008 副会長は唖然とした
「学園は……どんな感じ?」
俺の親衛隊長である博人は人をまとめているからこそ情報通だ。
知らないことは博人に聞けというのが昔からの決まり。
自分で情報収集などまずもって無理。
俺には親衛隊以外に友達はいない。
会計の榎原は友達だと思うけれど一定以上近づけない。
榎原は親切で優しく世話焼きだけれど榎原といるとハナちゃんは不機嫌になることが多かった。
どうしてなのか分からないけれどハナちゃん第一主義を地味に掲げていた俺は役員としてではなくプライベートで榎原と遊びに行ったことなど片手で数えるほどだ。
今は浅川花火を気にせず榎原と遊んでもいいだろう。
恋はともかく榎原と友情を深めるのは悪くない未来案。
けれど、俺の未来計画は俺の浅はかな行動でやる前に壊れた。
今更過ぎるけど俺は引きこもっていた。
生徒会副会長が引きこもるという珍事に学園の生徒がどう動くのか全然まったく分かっていない。
「会長が仕事をしていないのではという話が出てる」
あの働き者のハナちゃんがまさか。
生徒会長浅川花火はワーカーホリック。
趣味が仕事の根っからの仕事中毒者。
家の仕事もやっている仕事好きがまさかの休暇とか俺はビックリです。
「この三日、生徒会室に会長が行かず転入生と一緒にいるのは確実な話で生徒会は会計だけが仕事をしている、それは事実だ」
博人もいとこだから浅川花火の性格は知っている。
その上でこういうということは事実なのだろう。
信じられないけれど。
「転入生を生徒会役員にするという話も出ている」
意味が分からない。
いや、会長と副会長と会計だけってのは無理だからってのは分かる。
書記や庶務、補佐なんかいるはずの役職が余ってるのは公然の事実で次の役員決めまで空席でいいのかってのは俺だって生徒会長浅川花火に言ったけど。
「なんで、転入生を?」
学力ではなく人徳とかそういう面が生徒会役員には必要だと思う。
生徒会が決定したことに反発があってはたまらない。
あの人がそう言うなら従うっていう空気がないといけない。
だからこそ、浅川花火は一年で生徒会長を務めたのだ。
去年の生徒会長候補の先輩よりも格が上だと思われた。
浅川花火ではなく既定路線の繰り上がり生徒会長では不満が出ることが確実、そんな空気があったからこそ生徒会長は浅川花火だったのだ。
もちろん人気投票で一位であったのも理由の一つだけれど浅川花火から断られたという形で生徒会長は先輩で浅川花火は他の役職や補佐でもよかった。
そうはならずに浅川花火が一年で生徒会長だったのは浅川花火という人間なら自分たちの上に立ってもらいたいと思う人が多かったから。
来てそうそうな転入生が人望など見せつけられるのだろうか。
あっちゃん先輩のような一目見て分かる超絶な存在感があるわけでもない彼。
思い出せるのは姿勢の良さと身長の高さに反して前髪と眼鏡で表情が読み取りにくい奇妙さ。
人の容姿について評価をするのは苦手だけれど体のバランスの良さと髪の毛の無造作な状態がアンバランスすぎて眼鏡という名の仮面を被っているような気がした。
どんな瞳でこちらを見ているのか分からなくて怖くて引きつった笑いを彼はやめろと言った。
「生徒会長の独断で役員を決めることはできないけれど補佐なら可能だ」
それは転入生を生徒会に入れる理由になってない。
浅川花火が出来る権限を使ったと言われても納得いかない。
俺は副会長を辞めないのだから俺の今後に関わる。
「それは会計の榎原は納得してるの?」
博人は首を横に振る。
そりゃあそうだ。
「だから、お前に戻ってきて欲しがってる」
俺が副会長なのに引きこもったりしたから榎原に迷惑をかけている。
生徒会の話なんか榎原はしてこなかった。
俺の体調や精神面を心配してくれた。
シャワーを浴びて気持ちの整理もしてすっきりしていたせいでお腹が減ったのに胃が重くなる。
人に迷惑をかけるのはつらい。
「これは親衛隊長としての言葉じゃない。葛谷博人として聞くが、今後どうする?」
温厚な表情。擬音で言うとほわっとする王子様フェイスが葛谷博人。
浅川花火が男前俺様王様だとすると博人はキラキラ王子様。
髪の色は染めずに焦げ茶色。瞳の色は灰色がかっている。
顔は似ていないし名字も違うので浅川花火といとこだと知らない人もいるかもしれない。
「どうって……副会長をやってくよ」
博人は王子様だけれど剣も持ったことがないひ弱な坊ちゃんじゃない。
カボチャパンツで白タイツを履くような王子様ではなく指揮官として兵を引っ張っていくようなカリスマギラギラ王子様。
どんな野望を博人が持っているのかは知らないけれど時期を見て下剋上する系の人間に見える。
これも俺の疑心暗鬼が見せる勝手なイメージだろうか。
「親衛隊長としては隊員に説明義務がある」
息苦しい。
ミネストローネが遠のいていく。
話しているから食べられないとかそういうことじゃない。
食べたくなくなっていく。
「会長の勝手を許していいと思う?」
あっちゃん先輩が俺に副会長を辞めるか聞いたけれどそれとは少し違う。
博人は俺を見ているようで見ていない。
それは昔から感じてた。
ハナちゃんがハナちゃんで博人が博人と呼ぶのはその距離感から。
あっちゃん先輩は相当近いのかと言えばちょっと違う。
ハナちゃんもそうだけれど荒療治。
俺は人に近寄るのが苦手だから呼び方から入る。
ハナちゃんはハナちゃんと呼ぶようになって近づいたと思うし、あっちゃん先輩もそう。
ふざけた呼び方をするなと怒られると思ったけれど二人とも気にしてない。
ハナちゃんは俺以外にハナちゃんと呼ばれると怒るし、あっちゃん先輩をあっちゃん呼びする人は見たことがないので俺専用。
ハル先輩もたぶん俺しかハル先輩と呼んでいない。
みんなハルタ、ハルタとハル先輩を呼ぶ。
名字みたいに呼ばれる晴太という名前。
実のところハル先輩がハルタと言われて同学年にいる治田先輩を連想して微妙らしい。
だから俺はハル先輩をハル先輩と呼ぶ。
双子は三学年でも目の前の双子しかいないので双子だ。
「勝手ってもう承認申請終わってるの?」
俺が引きこもって三日。
それだけで事態が動きすぎている。
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