副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  010 副会長のお菓子作りと会計と電話


      
 朝早くから起きてと言いたいところだけど俺は三日引きこもってた間に割りと寝てたので四人が帰った後、翌日の準備をした。
 
 したのはもちろん学校の準備じゃない。
 風紀委員会への差し入れだ。
 
 見苦しいところを晒して申し訳ありません。
 これからもよろしくお願いします、そう副会長としても朝霧きよらとしても挨拶しないと!
 お前の顔なんか見たくねえよなんて言われないか変にドキドキしつつ無心でチョコレートを刻む俺。
 矛盾して上がったり下がったりな気持ちはいつも通りと言えなくもない。
 
 ちなみに風紀委員会に渡すのはブラウニー。
 ブラウニーはすぐに焼き上がるし大量生産に持ってこい。
 形もそんなに崩れない。
 しっとり焼き上げれば日持ちはしないがクズは出にくい。
 俺はぽろぽろホロホロクッキー系よりもパウンドケーキのような食べ応えのあるブラウニーを作る。
 空腹を紛らわせるために作ってた実用的なレシピだ。
 実家では材料がいくらあっても俺が安心して口にできるものは悲しいことに少なかった。
 食べ物で遊ぶなという言葉を大人はなぜもっと早く教えてくれなかったのだろう。
 もちろん俺は遊んじゃない。
 あれが遊びだとも思わない。
 悪ふざけだなんていうなら鬼の所業として語り継いでほしい。
 鬼女は俺の心と体に消えない傷を刻みすぎだ。
 
 思い出したくないので目の前の混ぜるだけになった材料を見つめる。
 材料さえあればサクッと混ぜてはい出来上がりになるブラウニーは神だ。
 バレンタインデーにも大活躍。
 男子校なのに義理チョコが流行る悲しさは今更だ。
 
 鼻歌を歌いながらプリンを作りたい気持ちになった。
 卵が結構ある。
 引きこもる前は日曜日だったわけで大量に買い込んでいた。
 このままだと賞味期限を過ぎてしまうので一気に消費してもいいだろう。
 ちなみに消費期限ならともかく賞味期限は気にならない性質だけど人に渡すことを考えると火を通したものしか出来なくなるので俺は買ったものの賞味期限をキッチンのカレンダーに記入して管理している。
 あまりないことだが万が一にも腐った卵と遭遇したくない。
 誰でも嫌かもしれないが俺にとっては悪夢が両手を広げてくるようなもの。
 腐った卵をぶつけられたり寝ているときに口の中に入れられたり嫌になる思い出は多い。
 生ゴミも害虫も大っ嫌いなので俺のキッチンは掃除が隅々まで行き届いている。
 潔癖症ではないが掃除は苦じゃないので時々、会計の榎原の部屋も片づけてやっている。
 世話焼きでいいやつだが大雑把なので物をなくして、それを探して部屋を引っ掻き回して荒れ放題にする。
 榎原には親衛隊がいるのだから親衛隊の人間にお願いしたらどうなのかと聞いたことがある。
 
『あの子たち私物とってくし』
 
 げっそりとした榎原はかわいそうだった。
 それなりに富裕層が在籍している学園なのに手癖が悪い人間がいるなんて。
 
『きぃーちゃんは……まあ、そうだよね。きぃーちゃんのゴミを漁る度胸のある人間はいないよね』
 
 俺じゃなくても人のゴミを漁るには度胸がいると思う。
 個人情報とかより鼻かんだティッシュとかイヤじゃないか。
 榎原に「ごめんね、すまねえ、コトブキ色のお菓子をおめてください」とメールする。
 ちなみにプリンのことだ。
 すぐに返信が来た。

『もしかして:山吹色のお菓子
 もしかして:こがね色のお菓子』
 
 自分のアホさに笑えた。
 自嘲じゃない本当、くだらないことを笑う誰かに見せるためじゃない自分のための笑い。
 なんで、榎原はツッコミ早いんだよ。
 それも笑いのポイント。
 ちくしょう、ありがとう。
 
『あした黄金色のプリンと小判型のダコワーズ持ってく』
 
 ダコワーズはただの楕円形だとか言っちゃいけない。
 実は金粉を持っているのだ。
 それをちょいちょい盛り付けてやればイイ感じに下品な見た目になる。
 ネタに走るなと言われたらまた別のものを渡そう。
 オムライスを金塊っぽくするのもいいかもしれない。
 俺は食堂ではなく自炊派だ。
 というよりも基本的に信用のならない食べ物を口に入れることが出来ない。
 姉だけの問題ではなく下品な話だが白ジャム関係の嫌がらせは中学の時に何度も味わった。
 精通もまだの俺には意味が分からなかったが博人はめちゃくちゃ切れていた。
 昔から頼りになる奴だ。
 ローストしたアーモンドとクルミを一種類ずつ作るか混ぜてナッツ大増量の気分を味わうか、はてさて。
 ちょっとチョコレート入りだと甘くて食べ飽きるし、ココアパウダーで作ったブラウニーも必要かと思って再度榎原にメール。
 
『わーい楽しみ!! ダブルナッツがいいです!
 頑張った甲斐があったよ! きぃーちゃん大好き。チョコもココアも好き』
 
 クルミやチョコを中心にハートでデコレーションされて文字が埋もれた文面に思わず笑う。
 言うべきか迷いながら俺は「電話いいか」とメールした。
 すると着信あり。もちろん相手は榎原。
 
「俺がかけるってのに」
『いいーのぉ、ってか第一声がそれってないでしょ』
「ご迷惑をおかけして申し訳あり」
『ません!』
「なんで榎原が言う」
『ちがーう! そうじゃないでしょうがぁ』
「プリンは普通の、なめらかタイプ、固い焼きプリンどれがいい?」
『え、そっち?』
「あぁ、カボチャプリンがご所望か」
『もうっ、あぁ〜きぃーちゃんだよ。これがきぃーちゃんだよ』

 電話口で笑っているらしい榎原の吐息が聞こえてちょっと耳がくすぐったい。
 
「はぁはぁ、言わないでください。変質者さん」
『もうもうっ、きぃーちゃんはさぁ、俺はすげぇ心配して心配して』
「海鮮どんぶりおかわりした?」
『ハンバーグ定食ですぅ』
 
 俺と同じぐらいの背格好なのに榎原はよく食べる。
 お菓子も食べて三食しっかり食べるのに運動部ではない榎原。
 確実に将来メタボ。
 
「で、なんだ?」
『きぃーちゃん大好きって思った』
「なんだそれ、告白するのが流行ってんのか?」
『はぁ? 誰かにされたの? え、会長?』
「そんなわけない」
『え、じゃあ……マジで誰だし』
「博人。お前が役員フロアまで連れてきてくれたんだってな。ありがとう」
『あぁー、ヒロヒロは双子従えてるときはオニチクになっちゃうことがあるからぁ』

 オニチクってなんだよ。鬼地区?
 
「博人は鬼を召喚できるのか?」
『まあ、そんな感じ。パーフェクト先輩がいたから安全だとは思ったけど双子といるヒロヒロには出会いたくないわぁ〜』

 パーフェクト先輩というのはハル先輩のことだ。
 なんでもハル先輩は文化的な面でいろんな賞を受賞しているらしい。
 作文コンクールとか書道とかアートとか文部科学省がどうのとかそういうの。
 資格もいろいろと持っていて物理的な力があるあっちゃん先輩と双璧扱いされる。
 二人とも文武両道なので分けて考えるのも変だけど。
 あっちゃん先輩は野生というわけじゃないけれどコミュニケーション能力など含めてハル先輩がとても文化的というのは分かる。
 パソコンの分からないことはハル先輩に聞くのが早いし、説明もわかりやすい。
 あっちゃん先輩は最新機種とかそういうのは無頓着。
 機械音痴ではないけれど二人の得手不得手は綺麗に分かれている。
 
「でも、本当に助かった。先輩たちが来なかったら俺はまだベッドの中だったかも」
『え! 寝込んでたのっ。言ってくれたらお見舞いってか看病に行ったのに』

 心が風邪を引いたとか言って笑える雰囲気じゃないので俺は礼だけ言って話を戻す。

「その、告白だよ。告白っ」
『あ! ねえ、誰?』
「博人だって言っただろ」
『あれってそういう話の流れだったの? え、ってか、ヒロヒロ親衛隊長だよね』
「そうだけど、好きとか愛してるとかそんなの初めて言われたよ」
『はいぃ? えぇー、ないわぁ』
「誰が? 博人が? 博人だって忙しいんだよ。そんな好きっていうタイミングはないだろ」
 
 あの時のタイミングがベストだったのかは俺もわからないけど。
 
『そういうことじゃなくってさ』
「俺、どうしたらいいと思う?」
『悩むのぉー!? そこ、悩むのっ!?』
「悩まなかったら電話なんかしないだろ」
『うーん、急かされた?』
「返事か? 別に」
『じゃあ、次に聞かれた時でいいんじゃない』
「お前、酷いやつだな」
『きぃーちゃんに言われたくないなあ。親衛隊長なんかしてんだからヒロヒロがきぃーちゃん好きなのわかるでしょ』
「いや、ずっと会長のいとこだから世話を焼いてくれてたのかと」
『なにそれ、ヒロヒロかわいそすぎる。もっとヒロヒロに優しくしたげて』
「違うって博人も言ってたし、分かってんだよ」

 分かったのはついさっきだけど。
 
『きぃーちゃんはそういうところあるよね。親切にされて愛されてお礼言ってるから分かってんだと思ったら全然伝わってねえのよ。あわれぇ』
「いろいろと勘違いして人を傷つけてたのか、俺」
『ん〜、ってか、まあ会長が原因だから、きぃーちゃんに言うのが間違いだねえ。ごめんね』
「どういうことだ」
『あの二人はやっぱりいとこだねってこと。目隠しの仕方が上手なの。近くで見てて鳥肌立つぐらい』

 いまいちわからない。
 博人の告白についてどうするのかの答えは出た、それだけだ。
 放置という決定は決定と言えるのかは知らん。
 
『会長はね、おバカさんなんだよ。自分で目隠ししたくせに見てくれないって怒ってる』

「何の話だ?」

『もしかして忘れちゃった? あー、じゃあ会長も忘れちゃったのかあ』
 
 二人ともどうしようもないねと榎原は言った。
 俺が浅川花火とのやりとりで何を忘れているというんだろう。
 
『俺ってエバラじゃん』
「あぁ、俺はアサギリだな」
『あいうえお順で結構一緒の班だったでしょ』
 
 いつの時の話だろう。
 榎原とは中等部のときの生徒会役員として一緒になったのが初顔合わせだと思った。
 
『俺は初等部からずっとこの学園だよ』
 
 この言い方はまさか同じクラスだったとかそういう話だろうか。
 
『クラスは違ってたけど』
 
 なんだよ。
 俺が薄情な奴みたいだ。
 
「ってか、じゃあ同じ班ってなんだよ」
『クラス合同のレクリエーションとか』
 
 それがなんだ。
 
『……わかってない、思い出せないなら、この話題はまた今度』
「おいっ。明日のお昼はオムライスだぞ!」
『あー、じゃあ、オムライス食べながらって事で』

 オムライスであっさり口を割ると思ったが明日回しか。
 まあ構わないけど。
 浅川花火の話題は今更なことだ。
 いや、ハナちゃんと呼んでいたころのことなら知っておくべきなんだろうか。
 
 みんながみんな、浅川花火と朝霧きよらの別れを望んでいた。
 望むというよりも確認を取っていた。
 そのせいで何かが始まるとでもいうように。
 
 なんだか引きこもっていたこともあってピンとこない。
 
「転入生が生徒会役員になるってマジ?」
『ないない。天岩戸を開けるために踊ったんでしょ』

 俺の引きこもり防止策か。
 大成功です。
 
「そっか、じゃあ問題ないな」
『周りがうるさいとは思うけどね』
「ずる休みの代償ですなぁ」
『そっか、ねえ、きぃーちゃんさあ、体調不良ってことにしとかない?』
「あー、休んだ理由?」
『そうそう、その方が穏便でしょ』
 
 確かにその通りだ。
 榎原は意外に知能犯。
 
 見直したと伝えて電話を切る。 
 
 もう俺は立ち直れないと悲観してベッドの中にいた頃が嘘みたいだ。
 振り返ればいい思い出、なんて全然思わないけど俺は過去を振り返り続けたりしない。
 
 俺は新しいけれど、今まで通りの日常に戻ってきた。
 そう思えたのはいつも通りの榎原のおかげで、
 引っ張ってくれた博人のおかげで、
 待っててくれた双子のおかげで、
 約束をくれたハル先輩のおかげで、
 背中を守ってくれたあっちゃん先輩のおかげだ。
 
 弁当のおかず作りには早いけれど、いろいろと仕込むのもいいかもしれない。
 
「機械使わないでパンを焼くぞー」
 
 一人で叫んでテンションを上げる。
 焼き立てパンは朝ごはんだ。
 榎原におすそ分けするのもいいかもしれない。


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