004 副会長は親衛隊が大好き
生徒会役員と委員会に所属する幹部数名は特別扱いとして部屋が上層階で固定されている。
部屋に行くにはエレベーターで指紋認証かカードキーと毎月配布される五桁のパスワードが必要になる。
役員用の居住区が特別なのは過去にストーカーや待ち伏せなどの被害が多く出てセキュリティ関係の家の人間が在校生におり役員たちが私財を全力投入したせいだ。
つまり学校の設備というよりも卒業生の栄光の一つがこの役員フロア。
過去の役員が寝る場所は静かにしたいと思ったからリフォームによって完全防音になっていたり部屋によっては個別のセキュリティシステムや鍵が多かったり部屋が多かったりするらしい。
卒業する際に元に戻すべきなのだが、うっかりしたり変更されている部分が便利だったりするのでそのままになっているのが現状。
会長の花火、会計の榎原の部屋にはそれぞれ入ったが俺は間取りの違いが判らなかった。
そもそも家具が入っているせいで部屋の雰囲気は違うので判断がつかない。
ただ副会長の部屋とされている自分の部屋との違いは丸わかりだ。
防音性が高い寝室のせいで来客に気づかないことを考慮してかインターホンはベッドから手を伸ばすと届く場所にある。
カメラもあるので誰が来たのかも見える。
きっと以前の副会長は朝に弱い人だったのだろう。
なかなか起きないから起こしに来てくれる相手がいる。
そうじゃなければチャイムの音がこんなに大きく設定するはずがない。
寝ていても目覚めて受話器を取らなくちゃいけない大きさ。
まあ、寝室から出ればやかましいチャイムの音ともおさらばだけど俺は起きたくない。
「…………はい」
起き上がらなくても受話器を取って対応ができるならそちらを選ぶ。
喉がかれている。
ひび割れた声に息を飲むような音が聞こえた。
誰がいるのか分からない。
役員の誰かだと頭の端では分かってる。
浅川花火が俺の知っているハナちゃんであることをまだどこかで信じてる。
そんなわけないのに。
『きよら、大丈夫か?』
浅川花火の次に馴染みのある幼なじみの声。
葛谷博人。
生徒会長である浅川花火のいとこであり、副会長親衛隊をまとめる人間。
俺の親衛隊長ではあるが役員フロアに入ることはできない。
それなのに居るというのは異常事態。
役員と一緒なら出入りは可能だとはいえ何かがあった場合、いらない迷惑を被る。
セキュリティを簡単に潜り抜けていいわけがないのだから警備から厳重注意を受けることも考えられる。それなのに博人がここにいるのは俺のせいだ。いや、俺のためだ。
そう思っていい。
浅川花火のいとこだから俺の親衛隊長をしていてくれるのだと思っていた。
浅川花火のいとこだからハナちゃんの親友の俺に優しくしてくれているのだと思っていた。
その程度の義務感ならここに来るような面倒はしない。
放っておけばいい。
俺が授業に出ようが出なかろうが放っておけばいい。
寮に引きこもって何もする気がないと落ち込んでいても知らんぷりでいい。
それなのに博人は俺を心配してきてくれた。
メールの返信もしない俺に会いに来てくれた。
『ここまで会計に連れてきてもらった』
会計の榎原にも迷惑をかけている。
心配してくれているのはメールからわかる。
昼にご飯を食べているかとメールが来た。
もちろん食べてない。
ベッドの上から動きたくない。
世界から見捨てられた俺に価値はなく人から心配されるような存在じゃない。
普通に生きていこうと思ったのが間違い。
おこがましかった。
みんなの優しさに甘えていた。
親切にされていることに慣れすぎていた。
誰も責めたりイジメてこない環境が居心地よくてそれが当たり前だと思ってしまった。
違う、間違いだ。
人は自分の居場所は自分で作らないといけない。
俺はその努力を怠っている。
寝ている方が楽だから。
現実を直視するのが怖いからベッドから降りない。
このまま餓死してもいいぐらいに世界が怖い。
部屋の外には侮蔑と嘲りが満ちていて俺に襲い掛かってくる。
それが妄想とは思えない。
浅川花火は俺のこういった卑屈で暗い思考に嫌気がさした。
浅川花火がそうなのだから他の誰でもそうだろう。
だってあんなに優しかったハナちゃんが俺を遠ざけるようなことを言うほどにうんざりしていた。
甘えきって気づかなかったからこうなった。
みんな俺に呆れて嫌ってる。
本当は最初から気持ち悪い役立たずだと思っていたのかもしれない。
それに気づかないで笑ってた。
違うな。
浅川花火さえ味方であるなら他人からの攻撃は痛くなかった。気にならなかった。
その依存は気持ちが悪いものだろう。
自分で立っていないのは情けない弱虫。
『ご飯は?』
「…………たべてない」
だって必要ない。もう、死ねばいい。俺なんか死ねばいい。
マイナス思考に拍車がかかり、やけっぱちの自殺願望。
消えてなくなれば楽になれるなんて夢見てる。これはただの現実逃避。
『親衛隊のみんなでお弁当作った。きよらが好きなアボカドのサンドイッチだよ』
博人が優しいのはどうしてだろう。
俺の親衛の隊長だから義務だろうか。
『サンドイッチが食べられないならミネストローネスープを作ろうか』
ミネストローネは俺の好物。
親衛隊のみんなといっぱい作って胚芽パンと一緒に食べた。
サラダのドレッシングは手作りしてデザートのゼリーは三段重ねの手間をかけた。
三層のゼリーは綺麗で特別で写真を撮ってハナちゃんにも自慢した。
楽しかった。美味しかった。みんな笑ってた。
トマトが嫌い、ペンネが苦手、そんなことを言っていた親衛隊員も美味しく食べてくれていた。
俺と一緒に料理できたのが嬉しかったと笑っていた。
みんな優しくてあたたかかった。
鼻の奥がツンとする。
「みんな……親衛隊のみんな、は……元気?」
俺のせいでイジメられたりしてないだろうか。
副会長の親衛隊で恥ずかしいと感じてないだろうか。
申し訳なくて涙がこぼれてきた。
浅川花火の言葉にショックを受けて生徒会室の前で俺は立ち尽くしていた。
風紀委員の一年生に寮まで送ってもらいながら訳が分からないまま口を滑らせて泣いたがあれは思わずという感じで身体が勝手に涙を流した。
今は違う。心の亀裂から何かが漏れていくように涙が流れる。
「おれ、のせいで……嫌な思い、してない?」
俺を慕ってくれて、俺を思ってくれた親衛隊員に申し訳がない。
泣き出したら嗚咽は止まらなくなった。
『きよら様!』
『副会長様っ』
元気のいい男にしては高い声。似たふたつの声。
親衛隊員の双子の声だろう。小柄でかわいい彼らは同い年なのに中学時代で時が止まったようになっている。中学からずっと親衛隊に所属してくれている。
生徒会役員の誘いを俺の親衛隊に居たいということで断った彼ら。
本当は俺なんか好きじゃなくて生徒会に入りたくないから親衛隊に入っているんじゃないのかと心のどこかで思ってた。
でも、その程度の繋がりなら今ここで声がするはずがない。
『親衛隊を代表して言わせてもらいますっ!』
『役立たずの隊長はポイポイして言っちゃいますっ』
博人と双子が部屋の前にいるのかと思うとなんだか笑えた。
心配されることが嬉しいなんていう性格の悪い俺。
手探りでティッシュを引き寄せて鼻をかむ。布団の中でこもっているから暑い。
それでも、出られない。
三人がどんな顔をしているのか顔を上げればカメラで分かるはずなのに俺はできない。
『おれ達はきよら様が一番大事なんです!』
『おれ達は副会長様が楽しく笑ってくれたらそれでいいんですっ』
一息おいて揃って「おれ達はあなたの親衛隊ですっ!」と双子は言った。
『迷惑なんていくらでもかけてもらって構わないし!』
『叶えてほしい願い事をいくら言ってもらってもいいっ』
そしてまた揃って双子は言う。
『だってあなたが好きだからっ!』
苦しくなる気持ちの種類が変わる。
今までわかっていなかった。
それはとても失礼なことだと気づいた。
俺は何もわかってなかった。
好きだといくら言われても俺は信じない。
俺の何が好きなのかわからないからだ。
顔の造りが他人と比べていいと言われても鏡で殴られた思い出のせいで自分の顔は直視することが少ない。
写真で見ても何も思わない。
浅川花火は格好いいのかもしれないがよく分からない。
でも、みんなが格好いいと生徒会長に浅川花火をしたのだから格好いいのだろう。
俺にとってハナちゃんの格好よさは決断力と優しさだった。
顔はどうでもよかったから考えたことがない。
格好いい人として頭の中で浮かぶのは浅川花火ではない。
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