副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  014 副会長と思い出したくない風紀委員長との過去


 
「きよ、俺が怖いか?」
 
 どうして怖いんだろう。
 なんで俺はここまで怯えている。
 
 処刑台にいるみたいな気持ち。
 あっちゃん先輩はギロチンの刃。
 俺の首を落とそうとする。
 
 この連想はどこから来るんだろう。
 
「どうして、せんぱいは、やさしいんですか」
 
 口から出た声は俺じゃないみたいに平坦。
 言わないでいいことを言おうとしている気配。
 あっちゃん先輩が怖いんじゃない。
 俺は俺が怖い。
 その理由は、考えてはいけない。
 
「どうして、おれに」
 
 縋ろうとしてるわけじゃない。
 ただ誤魔化そうとしている。
 本当に見たいもの。
 本当に聞きたいこと。
 それから目を背けるための質問。
 
「おれは、せんぱいに、おびえてるのに」
 
 中学の時に吐き出した言葉。
 俺はどうしようもなく失礼な奴で人の気持ちを踏みにじる無神経さであっちゃん先輩に盾突いた。
 怖いもの知らずの若さの暴走。
 
『どうして助けに来てくれなかったんだよ』
 
 どうして掘り起こされたんだ。
 こんな記憶いらないのに。
 弱さに追いつめられた言葉。
 
『誰にも負けないぐらい強いくせに』
 
 ありがとう、助かりました。
 そういうべきだった俺は怒りをあっちゃん先輩に向けた。
 八つ当たりをした。
 怖かったから差し出された手を噛んだ。
 俺こそケダモノだ。
 あっちゃん先輩はどこまでも理性的で人間だ。
 機械なんかじゃない。
 だから、傷ついてしまうのに。
 
『怖い思いをさせて、済まない』
 
 最低な俺に。最悪の俺に。あっちゃん先輩は頭を下げた。
 何一つ悪くないのにあっちゃん先輩は俺に謝る。
 俺の怒りを受け止めて微動だにしない。
 それは優しさから。
 分かっているのに怖くなる。
 自分の醜さが怖くなる。
 
 俺が怖いのはあっちゃん先輩を傷つけることだ。
 人を傷つけることは怖い。
 傷つけられるととても痛いから自分が他人にしたと思うと怖い。
 目に見えない傷の治り方は人それぞれ過ぎて見えない。
 治らなかったらどう責任を取ればいい。
 
「きよ、もし……嫌なことを思い出したのなら」
 
 どこまでも優しいあっちゃん先輩。
 俺はその人に対して何をした。
 忘れて平気な顔をするなんて最低のゲス。
 
『この役立たずっ』
 
 そう耳に残る声は姉じゃない。
 俺が、俺が言ったのだ。
 聞きなれた罵倒。
 何も悪くないあっちゃん先輩に俺がぶつけた憤り。
 言われなれていた人間としての否定。
 人は役に立つ役に立たないでそこにいるわけじゃない。
 言われ続けた俺が抱えた憤り。
 嫌いな言葉だったのに口をついて出た俺の精神は醜い。
 
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 
 三年の先輩に押し倒されたのは入学して少し経ってから。
 彼らは三人だった。
 押さえつけられて服を脱がされかけた。
 
 言ってしまえばそれだけで寸止めですらない安全地帯。
 
 それでも俺は初めてのことに怖くて仕方がなかった。
 助けてくれた有名な先輩に怒鳴り散らした。
 それはまるで姉の姿の写し。
 理不尽のかたまり。
 俺の醜い本性だ。
 
『どうしてもっと早く助けに来てくれなかったんだ』
 
 大げさな言いよう。
 ありえない被害妄想。
 
 怖かった。イヤだった。
 姉から離れた全寮制で自由を手に入れたと思ったからこそ打撃は大きかった。
 救われたと思った直後に突き落とされた。
 どうして俺が怖い思いをしないといけないのかと全く関係ない助けてくれたあっちゃん先輩を非難して心の安定を図った。

 俺は悪くない。
 
 歩いていただけで空き教室に引きずり込まれたのがおかしい。
 むやみやたらに声をかけてきたり触ってくるのがおかしい。
 
 俺は悪くない。
 
 自分の身体が気持ち悪く感じて冷静な判断なんかできない。
 
「おれはずっと、あやまりたくって、あやまっても、おそいけど」
 
 記憶を改ざんして俺はあっちゃん先輩に嫌われたふりをした。
 ハル先輩のことで嫌われていると思い込むことでお互い様だと納得した。
 違う。
 最初に俺があっちゃん先輩を理不尽に嫌った。
 怖いのは自分の姿。自分の心。
 
 でも、何より優しいあっちゃん先輩の本心が怖い。
 
 どうして俺を嫌わないでいてくれるんだろう。
 最低の八つ当たりであっちゃん先輩を傷つけた俺をあっちゃん先輩は決して責めたりしなかった。
 今回も俺は騒動の火付け役になっているのにあっちゃん先輩は怒らない。
 見守ってくれている。
 その理由が分からない。
 
「触れて欲しくない場所に、触れるべきではないだろう」

 見限っているわけじゃないのに他人行儀。

「さっきの会話のせいだろう。済まなかった。お前の前で軽率だったと思う」
 
 あっちゃん先輩が頑張って表情を動かす。
 困り顔で頭を下げる。
 いつの間にか俺はあっちゃん先輩の顔を隠せていなかった。
 でも、怖くない。
 
 誠意という真心。
 俺を見つめる目は真実の鏡ではなく人の瞳。
 
 責められているわけじゃないことに安心する俺は臆病者100%
 
 抱き付いて、また謝ってみる。
 あっちゃん先輩の身体は硬い。
 それは強さの証だ。
 触れていると自分も強くなれる気がする。
 強がりじゃない強さがほしい。
 
 強姦、空き教室、裸。
 
 それらのキーワードが俺の罪を突き付けてきた。
 俺が人を傷つけたことを思い出させた。
 
 触られたことは嫌だった。
 気持ち悪かった。
 だからといって無関係な人間に八つ当たりをしていいわけがない。
 きちんと謝ることもせず俺はあっちゃん先輩の優しさだけを貰っていた。
 ずる賢さを指摘されないことが怖かった。
 
「なにも、かえせなくて」
 
 情けないと布団の中でぐるぐると考えたことを思い出す。
 俺の元気は一瞬の魔法。
 今は消えてしまった。
 
「返してもらっている」
 
 ゆっくりと遠慮するようにあっちゃん先輩は俺の頭を撫でる。
 くすぐったくて気持ちがいい。
 
「きよは俺に優しくしてくれているだろう。
 それは優しさが返ってきているということだ」
 
 あっちゃん先輩の言葉にやっぱり泣きたくなる。
 優しいあっちゃん先輩。
 今まで他の人にどれだけ優しくしても優しさは返ってこなかったんだと俺は知った。
 毎日毎日なにも悪いことをしていないのにあっちゃん先輩は人から怖がられる。
 嫌われてるわけじゃない。
 畏怖される。
 
 一方通行の優しさを持ち続けることができるのはあっちゃん先輩が人に期待をしているからだ。
 俺のように諦めて流されていかない。
 俺は水底にある石で流れに流され身を削りながら進む。
 あっちゃん先輩はどっしり構えた大岩で動かないで川の流れすら堰き止められる。
 でも、俺に限らず誰だって転がる石で尖ったところも流され続けて丸くなる。
 自分は大勢のうちの一人であることで安心する。
 
 経験がそういうものなのだと訳知り顔。
 理性がそんなもんじゃないと絶叫する。
 
「被害者みたいな顔をしたくない。俺は十分、加害者です」
 
 あっちゃん先輩を傷つけた。
 見えないから、わかりにくいから傷ついてないなんてことない。
 心臓の音を聞くようにあっちゃん先輩の胸にすり寄る。
 早いリズムで鼓動が聞こえる。
 
 あっちゃん先輩だって人間だから緊張するし困るし悲しむ。
 俺は忘れてはいけない。
 
「俺は、許されたいわけじゃなくって……嫌われたくない、です」
 
 加害者の癖に何を言っているんだか。
 都合のいい奴だ。
 自分でも思う。
 
「あっちゃん先輩に嫌われるのは、当たり前だと思うけど、でも」
 
 呆れるほどに自己中心的。
 自分は嫌って怯えたくせに相手には好かれたいと思ってる。
 目の前の人が優しいことを知った上での台詞。
 
「あの日の勝手に言葉をなかったことにして、すみません。
 助けてもらってお礼を言わず、傷つけたのに謝りもしないで」
 
「謝らないでくれ。お互いに謝り続けることになる。
 忘れたのなら忘れたままで構わない。
 それが正しいことでなかったとしても、きよに必要ならいいんだ」
 
 菩薩か何かの化身だ。
 人ではないみたいに優しい。
 だから矮小な人間の俺は怯えた。
 あっちゃん先輩の境地に達することはきっと出来ない。
 
「わざわざ傷口に触れるのは治療ではなく自己満足か傷の度合いをただ野次馬知ろうとしているだけだ」
 
 触れる必要はないと言ったあっちゃん先輩の真意。
 
 けれど、そのたとえで言うのなら。
 俺の傷口にはガラスが入っている。
 ずっと傷が塞がらず血を流し続けてる。
 透明なガラスは刺さっているのに気付かなくてどうして傷が治らないのかと不思議に思う。
 致命傷じゃないから放置して、その時々で傷の痛みに呻き続ける。
 
 そんな風に一生を過ごすなんて御免だ。
 
『心の中にね、燃えるような熱い花が咲く』
 
 博人が言っていたのは恋なんてものじゃないのかもしれない。
 
『逃げたいのなら地の果てまで逃がしてあげる。安全だと確信できる場所がどれだけ遠くても果ての果てでも俺はきよらと一緒なら平気』
 
 きっと博人は治療法を持っている。
 俺に刺さったガラスを知っている。
 望めばいくらでも治療してくれるだろう。
 
 不確かな優しさでも約束でもなく愛情から手を貸してくれる。
 
「応える気のない好意に甘えるのは……ずるいですよね」
 
 応えられないわけじゃない。
 ただ愛情の種類が博人の望んだものじゃない。
 
 時間をかければ変化していくかもしれないけれど約束できない。
 俺は自分を甘やかすばかりで博人の気持ちを蔑ろにしている。
 
「俺でも、それ以外の奴に対しても、問題はない」
 
 あっちゃん先輩の言い分に顔を上げると見えたのは微笑。
 博人の微笑みよりも口角がわずかにあがっただけのものかもしれないけれど、あっちゃん先輩の精いっぱいの笑顔。
 
「人の好意を踏みにじっているわけじゃない。
 持て余しているだけなのだから気にすることはない」
 
 対応しない俺は悪人だ。
 あっちゃん先輩は俺を裁かない。
 責めない。
 
「時が解決することもある。今回はたまたまだったが、きよの中の引っ掛かりは少しは解消しただろう」
 
 確かにあっちゃん先輩への恐怖は減った。
 それはあっちゃん先輩が俺を許してくれたから。
 
「それはあっちゃん先輩が俺に笑ってくれるから」

「俺を笑わせたのはきよだ」
 
 冬の朝。
 キンと冷えて手がかじかむ。
 外は一面、銀世界。
 その中で俺は湖で白鳥を見る。
 群れが飛び立つ姿を見て俺は涙を流す。
 
 どんな気持ちからの涙なのか言葉で説明しづらい。
 
 今のあっちゃん先輩には凍える吹雪ではなく尊いものに触れた気持ちにさせられる。
 心の奥が揺さぶられる。
 
 名前が付けられない感情が震える。
 ただ大切なものだと手のひらで包み込んで保護したい。
 
 心の中で叫んでる。
 ありがとうと言っている。
 
 過去の俺の無様さを切り捨てないでくれてありがとう。
 今の俺のことを見限らないでくれてありがとう。
 
 弱い自分と決別できない俺を待っていてくれてありがとう。
 
 
「あっちゃん先輩は怖くないですね」
 
 
 やっと初めてあっちゃん先輩に向き合った気がする。
 正面から見たあっちゃん先輩に威圧感はない。
 
 アイスクリームは冷たいけれど甘いってやつだ。
 あっちゃん先輩はアイスというよりシャーベット。
 天然果汁100%で作った混じりっ気ない氷菓。
 
 
「ありがとう」
 
 
 お礼を言いたい俺があっちゃん先輩にお礼を言われる。
 あべこべアンバランス。
 逆転だけれど俺は気分がいいので喜びを笑みにして伝える。
 
 俺達の関係はこれから変わるかもしれないし変わらないかもしれない。
 あっちゃん先輩はどちらでも構わないのだろうと思ったら気が楽になった。


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