやお茶会や応援などは博人がメンバーを選んで、博人からの情報で俺は応援したり励ましの言葉をかけたりしていた。
そこそこ人数はいると理解していても本当のところどのぐらいいるのかなんて知らない。
誰も教えてくれないのは俺が知らないことを知らないからかもしれない。
クラスの三分の一が親衛隊であるなんて知らない。
残り三分の一が親衛隊ではないものの俺に対して好意的であるなんて知らない。
そのせいで俺への悪口や悪意の噂は全面的に排除されるなんて知らない。
当たり前のように校舎裏へ連れていかれて厳重注意という名の何かをされる生徒たちをみんなが見て見ぬ振りし続けていたなんて知らない。
そして、トイレで。
「あいつらもバカだよねえ。教室の中であんなこと言ったら即死っしょ」
「ハルタ様に会計の榎原様に葛谷様にツインズをたぶらかしてるってマジ?」
「そりゃあ生徒会長に愛想つかされるに決まってる」
「……そういやあ、風紀委員長の秋津様と一緒に教室来てたらしいよ」
「ひぃっ」
「いやぁ」
「なに、気軽に名前を出してんだよ」
「召喚されたらどうすんだっ」
「ちょっと、委員長の扱い酷くないか?」
「お前知らないのかよ、噂をすると」
「朝霧きよらが自分の親衛隊たちと行動を共にしたり同僚で友人である会計と一緒にいることのどこに問題があるんだ?」
「ひぃぃああぁあぁぁぁ」
「委員長っ!!!」
「殺さないでくださいっ、殺さないでくださいッ」
「いぎぁぁぁぁぁ」
「俺が教室に送った件なら俺に言ってほしい」
と、そんなことがあって俺にあまり好意的ではないクラスメイトがトイレの床で自主的に土下座をして、あっちゃん先輩が鬼畜魔王は容赦がないなんて噂がプラスされて更に恐れられたなんて知らない。
ただあっちゃん先輩が不憫だっていうのは知ってた。
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