副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  015 匿名希望な風紀委員いわく3


 
 朝霧きよらに対する報告書の提出。
 どういうことなのかと思うところだが俺は分かってる。
 
 風紀で把握するべき情報を俺が握りつぶしていると思われている。
 あっているし、間違ってもいる。
 
 相談窓口のメールは風紀委員長と副委員長は閲覧できる。
 ケータイでメールを削除してもメールを受信した際に転送設定をしているので漏れるはずがない。
 それならこれはどんな意味があるのか。
 
「俺から見た、副会長っスか?」 
「君から見て朝霧くんはどう見えました?」
 
 血だらけなシャツをそのままにした副委員長が俺に尋ねる。
 委員長にオムライスを食べさせるなんていう恐ろしいことをしていたと聞いて俺は副会長の正気を疑った。
 オムライスに見せかけた木の枝とかじゃないのかと訳の分からないことを思いながら副会長お手製のブラウニーを食べる。
 クルミやアーモンドの比率が多い。
 歯ごたえがあるものが好きなので嫌いじゃない。
 甘すぎないのも食べやすい。
 おやつというより朝食向きだ。
 助かる。
 
「思ったよりも普通の人、っスね」
「そう、そこですよ。問題はそこなんです」
 
 膝をバシッと叩く副委員長。
 口調や容姿に似合わず仕草は男らしい。
 風紀イコール荒くれ者の団体なのでこの副委員長がただの美形なわけもない。
 
「彼は普通の感性を持っているようでどこかおかしい」
「ボケてる感じはしますね」
「それをかわいいと見るかうざいと取るか和むとフォローしてあげるかで立場が変わります」
 
 そりゃそうだ。
 どう思うかで一般生徒、アンチ副会長、親衛隊と立ち位置は変わる。
 そんな当たり前のことをドヤ顔で言われても反応に困る。
 
「うちの委員長はトゲトゲしいので朝霧くんがいるとマイルドになっていいです。わかりますか、風紀にとっての朝霧くんの重要性!!」
 
 その意見は分からなくもないが気のせいだと思う。
 今日の朝は全然マイルドじゃなかった。
 副会長と個室から出てきたときは悪鬼のような顔をしていた。
 
「ちょっと溺愛で甘々しすぎて気持ちが悪いですが周囲に優しくなるので良しです。私が許しましょう」
 
 副委員長は丁寧口調の俺様だ。
 納得がいっていない俺に気づいたのか「私が服を着ることが出来ました」と副委員長は自分のシャツを叩いた。
 それがなんだよ。俺に何を言わせたい。

「五感が発達しているらしく委員長は匂いに敏感なんです。
 私のシャツの匂いが不快だったんです」
 
 それは知らなかった。
 やっぱり委員長は人間を超えているんだ。
 
「血みどろは見た目が風紀らしからないとかじゃねーんですね」
「えぇ、彼はあれで自己中です」

 公平さを擬人化したとも言われる委員長に対してまさかの発言。
 というか、血染めのシャツを嫌がったら自己中なのか?
 
「秋津はたぶん欲求というものが薄い人間です。だから分かりにくいんですが公私混同とか職権乱用なんて平気でします」
 
 驚きの発言だ。
 俺からすればなあなあで済ませた方が早いことも書類を通して処理をする堅物のイメージしかない。
 たとえば没収されたケータイの受け渡し。
 ちょっとした小言「次は気を付けるように」とかそういうので書類は書かずに終わるところが委員長は名前と学年とクラスと書かせて余白に反省文的なものを書かせる。
 それをファイリングしたりパソコンに打ち込むのも面倒だからやめて欲しいけど書かされた人はケータイを二度と没収されなくなっているので効果がある。
 委員長は正しい。ただし、俺達の仕事を増やしてくれる。
 でも、委員長からの小言よりも「これを書いておくように」と言われて反省文もどきを書かされる方が楽かもしれない。
 
「分かりにくい自己中って得ですね」
「職権乱用って、副会長のためにってことっスか」
「自分のためですよ。……あれ、たぶん一目惚れじゃないですかね」

 空耳だと思いたい。
 なんだそれ。
 一目惚れだって?
 誰が誰に。
 
「あの見た目と雰囲気だから秋津は喧嘩売られたことないんです」
 
 その流れだとまさか副会長が委員長に喧嘩を売ったとかいうことになるのか。
 ねえよ。ありえねえだろ。
 臆病なウサギの顔をした副会長がライオンの足に噛みついたら食い殺されるだけだ。
 そんなことバカでもわかる。
 副会長はバカだったのか。

「本人は自覚してないでしょうけど秋津の中で朝霧くんは替えが利かない存在なんです。だから、守るためには全力だし、迷惑をかけられても気にしない。全力で挑んでも大した収穫がなくても秋津にとって問題ではない。
 ……高い山の頂上で息が吸いにくくてつらいと思っても息を止めようとは思わないでしょう?」
 
 身体の中に取り込む酸素の濃度が低かったとしても呼吸を止めるなんてバカなことはできない。
 委員長が副会長のために動くのも同じことだというのならそれはどれだけの想いだろう。
 
「感謝してほしいわけじゃない、苦労を知ってほしいわけじゃない」
「じゃあ、どうされたいっていうんスか」

 委員長の知られざる本音に変にドギマギしてしまう。
 いいや、これは副委員長の予想だから委員長の真意は違うかもしれない。

「それは秋津にしか分からないことですけど、たぶん朝霧くんに許してほしいんじゃないですかねえ」
「委員長は副会長に何したっていうんです」

 頭の中で情報が整理できない。
 さっきから許容量を超えている。
 耳鳴りすらしてくる。

「……喧嘩をしたって言ったでしょう。
 仲直りをちゃんとして進みたいんですよ、秋津は」
 
 進むってどこへ、なんてさすがに言わない。
 委員長がそんな目で副会長を見ているのが信じられない。
 以前なら委員長にそんな感情があるのが信じられないと思ったかもしれない。
 今は副会長に向けられる視線が信じられないと感じる。
 
 俺はどうしてしまったんだろう。
 ゆるやかに、けれど確実に俺の中身も移り変わろうとしている。
 
 不穏な気配を強く漂わせる学園と同じように変わっていく。
 
「朝霧くんのことをレポートにまとめて出してください。これは義務です」
 
 副委員長はそう言って見回りかトイレに行くのか風紀室から出ていく。
 授業には出ないように言われていたので教室ではないだろう。
 
 
『お兄ちゃんって呼んでね』
 
 
 微笑んだその顔を俺は思い出してはいけない。
 何をするにもぎこちなくて俺よりも弱くて臆病だった人のことなんか覚えてちゃいけない。
 

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