副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  009 副会長は告白された


 生徒会役員に欠員がいるのは書記を務める予定だった三年の先輩が留学してしまったからだ。
 家の事情で急な決定だった。
 それで代わりの人間を選ばなかった理由はたぶん俺だ。
 俺が人見知りをする性質で新しく三年生というのは難しい。
 年上に対して萎縮する俺のことをハナちゃんはよくわかっていた。
 そして、自分の能力の高さも知っていたから別に三人でいいとそんなことを言っていた。
 生徒会役員は実のところ去年から例年と比べて少なかった。
 それも俺の責任だろう。
 
 なら、原因である俺が三日引きこもったことで生徒会としてあるべき姿に戻ろうとしているのなら正しいことなのかもしれない。
 せめて俺が引きこもったのが金曜日で今日が日曜日なら救われた。
 転入生がやってきたのは月曜日夕方であり今日は木曜日だ。
 あぁ、木曜日だからハル先輩がいるのか。
 剣道部は木曜日は基本的に休みで道場の使用禁止。自主練は走り込みなど各自でどうぞという形になっている。
 毎日しないと腕が鈍るという考え方もあるが身体を壊したら元も子もないというのが学園の方針で運動部はみんな練習をしない日を設けている。
 もちろん道場が休みだったりしてもしたいなら好きに素振りでもしていればいい。
 広い学園なので片隅でそういったことをしていて咎める人間はいない。
 
 ハル先輩やあっちゃん先輩は技術とかそういうものよりも精神集中という面が大切らしいのでやるときはやる、やらないときはやらないとしっかりしている。
 俺がこんな状態であるのはハル先輩の精神衛生上よくないのかもしれない。
 明日はちゃんと登校しよう。当たり前なことを心に決めて博人を見る。
 
 いろいろと考えて思ったのが俺は博人をあまり知らないかもしれない。
 親衛隊長とはいえ博人は俺のためになるようなことをしてはくれても逆がない。
 
『親衛隊を作ろうか? あぁ、俺のじゃないよ。きよらのだ』
 
 博人のことが苦手だと思ったことはない。
 けれど、よく分からない。
 浅川花火の活躍に対して葛谷博人は喜ぶところを見ない。
 それが全ての答えかもしれない。
 
 俺の親衛隊を作ると言ったその時に当たり前の疑問として俺は「ハナちゃんのじゃないの?」と聞いた。
 いとこだし、兄弟のように育った二人。俺といない時のハナちゃんは不特定多数に囲まれて賑やかな中にいるか博人といた。
 
『どうして俺が花火なんかの親衛隊を作らないといけないの?』
 
 笑っているのにトゲトゲしい。そのトゲが俺に突き刺さらないなんてどうして言えるんだろう。
 仲が悪いわけではないはずなのに博人の瞳に苛立ちが見える。
 
『あのクズに縋るのがアンタの一番呼吸しやすい方法でしょ。手を差し出されたらその手を取る。求められたら求める。愛されたら愛する。アンタって自分がないんだよぉ』
 
 親衛隊が出来てそうそうに俺を罵ったのは久世橋だ。
 浅川花火の親衛隊を作って今も隊長をしている同級生。
 人気の高い浅川花火の隊長は先輩がなるのが習わしだったけれど久世橋は苛烈だった。
 自分以下の人間に隊長を任せるわけがないと俺なら耐えられない罵倒を自分が隊長をすると立候補した先輩たちに浴びせかけた。
 口が悪い久世橋だけどなぜか俺に対してだけ女口調。
 オカマさんに偏見はないけれど久世橋は女の人になりたいわけではないらしい。
 よく分からないけれど会うたびに嫌味を言わないと気が済まない久世橋のことが苦手だ。
 転入生の口の悪さではなく、あっちゃん先輩の言い方と似ている。
 あっちゃん先輩は口が悪くはないが正論なのである。
 だから耳に痛い。
 
 俺に対してそういう面を見せることはあまりないあっちゃん先輩だけれど風紀で説教というか尋問というか何かやらかした相手と話しているあっちゃん先輩はやっぱり怖い。
 自分が言われたくない人間だから俺は「そこまで言わなくても」みたいに思ってしまう。
 あっちゃん先輩以外の人ならそこまでダメージ負わないかもしれない。
 バカとかいう単純な一言すらあっちゃん先輩が口にしたら言われた人は大ダメージ。
 影響力や存在感がある人というのは大変だ。
 
 それを分かった上でも俺は青白い顔で俯くやらかしちゃった人に勝手に自分を重ねてあっちゃん先輩が怖くなる。
 これはもうあっちゃん先輩があっちゃん先輩であるせいで仕方がない気がするけれど本人は治す気があるらしい。
 どうして自分を変えたいのか知らないけれど俺はいくらでも協力しようと思う。
 でもやっぱり怯えてしまったりする。
 綺麗だけれどその美しさは氷柱のようなあっちゃん先輩。
 ほがらかな春の息吹の具現化のようなハル先輩と正反対すぎる木枯らしと雷を融合したあっちゃん先輩。
 
 あっちゃん先輩のそういう行き過ぎたように見える普通の説教は厳しい祖父母に育てられたせいで鍛えられたというよりも無痛で鈍い精神のせい。人を傷つけるために言っているわけじゃない。けれど、たとえばハル先輩ならもっと間接的でフォローをプラスした言い方をしただろうと思ったりする。
 俺がそれを指摘するとあっちゃん先輩は治そうと努力する。
 悪気があるわけじゃない。
 恐怖の大王として風紀に君臨するのがあっちゃん先輩の望みではない。
 ただ得手不得手はあるものであっちゃん先輩にマイルドさを求めるのは難しい。
 久世橋はあっちゃん先輩のように正論を口にするけれどそれは規則を守れと迫るのではなく如何に相手が愚かであることを証明するかに命を懸けている。
 転入生は常識知らずというか思ったことを口に出さないと死んでしまうタイプ。
 
 なら、博人はなんだろう。
 
 親衛隊を作ってくれたのは俺の安全な学園生活のため。これは成功した。
 博人の言う通り親衛隊が出来てその上、ハル先輩が親衛隊に入ってくれたことにより俺に手を出す人間はほとんどいない。
 ハル先輩に迷惑をかけたい運動部の人間はいないし、ハル先輩を通して運動部の人たちに弟のようにかわいがってもらっている。
 性的な意味はないかわいがり。他人行儀な人も多いけれど雑に扱われるよりはいい。
 
「博人は浅川花火が嫌い?」
 
 急に話題が飛ぶのは俺が良くやってしまうことだ。
 
「俺は……朝霧きよらが好きだよ」
 
 思いもよらない切り返しに俺は絶句した。
 俺が恋をしたいと思ったことを読み取ったのだろうか。
 エスパー博人。
 以前からそんな気はしていた。
 俺がなくしたものを博人が持っていたり、食べたいものを事前に用意してくれたり博人の万能ぶりは目を見張るものがある。
 
「今はそういう話じゃなくて」
 
「どんな話をしたいのか分からないけど、きよら……俺はお前が好きだよ。それがさっきの答え」
 
 どういうことだ。
 俺が好きだと浅川花火を嫌うってことなのだとしたらそれはなんだか頭が痛くなる。
 別々の人間なんだから関係ないだろう。
 俺はそう言おうとして「いつから?」とたずねた。
 今更な話だったけれど博人はいつから俺を好きなんだろう。
 友愛という意味なら会ってすぐというよりも気づいたらだと思う。
 
「一目見た時から」
 
 それはラブだろう。
 恋愛的な意味だ。
 初耳すぎて、さて、俺はどうするべきか。
 
「初対面ってハナちゃんの家で――」
 
 一瞬だけ悪鬼のような顔になった博人は俺が瞬きをする間に普通の微笑みに戻った。
 時々ではあるけれど博人はこういう状態になる。
 なんだか異様に怖いがそれは本当に一瞬で今は普通。
 俺の見間違い、そう思ってしまうような表情の変化。
 
「違うよ。俺ときよらは同じ幼稚園だった」
 
 俺はほとんど幼稚園じゃなくベビーシッターを兼任している家庭教師に育てられた。
 ちなみに女ではなく男だった。
 姉の世話役は女性で甲高い声で怒鳴り散らすヒステリックな人なので苦手どころの話じゃなかったのでそれと比べると俺の世話役はマシだが覇気がなく印象が薄い。今ではよく覚えていない。
 幼稚園には籍を置いているもの通うことは少なかった。
 姉が弟は自分が育てるとよく分からない親切心で俺の幼稚園行きを妨害して日中の俺の時間を独占していた地獄の六歳までの日々。
 小学校は義務教育なので妨害されることはなかったけれど家に帰ってからがつらかった。
 中高のいいところは寮であることだ。
 中学は完全な寮制ではなく家からの通学する人間も半数ぐらいいた。

 そんなわけで同じ幼稚園と言われてもピンとこない。
 幼稚園で一目惚れって高度なギャグだ。笑うタイミングを外してしまった。どうしよう。
 
「一緒に遊んだこともあるんだよ」
 
 覚えていなくて本当に申し訳ありません。
 姉からの解放が嬉しくてウキウキしてた記憶しかない。
 あの頃はやっていいこと悪いことの区別なんかつかない姉に無邪気にいろいろとされたものだから、終わりのわからない痛みや屈辱に怯えつつ幼稚園では好き勝手していた。
 言うなれば外弁慶である。姉が内弁慶なら弟は外弁慶。家の中で強気を見せたら百倍返しされるので仕方がなかった。
 もう今では記憶はあいまいな幼少期。イヤだったことは何度も思い返しているせいかどうしても記憶に強く留まっている。忘れよう忘れようとするたびに何をされてきたのか思い出してしまう。
 
「覚えてなくてごめん」
 
「いいんだ、それはいい」
 
 俺が覚えてないのはよくて、何がダメなんだろう。
 それはいいというからにはそれはダメというのがあるんだろう。
 
「浅川花火を選ぶのだけは許せない」
 
 なんだ、それ。
 
「好きなの?」
 
「きよらのことがね、ここで生徒会長を好きだなんて誤解しないで」
 
 微笑みは綺麗。怖さはない。狂気もない。押しつけがましくもない。穏やかな声。嘘はない。
 なのにどうしてか俺は疑っている。
 自分に向けられる好意を疑っているのか実のところ別の意図があるんじゃないのかと探ってしまう。
 
「きよらが望むなら転入生を生徒会入りさせないなんて簡単だ」
 
 俺は何様なんだろうか。
 でも、生徒会入りはしないで欲しい。
 学園に慣れていないのに生徒会の仕事に口を出されるのはイヤだ。
 
「生徒会長だって同じだよ?」
 
 小さく耳元で囁かれた言葉に俺は博人の真意を知った。
 博人は浅川花火を生徒会長の座から引きずり降ろしたいのだろう。
 それに俺を利用しようとしている。
 今まで優しかったのもそのためなのだとしたら悲しい。
 
「勘違いしないで、俺は君を愛している。これからするのは環境づくりさ」
 
 俺の居心地のいい場所を作るための行動だと博人は言う。
 ハル先輩は何も口を挟まない。
 双子は何か考えてはいるらしいけれど空気を読んで黙ってる。
 
『あのクズにアンタをやればアンタの狭い世界は安泰でしょうね』
 
 久世橋の声を思い出す。女性にしては低いけれど男にしては高いハスキーボイス。
 小奇麗な顔だからこそ浮かべる微笑みは魔性。
 
『でも、間違えちゃダメ。あのクズはアンタのためには動かない自分勝手なクズなの』
 
 葛谷博人、いつからか久世橋は博人のことをクズと呼ぶ。
 ヒドイあだなだと思った。
 博人は俺に親切だというのにどうして久世橋は博人をクズ扱いするのだろう。
 
「大丈夫、いつも通りきよらは目を閉じて待っていればいい」
 
 いつも通りって何の話だ。
 何も知らなくていいと笑う博人をハル先輩は厳しい目で見た。
 耳の奥で久世橋の笑い声が聞こえる。それは姉の不快な甲高いものではなくどこか自嘲じみていた。
 


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