副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  007 副会長は開き直る


 結局、十五分どころか一時間近く待たせてしまった四人を部屋に招き入れる。
 謝りながら俺はちゃんと風呂に入ってよかったと思った。
 博人と双子に抱き付かれたのだ。
 スキンシップの激しい三人。
 ハル先輩はそれを見て笑っている。
 いつものことだ。
 
 
 双子はホッとした顔で「マイペースすぎだよっ!」と泣き笑い。
 博人は冷めてしまったミネストローネを温めると言ってキッチンに向かった。
 三人の反応がいつも通りで俺は安心した。
 微笑みながらハル先輩が「仕方がないな」なんて許してくれている気配。
 剣道部はいいのかとか本当に問題はないのかとか聞きたいことは山ほどあるけれどハル先輩の前では全部些細なこと。
 笑って「気にするな」で済ませてくれるのがハル先輩。
 
「髪はちゃんと乾かさないとダメだ」
 
 ハル先輩はそう言ってドライヤーを持ってきた。
 座っているように言われてそのままハル先輩に髪の毛を乾かしてもらうというヘブン。
 双子がリンゴジュースを持ってきてくれた。
 これがお姫様扱いってやつだね。
 俺のテンション急上昇。
 ここが天国かと騒ぎたい俺にハル先輩は笑顔で動かないように指示を出す。
 実はハル先輩は凝り性だ。
 これと決めて打ち込んでいるのを邪魔されると怒りが半端ないらしい。
 そういう時は鬼モードとか言われている。ちなみに俺は見たことない。
 あっちゃん先輩は常に鬼神と言われて取り扱い注意な烙印を押されているけれど優しい。
 きっとあっちゃん先輩が着ぐるみだったらモテモテになったはず。
 
「いや、着ぐるみでも冷気が漏れるか」
 
 呟く俺に双子がクッションをそれぞれ抱きかかえながら「どうしたの?」とそれぞれ反対方向に首を傾げる。
 隣り合って座っているから頭を傾げるのを外側にしないで内側にしたら頭はごっつんこ。
 でも、そうなっている双子は想像できない。
 右足と左足を同時に前に出すことがないのと同じで二人がぶつかることはないのかもしれない。
 想像して急に笑い出す俺に三人の頭にはてなマークが浮かんでいそうなのもなんだか気分がいい。
 説明を求める視線なんか無視。
 何も教えてあげない。
 
「きよら、何かすっきりした顔してるな」
 
 ドライヤーをとめて俺をのぞき込むハル先輩は嬉しそう。
 布団の中でくぐもって何も飲んでないひび割れた声を聞かせてしまったのだから心配はさせていただろう。
 とくにハル先輩は優しいから自分の周りの傷ついている人間に敏感だ。
 疲れたらハル先輩のところにいって活力を補給するなんていう人は多い。
 迷ったらハル先輩に相談なんていうのは運動部どころか三年生の常識。
 人望に厚いハル先輩。人徳に恵まれるハル先輩。
 超人とはあっちゃん先輩ではなくハル先輩だと思う時が多い。
 物理的に難しい壁をあっちゃん先輩は簡単に越えられるようだけれどハル先輩は語学も堪能だから人種の壁を超えるのが上手い。
 人の懐に入り込むハル先輩はいつも眩しい。
 ゲイではない人が親衛隊に入ることに理解を示さない人も多い。
 けれど、ハル先輩に侮蔑をぶつける人はいない。
 もし、ハル先輩が俺のことを恋愛的な意味で好きだとしても誰も怒ったりしないだろう。
 それが人徳ってやつ。
 俺はそして気が付いた。
 頑張る必要はないとあっちゃん先輩に言われて肩から力が抜けてじゃあ、どうしようかって。
 俺は副会長を頑張らないといけないと思ってた。
 ハナちゃんの隣にいて恥ずかしくない人間にならないといけないと強迫観念すらあった。
 
 だって、仕方がないじゃないか。

 俺の世界に味方というのがそもそもいなかったのだ。
 この学園で生活していくうちに信頼できる人はできてきたけれど、やっぱり俺は自身のなさから相手の気持ちを疑ってしまう。
 怖がりな俺を俺は治せない。どうしても優しく微笑んで大人と受け答えしながら俺の足を踏みつける姉の姿を思い出す。
 底意地が悪いとか外面ばかりいい内弁慶なんていうのは今だから思えることで踏みつけられているときは自分の何が悪かったのか考えていたし周りはどうして気づかないのか疑問だった。
 人の二面性や汚さなんていうのはあえて語るまでもない生まれた時からずっと馴染み深いものだからこそ俺は誰かを深く信用することを避けていた。避けるというよりもできなかった。
 ハナちゃんは俺の用心深さを打ち砕いたけれどそれは俺が勝手にハナちゃんに懐いただけで浅川花火にとっては不要だったのだろう。
 俺のこの失望感は失恋に似ているけれど本当の失恋とは違う。
 恋より依存が強かった感情は訣別するとよくわかる。
 ハナちゃんに肉体関係を迫られたのなら断らなかっただろうけど俺から願うことはきっと一生ない。
 どうしてかといえば俺は隣にいるだけで満足でそれ以上を求めない。
 プラトニックなのかといえばそうじゃなくて恋愛というのが正直な話よく分かっていない。
 政略結婚するんだと思っていたし、小学校は共学だけれど中学は共学という名の女子は別校舎。
 高校では完全男子校なここにいて恋愛ってなにさ。
 
 だから俺は決めた。
 
 あっちゃん先輩は頑張らないでいいと言った。
 好きなように生きていい、後始末は任せろと頼もしいお言葉。
 つまり俺はあっちゃん先輩が卒業まで自由を手に入れたと思っていい。
 もちろん最初から迷惑をかけることが前提なのはよくないけれど、あっちゃん先輩にはお疲れ様のお菓子を渡しに行くとして、俺は決めた。
 
 恋をしよう。
 
 恋人を作ればいい。
 俺は俺をうまく大切にできずに自信のなさからどうしても俯いてしまうから誰かを愛そう。
 自分じゃない相手なら俺は割と簡単に好きだと思える。
 好きな相手の顔を見れないのは嫌だから俯かずに顔を上げる。
 寄りかかるような依存ではなく、心の中をあたたまる生活の指針になるような恋。
 誰かのために何かをすることは俺は苦ではない。
 強制されていた日々は苦痛しかなかったけれど、やりたくてやるのは気分がいい。
 
「目標が決まったので気持ちが落ち着きました」
 
 ハル先輩は分かったような分からないような曖昧な笑みを浮かべてトマトジュースを飲んだ。
 実は料理に使う用のトマトピューレもどきなのでそのままで飲むのはつらいのではないのかとグラスを見つめていると博人が温めたミネストローネと食器一式とは別に細長いスプーンと塩を持ってきた。
 ハル先輩に渡すと塩を振りかけてトマトのかたまりをスプーンで食べだした。
 トマトとバジルのシャーベットを作るのもいいとそれを見て思った。
 レモンを絞って甘くないさっぱりとした口あたりは冷製パスタに添えてもいい。
 
「俺に必要なのは開き直りだとあっちゃん先輩のおかげで悟りました」
 
 あっちゃん先輩は頑張る必要ないと言ってくれた。
 ならば俺は楽をするべきだ。
 楽しいことをする。
 剣道部の大会にはあっちゃん先輩も参加するのでちゃんと応援しに行く。当たり前だね。
 心配してくれたのは目の前にいるハル先輩だけではない。
 気合を入れて応援に行こう。
 
 無理に恋をしなくてもいい。
 青春っていうのを楽しむのも大切だ。
 
 明日に朝から頑張っているだろう風紀の皆さんに差し入れするのも青春だ。
 風紀の一年生にも面倒をかけてしまった。
 今後もまたメールをすることになるので前払いとして何かを作るのはいいはずだ。
 俺のレパートリーからするとブラウニーやパウンドケーキになってしまうけれど、ちょっとした休憩中につまむならちょうどいい。
 
 姉の作ったものなんか絶対に口に入れたくなかったし、微妙な味のものは姉に「なにこれ、ゴミ?」と容赦なく捨てられてきたので料理や菓子作りはそれなりだ。
 自分が食べることを中心なので生クリームでデコレーションなケーキはあまり作ったことはない。
 生クリームは日持ちがしないし床に叩きつけられた時、掃除が大変で絶対に作らないと決めた。
 時々はロールケーキやガトーショコラに生クリームを添えたりするので生クリーム不足には陥っていない。
 
「秋津と話をしたのか。なんて?」
 
 ついさっき電話しましたなんていうのは言いにくいので黙っておく。
 部屋の外で待たせておいてあっちゃん先輩と電話してたなんて酷い。
 
「頑張らないで楽に生きようみたいな」
 
 違ったかもしれないけど要約するとそんな感じ。
 俺はそう感じたからそれでいい。
 一年生の副会長として舐められないように去年から肩に力を入れすぎていたかもしれない。
 
「あっちゃん先輩が後始末するから気にしなくていいって」
 
 後始末って具体的に何だろう。
 俺が何をすると思ってるのかあっちゃん先輩の思考は謎だ。
 
「へえ、想像以上に事態は悪い方向に進んでいるんだな」
 
 ハル先輩は一人で納得して頷く。
 どういうことだろう。
 
 誰にとって悪い方向なんだろう。
 

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