副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  005 副会長と親衛隊副隊長の約束


 
 
 格好いい人として俺の頭の中で浮かぶのは浅川花火ではない。
 
 誰かと言えば実は二人いる。
 
『きよら』
 
 聞こえた声に俺はベッドから転がり落ちた。
 頭の中で思い浮かべた「格好いい人」の声だった。
 低く落ち着いた声。彼の声は春先のおだやかな小川のせせらぎを思わせる。
 耳に心地よくずっと聞いていたい声。
 安眠に最適の声と勝手に決めた声。
 釣鐘晴太、ハル先輩。
 三年の剣道部主将であり俺の親衛隊の副隊長をしてくれているイケメンといよりも格好いいという表現が似合う人。
 爽やかで温和な雰囲気の彼は必要以上に他人に立ち入らない。
 面倒事を好まないというよりは立場上なにかに巻き込まれるとマズい人。
 ハル先輩を前にすると気安い空気に忘れてしまうけれど、学園で一番大物だ。
 
『来週……というか日曜日に剣道部は大会がある』
 
 知っている。
 俺も楽しみにしていた他校との交流会。

 先輩が、あっちゃん先輩はもとより、彼がハル先輩が出る試合。
 応援に行くのが俺の義務であり権利。
 ベッドから落ちたまま俺は玄関のカメラが映している来客を見る。
 モニターには博人と双子とハル先輩。
 四人の大所帯で役員フロアに来たなんて口うるさい誰かが知ったら嫌味を言われる。
 けど、嬉しい。
 俺を心配してきてくれた四人。嬉しくて泣く。
 
『俺はいつものようにお前に応援に来てもらいたい』
 
 何かをハル先輩が求めるのは珍しい。
 欲しがらず与えるタイプの人だからこそみんながハル先輩のためにいろいろとする。
 そういう人との関係の仕方があるのだと少し驚いたものだ。
 ハル先輩は人を助けられる人であり人から助けてもらえる人。
 暗黙の了解、明文化されていない当たり前がある。
 
 ハル先輩の近くに騒動はない。

 ちょうどいい妥協点のようなものを見つけるのが上手く、人の感情を落ち着かせるのが上手かった。
 他人をよく見ているからかもしれない。
 みんなが「ハル先輩が言うなら」と納得するのだ。
 ハル先輩が持つ肩書きはおまけみたいなものでハル先輩のすごさは人格や人柄の良さだ。
 何をしても嫌みがなく優しさがある。
 同じ人間なのか疑うほど完璧すぎる人だ。
 
 ハル先輩は俺の親衛隊の副隊長だけどそれは無理やりお願いして収まってもらってる席。
 中学どころか小学校からずっとハル先輩は剣道部の主将。
 実力的にはあっちゃん先輩を推す人もいるらしいけれど、あっちゃん先輩は副主将。
 それは絶対に譲れないことらしい。
 ハル先輩が村人に愛される村長さんならば、あっちゃん先輩は民衆に支持される王様。そういう隔たりがあるから今の状態のほうが剣道部にとってはいいかもしれない。
 今は特に風紀委員長としての仕事に比重を傾けているので部活のことはハル先輩頼み。
 あっちゃん先輩の内心を考えると少しだけ複雑になるのはきっと俺がハル先輩をとってしまっているからだ。
 風紀委員会にハル先輩が所属していたのなら、あっちゃん先輩は剣道部と同じように副委員長を務めていたかもしれない。矢面に立つのが嫌なわけでも補佐が向いているわけでもないのに自分よりも適任だと思えば、あっちゃん先輩は席を譲る。
 委員長という位置を軽んじているのではなく適材適所に人を配置することの重要性を知っている。
 自分よりも優れた人間がいればあっちゃん先輩は迷わない。
 
 だから少しだけ考えることはある。
 俺がハル先輩ではなくあっちゃん先輩に親衛隊に入ってほしいとお願いしていたらどんな未来になっていたのかと想像する。
 それはありえない未来だけど優しいあっちゃん先輩を見ていると考えてしまう。
 ハル先輩も優しいけれどあっちゃん先輩とは根本的な部分が違う。
 あっちゃん先輩はメリットデメリットを考えない。
 普通の人は損得勘定をするけれどあっちゃん先輩にはそれがない。
 ただひたすらに優しいから自分のマイナス分を考えたりしない。
 ハル先輩は普通の人。優しくて穏やかで居心地がいい空間を作るのが上手。
 だから俺はふと怖くなる時がある。
 俺がいつかハル先輩にとって不利益をもたらすものになったらハル先輩は俺から離れていくだろう。
 今年で卒業する先輩に対して俺の不安を口にすることはきっとないけれどハル先輩が俺を嫌いになる日が来るのは怖い。
 浅川花火とは違う。ハナちゃんは俺を引っ張っていくことが好きだった。ヒーローである自分が好きだ。だから、ハナちゃんと俺の関係は変わらないはずだった。
 引っ張られて流されるのに安心するような俺と自分で何もかも決めて突き進むのが好きなハナちゃん。
 ハナちゃんは他人を煩わしいと思うけれど一人は嫌いなので俺が隣にいるのを良しとしていた。
 けれど、その日々も終わり。
 ハル先輩が俺の親衛隊にいる日も終わるのだろうか。卒業を前にして離れてしまうのだろうか。
 想像だけでもつらすぎる。
 世界が壊れてしまったようなハナちゃんへの気持ちとは違う生々しい恐怖。
 だって俺はハナちゃんに見捨てられても本当のところ世界が壊れないことを知っている。
 餓死する前に誰かに病院に連れて行ってもらえると期待してる。
 俺の卑怯なところを知ってまた世界中が俺を嫌うんだろう。
 笑えないのに笑ってしまう。
 
 
 
 中学の俺は先輩たちにあらゆる意味でかわいがられていた。
 自覚は実のところなかった。
 意味が分からなくて翻弄されていた。
 イヤだと伝えるのが不十分な俺が悪いのかと思っていた。
 被害者である自覚が足りないと博人に言われた。
 博人は昔から俺に小言を言うけれど解決策もくれるので嫌いじゃない。
 
 中学に進学して一か月、空き教室や階段下、人気のない廊下などで押し倒されたり体を触られることは日常だった。
 最後までなんてもちろんなかったけれど性的な接触が俺は気持ちが悪くて嫌だった。
 ハナちゃんがそばにいる時は絶対にちょっかいは出されない。
 それでも四六時中一緒にいるなんてできなくて、そのうち最悪な状況になるかもしれないと博人は俺の親衛隊を作った。
 そして、俺に危害を加えないけれど力がある人間として釣鐘晴太、ハル先輩を親衛隊に入れるように博人は言った。
 ハル先輩は剣道部の部長を務めていて横のつながりが強い体育会系な部活に顔が利く人だ。
 おだやかだけれど力強くみんなに慕われるハル先輩。
 最初はハル先輩も俺の親衛隊に入ることを了承はしなかった。
 そりゃあそうだ。ハル先輩にメリットがない。
 だから、俺は俺の親衛隊の在り方を決めた。
 
 朝霧きよらの親衛隊に所属した人間を親衛隊員みんなで応援する。
 
 ハル先輩が剣道の大会に出るのなら差し入れも応援も朝霧きよらの親衛隊の仕事。
 他の部活動に参加している親衛隊員にもスケジュールが合う限り応援に行く。
 何か試験を頑張っている隊員がいたら結果をドキドキしながら一緒に待ったりする。
 親衛隊というよりも友達だった。家族だった。
 人と付き合うのが苦手な俺だけれど少なからず俺のことを好きだと親衛隊に入ってくれた人との交流は気楽だ。
 俺がいなくたって親衛隊のみんなは構わないんじゃないのかと思うこともある。
 俺なんか邪魔じゃないのかと思う日は多い。
 愛してくれる、必要としてくれる、そんな人がいるって分からない。
 
『大変なら無理にとは言わない。疲れたのなら休んでいて構わない』
 
 声音はやわらかく落ち着いている。
 
『ただ、顔を見せてくれるなら嬉しい』
 
 はにかんだような表情に顔面に血が集まる。
 モニターなど見なければよかった。
 先輩に失礼があってはいけないとかそんな気持ちからつい目を合わせようとモニターを見てしまったけれど失敗した。
 ハル先輩はその姿勢と同様に在り方が真っ直ぐな人だ。
 顔が熱くて身悶えている俺に気づくはずのないハル先輩は「部屋に入れてくれるか?」あくまでも爽やかに口にした。
 そう、ハル先輩は意外に強引だ。
 けれどそれに嫌味がない。スマートである。
 いつも何も考えずに俺はうなずいてしまう。
 が、ダメだ。今はダメだ。
 
「あ、ちょ……ちょっと、十分、いや十五分待ってくださいっ」
 
 思わずベッドの上に上がって土下座してしまう。
 誰も見てないのに受話器に向かって頭を下げる。
 
『着替えてないとかそんなことなら気にしない』
 
 ずっと引きこもっていたので実は制服だ。
 帰ったその時のままの俺なので皺だらけのシャツだけなので制服と言っていいのかも微妙。寝っ転がる時にブレザーやベルトを外してズボンは脱いだ。
 風呂にも入っていない状態でハル先輩や双子には会えない。
 博人は気にしない気がするけれど、だらしない姿をできたら見せたくない。
 
 俺の中で格好いいという枠組みにいるハル先輩に幻滅されたら本当に生きていけない。
 軽くシャワーを浴びてからじゃないと顔を合わせられない。
 
「いえ、ほんと、すみません。待っててくださいっ」
 
 落ち込んでぐだぐだしていたのが急浮上。
 俺はきっとバカだ。
 嫌な記憶に落ち込んでてハル先輩の応援に行けないなんてバカげてる。
 俺が本当に嫌なのは何もできないことだっていうのに。
 

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