012 副会長と親衛隊の登校風景
俺は戦利品というか成果品を持って上機嫌に登校。
榎原が一緒に行こうか聞いてきたけど寝ぼけてよれよれな榎原が支度をするのを待つのは嫌だった。
髪の毛をいじってアクセサリーを選んで「今日も俺は格好いい」って鏡の前で呪文を唱える榎原。
待っている俺は気まずくなる。
寮の玄関にいる博人に挨拶。
一緒に行くと言ってきかない博人と二人で登校。なんだか、久しぶりだ。
一緒に登下校するなんてよくあったはずなのにどういうことだろう。
榎原に指摘されたことが頭の中でぐるぐる回る。
俺は何を忘れているんだろう。
意識しないものは忘れてしまう。
零れ落ちた記憶は不要なもの。
それは覚えている人間に対して失礼かもしれない。
博人を見て同じ幼稚園だったと言われたことを思い出す。
俺は博人のことを覚えていない。
というか幼稚園のことなんか覚えてない。
小学校で再会した時に言ってくれれば良かったと思いながら同じ幼稚園で遊んだことがあると言われても「だから何」って感じになってたはず。
俺ってひどい。
「博人はさ、俺のどこが好きなんだ?」
つい、俺はそんな無神経なことをたずねてしまう。
博人の想いに応えないくせに博人を探ろうとする。
謝って言葉を取り下げるべきだけど俺は博人をジッと見る。
「……そういうところ」
まぶしいものを見るような微笑み。
とても綺麗で儚い。
朝露が太陽でキラキラと輝くような今、この時だけしかない美しさ。
博人の微笑みにはランクがあると俺は思う。
今のは極上。つまり、嘘偽りない本心を口にしているから心の底からの微笑み。
俺のことを好きだと伝えるための表情。
何だか少し照れくさい。
「きよらは真っ直ぐだから強い。逃げることすら全力なその姿が俺は好きだよ」
歌うように流れる声。
「逃げたいのなら地の果てまで逃がしてあげる。安全だと確信できる場所がどれだけ遠くても果ての果てでも俺はきよらと一緒なら平気」
何を言っているのか、分からない。
分かってる。
博人は俺の心の中のどうにもならないものを知っている。
「さすがエスパー博人だ」
「うん? 何それ」
俺が崖から飛び降りなくていいように博人は逃げ道をくれる。
それか崖から落ちても死なないように命綱や落下地点にマットを敷いて備えてる。
俺はその優しさに気づかないことが多い。
気づいたとしても遅れてしまう。
いつもありがとうって思ってる。けど、足りないな。
「俺は博人に好きだって返したい、けどそれは」
「わかってる。大丈夫だよ」
大丈夫というのは俺の気持ちはいらないという意味なのか俺の気持ちは分かっているから大丈夫なのか。
「きよらを困らせたいわけじゃない。俺はただ俺を失いたくないだけ」
俺には分からない言葉。
それでもきっと博人の告白に返せる言葉がない俺はここで頷くしかない。
「俺の愛はきよらだけのものだよ」
切なく聞こえる理由はきっと博人が泣きそうだからだ。
言いたい言葉を伝えきれない。
不自由さに胸が苦しく、喉が焼ける。
「それだけ覚えてくれていたら俺は平気だよ」
やわらかな声は嘘じゃない。
博人の真心を俺は覚えておかなければならない。
自分が神経質でうっとおしいタイプだと思っていたけれど案外、周りの目に対して鈍感かもしれない。
意識的にある種の感情を避けていた。
「心の中にね、燃えるような熱い花が咲く」
博人は微笑み俺の胸を指さす。
どこか詩を暗唱するような朗々とした調子で博人は言葉を続けた。
「やっと首輪は外れて君は自由を手に入れた。
君は野良犬じゃない。誇り高い狼だ。群れを率いる器がある。
望めばどこにだって行ける翼を手に入れることもできる」
抽象的過ぎるけれどこれは昨日からずっと続く俺と浅川花火との関係の指摘だ。
「安心して。きよらがこの世で一番恐れていることは起こらない。
盾は失ったけど首輪がないんだから道は無限だ」
心の中の燃える花。
「悲しかったのは惰性とはいえ飼い犬でいた時間が長かったから。
でも、大丈夫。きよらの世界を壊す人間なんか存在しない。どこにもいない」
不自然な響き。
だって、絶対なんてない。
安心なんてできない。
大丈夫だなんて簡単に言えない。
「理解しなくてもいつか分かる日が来るよ。行こう」
熱く燃え上がる花の名前。
俺が昨日、開き直って求めた恋ってやつだろう。
新しい朝などない、地続きの今日。
手放したもの、手に入れたもの、プラスとマイナス。
俺はこれからどんな姿になるのだろう。
双子が合流してきて、四人での登校。
ハル先輩は剣道部だろう。
覗きに行ってもいいけれど風紀委員会に寄ることを考えるとそんな時間はない。
見慣れた後ろ姿が悲しい。
もう他人になった彼の姿。
俺が繋がっていたと思っていたソレは勘違い。
「おはようございます、生徒会長」
俺は大丈夫。
強くなくても強気でいられる。
いつか本当に強くなるために強がりだっていいじゃないか。
今はまだ空元気でもいつか本当に元気になるから、さよならだ。
「……きよら?」
驚いている浅川花火はきっと俺のことを理解できない。
浅川花火にとってどうでもいい言動でも俺にとっては膝をつくものだった。
あなただけが居ればよかったその依存は打ち砕かれた。
心に突き刺さったトゲが抜けたと博人の表現を真似してみる。
飼い犬から野良へ。
狼へ変身できるのかは知らないけれど、狼の群れの中に犬が混じっても許して欲しい。
俺の心の動きは俺のもの。
「どうかしましたか、浅川会長」
もう、浅川花火に心を預けない。
開き直ってしまったから戻れない。
俺が引きこもっている間にハナちゃんが来てくれたならハナちゃんはハナちゃんだった。
ずっと俺は愛玩されるのを望み、ときどき不安になりながら忠犬でいただろう。
君の言葉にはなんでもYES。
嫌われたくないなんて理由じゃない。
なんだって許せるぐらいに好きだったから。
どうされたって構わなかった。
確かにそれは首輪だ。
なくなってみるともう一度したいとは思わない窮屈さ。
俺がいる場所は俺が歩いてる場所で、依存先じゃない。
寄生先を探してたわけじゃない。
「行こう、きよら様!」
「早くっ、副会長様っ」
双子に腕を引っ張られて浅川花火から離れる。
何か言いたそうな顔をしていたように見えたが気のせいだろう。
博人とその後に何か話しているので気にしないことにしよう。
いとこ同士積もる話もあるはずだ。
「俺、風紀に行くね」
双子にそう告げると「なんでー!」と揃って言われた。
なんでって、俺の大荷物が見えないのかと言いたかったが紙袋は言われなければ何用か分からないかもしれない。
重いものは博人が持っているし。
「差し入れです」
その言葉でピンと来たのか双子は揃って「ずるいずるい」と騒ぎ出した。
まだ生徒はまばらだけどそこそこ人がいる。
目立つのは勘弁してほしいと困っていたら博人が追いついてきた。
さすがエスパー博人。
俺のピンチにすかさず駆けつけてくれる奇跡の男。
魔法使いなんだろうか。
「きよら、双子のことは適度に無視していればいいよ」
おだやかな声で酷いことを言う。
博人は双子の扱いが雑だ。
「風紀に行くんだろ。急がないと」
柱に取り付けられている時計を指さしながら博人は言う。
移動しないとあっちゃん先輩と入れ違ってしまうかもしれない。
そんなことを話している俺の視界の端に見知った顔。
名前は知らない風紀の一年生。
「あ、ねえ……せっかくだから一緒に行こう?」
どんな風に声をかけるべきか迷って他人行儀だけど馴れ馴れしいバージョンを使った。
複雑な俺の気持ちを察してくれたのか「うっす」とちょっと体育会系な返事。
おはようと言えばおはようと返してくれるけどそれ以上話したりしない。
博人や双子が知り合いなのか聞きたそうな顔で見てくる。
泣いてる俺を心配して寮まで送ってくれた後輩だと説明するのは恥ずかしい。
相談窓口のことについても基本的に他言無用のはずだから黙ってるしかない。
「名前は匿名希望です」
先手を打つように彼は言った。
頑なに名前を教えたがらない。
「じゃあ、希望君って呼ぶね」
「副会長って無敵っスね。……今が素、ですか?」
「そうっスよ」
口調を真似てみたらダルそうにしていた彼は笑った。
くしゃっと顔をゆがめる笑い方。
下手すると泣くのを堪えてそうに見える。
けれど、これは笑顔だ。肩を揺らして笑ってる。
「空元気も元気のうちっスね」
いいんじゃないのと先輩に対する口調にしては生意気さがある彼の頭を思わず撫でる。
どこか既視感があった。
笑い顔にか言い分にか空気感にか。
「今日はおやつがあります〜。はい、拍手」
「なに言ってんだか」
そう言いながらも希望君はあまり音のならない拍手を気だるげにする。
意外にもノリがいい。
「きよら様!」
「副会長様っ」
双子が「撫でるなら、おれ達も」と頭をぐりぐり俺の胸にこすりつけてくる。
「仕方がないなぁ」
風紀室に向かって歩きながら右手と左手両方使って双子を撫でた。
双子はぎゅっと抱きしめたり頭を撫でられるのが好き。
全身で甘えてくるから同い年なのにかわいいと思える。
「好き好きビィームです!」
「愛、届いてますかっ」
何言ってんだかと思いながら平和な穏やかさに空元気が本当の元気になるのを感じた。
あっちゃん先輩や風紀の人たちに情けない顔はできない。
引きつった笑顔じゃない心からの笑顔で挨拶しよう。
ちょっと失敗してもあっちゃん先輩は呆れたりしない。
あっちゃん先輩が何もリアクションを取らないなら風紀の人だって同じ。
みんなあっちゃん先輩に右に同じくなのだからあっちゃん先輩が正義。
「おはようございます! 朝食、おやつ、デザートお届けですっ」
テンション上げてはいった風紀室の中には風紀の副委員長がいた。
全裸で。
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