副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  013 副会長と風紀委員会とのお菓子祭り開催延期



「何してるんですかっ。風邪引きますよ」
 
 問題はそこじゃないと博人と希望君に言われた。
 双子は近づいて行って足の間というかつまりは男性器、男の象徴を躊躇なく握ろうとした。
 
「怖っ、さすがクレイジージェミニ」

「おれ達そんな風に言われてんの?」
「ださぁ、だっさぃ」
「だれだれ、だれが言ってんの」
「変なこと言わないように口を閉ざさせてやろうぜ」
「息の根止まれよ」 
 
 二人して不穏なセリフを言い合う。
 さっきまでのかわいさはない。
 
「はいはい、双子〜。帰るよ」

 手を叩いて博人が言う。
 不満げな双子は「変態がいるのに!」「こいつ勃起してるっ」と副委員長を指さす。
 これでも先輩だからやめてあげて。
 見ている俺が気まずすぎる。
 
 博人が持っていた分の紙袋を受け取り、この風紀室に残されること決定済みな俺。
 
「きよらを教室まで連れてきてくださいね、風紀委員長サマ」
「あぁ、了解した」
 
 自分の席にいたらしいあっちゃん先輩が俺の方へ来る。
 おはようとか挨拶してくるけどそんな場合じゃない。
 どうして副委員長は裸なんだよ。
 あっちゃん先輩が驚いていないところを見るとまさかずっと全裸?
 
「俺の知らない世界が風紀で広がっている……」
 
「きよ? どうしたんだ」
 
 どうしてあっちゃん先輩はいつも通りなんだろう。
 おかしいだろ。もっと、反応してくれ。
 すでに俺は反応に困ってるのに。
 
「あっちゃん先輩、どうして副委員長さんは全裸なんですか?」
 
 この際、勃起については無視だ。
 いきなりオナニーし始めたはわけではないので生理的反応だろう。朝だし。
 
「……ん、せめて股間はタオルで隠すべきだったか」
 
 ツッコミどころはそこじゃないですとは言わずに「差し入れです」と紙袋を見せる。
 もう副委員長のことは無視し続けるしかない。
 聞きたいけど。とても聞きたいけど。
 
「きよは人のペニスのサイズが気にな」
「だめぇぇぇぇえぇ」
 
 みんなの風紀委員長が下品な話題を振ろうとしてきた。
 俺が!俺がなんだかんだ言って全裸な副委員長というか雄々しさを見せる副委員長の副委員長に視線が吸い寄せられちゃうからだけど。
 だって、ご立派。どんどん大きくなる。
 
「あれですね。美人に見つめられると興奮します。露出狂の気持ちがよく分かる」
「そうか。お前のソレを使い物にならなくしてもいいだな」
「なんでっ!!」

 どこからそういう会話になったんだろう。
 あっちゃん先輩は素で物騒だ。
 
「露出狂の気持ちが分かるということはコイツは露出狂だ。現在、全裸を晒して公然わいせつの罪に問うてもいいはずだ」
「あぁ、秋津は常々言っていたね。強姦魔のイチモツは使い物にならなくするのが一番いい。再犯がなくなる、と」
 
 副委員長の言葉にあっちゃん先輩は頷く。
 イチモツって男のアレなわけで、それを使い物にならなくさせるって拷問じゃないか。
 
「手で引きちぎるとショック死の可能性があるから外科手術をする」
「それ、社会問題になりませんかっ」
 
 あっちゃん先輩がそこまで強姦を恨んでいるとは知らなかった。
 再犯があるから雑草のようにいくらとりしまってもなくならないのかな。
 それにしてもエグい。
 風紀のほかの委員たちが俺に縋るような視線を向けてきた。
 今のウチにあっちゃん先輩をとめてくれということなのか。そうなのか。
 
「問題なのは強姦魔が学園にいることだろう。
 見た目には分からないようにパイプカットで子孫を残せなくするのが妥協点だな」
 
 冷静にできそうな提案をするから怖い。
 学園の息のかかった病院で退学するかもしれない生徒にちょっと細工をしてもバレない、のかもしれない。
 
「訴えられたら負けますよ?!」
「校則に組み込めばいい。強姦した人間は子孫を残さないようにパイプカットすると」
「まあ、秋津の気持ちもわかるよ。男同士は傷害罪だろ。心に受けるダメージと罰則が釣り合ってないからね」
「良家の子息ならパイプカットされるのがどれだけ大きな問題か分かる」

 あっちゃん先輩の美麗な顔でパイプカットを連呼されるとみんなにダメージがいくのでここら辺でやめてもらいたい。
 禁煙することもパイプカットというから脳内で強姦話から喫煙話にチェンジチェンジ。

「人工授精が可能なら問題ないのでは? むしろ、変な女の子供を作らず遊び放題になりそうです。男を強姦するような人なら見境ないんじゃないですか?」
 
 手を挙げて教師に言うように俺は意見する。
 あっちゃん先輩は少し考えた後「強姦魔はどうして死なないんだろうな」と口にした。
 みんながガタガタ震えている。
 きっとあっちゃん先輩はちょっとした疑問を口にしただけなんだろう。
 聞いてしまった俺たちはあっちゃん先輩が強姦魔に地獄を見せた後の台詞として「どうしてお前死なないんだ」と言い放つのを想像してしまった。
 罪や規則やぶりに厳しいあっちゃん先輩。
 厳しいというよりもこういうものが普通の感覚でいるのだ。

「で、お前は局部を晒したまま快感を得続けたいのか? 苦痛で絶叫したいか?」
 
 タオルで隠さないなら、もぐってことですね。わかります。
 あっちゃん先輩の手つきが果物を収穫する時のソレだ。
 
「そもそもなんで裸なんですか! 服を着てくださいっ。セクハラです。訴えたら俺の大勝利です!!」
 
 やっと言ってくれたとばかりに風紀委員が無言で万歳をしだす。
 怖い。なんだ、この空間。
 
「服を着ろ。授業には出なくていい」
 
「やった! 朝霧くんに感謝ですね。風邪引くかと思いました」
 
 副委員長も万歳して奥の部屋に去って行った。。
 希望君が奥にロッカーがあると教えてくれた。
 着替えがあるなら何出来なかったんだと絶叫したい気持ちはキンッと冷たいあっちゃん先輩の空気で萎む。
 さっきまでは全裸という異常さの前にいろいろと吹っ飛んだけれど、あっちゃん先輩はやっぱりあっちゃん先輩。
 威圧感が半端ないです。
 全裸パワーで消えていた冷気を一斉に浴びることになって俺は少し寒い。
 怯えてるんじゃなくて寒い。
 
「って、なに、そのドライアイス!」
 
 ベタな話。本当に部屋が寒かった。
 クーラーはつけてなさそうだけど寒い。
 ドライアイスに水入れて煙りだしたりしてるから寒いし変に怖い。
 
「ここはお化け屋敷?」
 
 なんでこんないらないことをしているのか俺はあっちゃん先輩に聞きたい。
 ドライアイスの予算はポケットマネーなんですか。それとも風紀の予算ですか。
 
「これは副委員長への嫌がらせです」
 
 あっちゃん先輩よりも先に同学年、つまり二年生の風紀委員が口を開いた。
 見たことある顔だ。たぶん隣のクラス。
 
「あぁ、来ました。副委員長があの姿で登校したので委員長が咎め、その際、全裸の方がマシだと発言したので副委員長は脱ぎました」
 
「仕方ないです。委員長の命令ですから」
 
 それにしては勃起して大喜びだったりする副委員長は今まで紳士だと思っていたその認識を改めないといけない。
 紳士は紳士でも変態とつけないといけない紳士だ。
 
 そして、あっちゃん先輩が眉をひそめた副委員長の格好というのは一言で言えば殺人鬼。
 血みどろスプラッタ状態。
 白いシャツが真っ赤に染まっている。
 これを最初に見たら叫んで逃げただろうが全裸に比べたらいい。
 
「勘違いしないでくださいね。獣の血ですさばいてたら手元が狂いました。時間も時間だったのでこのまま来てしまったら委員長に生まれてきたことを後悔しろって」
「言った覚えはない」
「副音声で聞こえました。……臭いから脱げって言われて脱ぎました」
「罰としてちょっと寒がらせて困らせようってことだったんですね」
「え? 朝霧くんはいつも優しい解釈をしますね。秋津は私を肺炎にしたかったんですよ。全裸放置で」
「露出プレイとして楽しまれてしまったから罰則になっていない。お前の罰はきよのお菓子抜きだ」
「はぁ? ちょ、ないです。私がどうして血まみれのまま着替えもせずにここに来たと思っているんですか! 朝霧くんの手作り菓子目当てですよっ」
「昨日、会議で決まった強姦率と気温の関係の調査をしていろ」
 
 なんだか知りたい単語にそわそわすると「気温が高くなると強姦が多くなるという意見が出た」とあっちゃん先輩は教えてくれた。
 ソファに勧められたのだが、授業前に教室に戻れるだろうか。
 
「寒い中、服を脱ごうという相手は恋人ぐらいだろう。空き教室には暖房や冷房の類が利かないようになっている。本来は鍵もかかっているはずだが何かしらの方法で空き教室を根城にしている生徒は後を絶たない」
「あっちゃん先輩、空き教室を完全に封鎖した際に出る問題とは何ですか」
 
 挙手して質問。
 
「部活や委員会、親衛隊など常時使うわけではないが集まりの際に教室が必要になる」
「各クラスのものは」
「防犯上、他の学年やクラスの人間を迎え入れるわけにいかない」
「机に物を入れず、貴重品類がなくてもですか?」
「机や椅子に細工された際、その教室を使った団体が容疑者になってしまう。
 あと、空き教室があるのは生徒数が減ったからという理由もある」
 
 本来は生徒がみっちりいたかもしれない空き教室。
 それが強姦場所になる悲しさ。
 あっちゃん先輩は犯罪を防ぐことはもちろん被害者の気持ちも考えてくれている。
 だからパイプカット。
 去勢して射精も勃起もできるけれど種無し。男として能無し。
 正しいのに同じ男として苦い気持ちにならざるえない。
 あっちゃん先輩からしたら被害者の男こそ同じ男という観点からかわいそうだと思うのかもしれない。
 考えてみると頷ける。あっちゃん先輩はだからこそ公平と言われる。
 外科的手術じゃなくて事故で握りつぶしたとかやりそうな気配があるあっちゃん先輩はちょっと怖い。
 合理性のかたまりなんていうけれど全然そんなことはない。
 頭ではわかってる。あっちゃん先輩はヒーローとか正義の人ではない。
 どちらかといえば始末人、仕置き人。暗殺者だとか何だか噂があったがバカにできない現実味がある。
 もちろんあっちゃん先輩が闇の住人だとかそんな話じゃない。
 鋭い空気に俺たちは気圧される。
 経験を積んだ大人の迫力のようなものを生徒であるあっちゃん先輩に出されてはたまらない。
 
「先に朝ごはんのオムライスを渡しておきます」
 
 どうぞお納めくださいと風呂敷を取り出してテーブルに置いて解く。
 中にはコトブキではなく山吹色または黄金色のオムライス。
 形が似ているのでブラウニーを上げ底にしている。
 オムライスを食べてデザートにブラウニーという感じで。
 
「金の延べ棒です」
「オムライスのお握りか」

 俺の茶目っ気をまるっと無視したあっちゃん先輩。
 オムライスだけどオムライスって言わないでもいいのに。
 あっちゃん先輩に遊び心をレクチャーするのも後輩である俺の役目だ。
 
「金の延べ棒です」
「きっと黄金の味がするだろう」
「金粉は入れてないです」
「気分の問題だ。――いただく。オムライスだな。こんな形だが」
「頑張りました。これはブラウニーです」
 
 ちょっと細長いお握りと思えば普通。
 スナックパンみたいにお握りを食べると考えると米をとりすぎているきもするけれど、あっちゃん先輩が目に見えて嬉しそうでまぶしい。
 知らなかったけどあっちゃん先輩はこういうのが好きなのだろうか。
 喜んでいるのがこんなに分かりやすいなんてビックリする。
 お茶を持ってきてくれた風紀委員が悲鳴を上げてお茶を自分に被ってやけどするとかしないとかの騒ぎになったけど喜んでもらえてよかった。
 
「あっちゃん先輩に今度キャラ弁作りたくなりました」
 
 楽しんで食べるということを俺はそれほどしていない。
 弁当は今回のようなギャグみたいなものかザ・男の弁当というように飾りっ気がない。
 剣道部の応援だって親衛隊のみんなで作るので彩り豊かでかわいらしく華やかみたいなものを作るけど正直、ちまちまと食べないといけないのは面倒だと感じる。
 かわいい爪楊枝におかずを刺して見た目はかわいいけれどガッツリ食べたい時は邪魔だと思う。
 あっちゃん先輩はどう思っているんだろう。
 今更、聞いてみたくなる。
 残されたことや不満を言われたこともない。
 どうでもいいんだろうか。
 
 来週のことを考えて悶々とする俺にあっちゃん先輩は「やつれたな」と言った。
 
 目を見開いて俺は後退る。
 ソファに座っていたから後退るというよりも背もたれに寄りかかったという表現になるだろう。
 
 あっちゃん先輩はだから怖い。
 
「必要なものはあるか」
 
 波紋のない水面。深淵を見るような瞳。
 覗き込んでいると不安定な気分になる。
 心配してもらっているのに失礼な連想。
 あっちゃん先輩が嫌いなわけがないし、あっちゃん先輩が俺に危害を加えるわけもない。
 泣きたくなってしまう。
 暗い森の中に一人で置き去りにされた家なき子。
 そんな気分に襲われて泣きたくなってしまう。
 俺が迷子なんだと突きつけられるような強い視線。
 
 あっちゃん先輩の顔面を俺は両手で覆った。
 真面目な話をしている時に俺を気遣ってくれている先輩に申し訳ない。
 でも、怖い。
 理性が蕩けて本能が暴走しそうになる。
 俺の知らない、あるいは忘れ捨てた、消えた言葉を吐き出させようとしてくる。
 心の底からの渇望。
 それを音にしてはならない。
 心が血だらけになってしまう。
 俺はまだ死ぬ気はない。
 
「なんで、親衛隊や生徒会のこと、聞かないんですか」
 
 あぁ、俺は本当にバカだ。
 美味しくご飯を食べてお菓子でティータイム。
 そんな時間の過ごし方をすればよかった。
 
 あっちゃん先輩に対して適当な誤魔化しなんかできるはずないと知りながら、俺は唇を噛みしめる。
 
 手であっちゃん先輩の視線を遮ってもわかる。
 見られてるのがわかる。
 
 だから、俺の身体は緊張して、震える。
 
 

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