副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  003 副会長は引きこもり気質のネガティブさん


 俺はバカだ。わかってる。
 寝てても何もいいことなんかないし、後悔と気分の悪さだけが圧し掛かってくる。
 時間が経てば経つほどに取り返しがつかなくなる。
 わかってるのに動けない。
 何も考えたくない。逃げたい弱虫だ。
 
「たすけてよ」
 
 誰も助けてはくれない。
 人生なんてそんなもの。
 ずっと苦しいまま生きてかないといけない。
 
 
 思考がどんどんマイナス方面に落ちていく。
 引き上げてほしい。
 他力本願な気持ちのままに目をつぶって布団を頭まで被る。
 なんて情けなく恥ずかしい人間なんだろう。
 このまま大人になんてなれない。
 昔から何も変わってない。
 子供のままで強くなれない。
 
 いっそ死んだほうが良いのかもしれないとまで思い詰めてしまう俺は本当のバカ。
 バカなこと考えてんじゃないと軽く頭を叩いてくれた親友はもういない。
 見放されてしまった。
 
『お前、初対面の相手に笑顔カタいもんな』
 
 転入生に感じよく対応が出来なかったのは俺が悪かったかもしれない。
 でも、まさかハナちゃんに責められるとは思わなかった。
 浅川花火、生徒会長だけどハナちゃんはいつだって俺の味方でいてくれる。
 だからきっと転入生の言い方がヒドイと俺の代わりに怒ってくれると思った。
 すごくショックで怖くて泣くのを我慢してた言葉でもハナが、花火が「気にすんな」といつものように言ってくれたら俺はそれだけで明日も頑張ろうと前向きな気持ちになれた、はずだったのに。
 
『聞けば聞くほど転入生、面白いやつじゃん』
 
 俺は深く傷ついていた。
 花火の言葉にか、それとも転入生の言い分にか。
 わからない、わからないけれど心が痛い。
 
 気持ちが悪い、そんな顔で笑うなと言われて嫌な記憶が再生された。
 少女の笑い声。
 自分は女性を愛することが出来ないかもしれないとぼんやり思うことになる記憶たち。
 毎日のことになっていた姉の癇癪。
 人のイライラとした声。
 不快気な、こちらを責める声。
 攻撃的なすべてが怖い。
 
 思い出したくもない幼少期の記憶。
 なかったことにしたいのに忘れられない。
 見ないふりをすることでやっと耐えてきた記憶。
 どうしてハナちゃんは俺を傷つけた人間を評価して、俺がショックを受けていることに気づかずにいるんだろう。
 絶対的な味方だと思っていた。
 友達だから、親友だから、幼なじみだから。
 あるいは恋人になれると思っていたから。
 手を繋ぐのはいつものことで肩を寄せ合う距離感がふつう。
 他の誰にも許さない近さで一緒にいられる人。
 ハナちゃんは人に喧嘩を売るのが趣味みたいな人だけど俺には優しかったし俺を一番に優先してくれていた。特別だった。
 優しさに戸惑う俺に「お前以外にやらねえよ」と照れるハナちゃんが好きだった。
 誰が何を言っても大丈夫。
 自分には心強い味方であるハナちゃんがいる。
 そう思っていた。
 同じ思いだと思ってた。
 ずっとそばにいたから分かり合ってると思ってた。
 もしお互いが結婚しても妻よりも一番の特別はお互いだとそんなことを思っていた俺はバカだ。
 夢ばかり見て成長できない子供だったのだ。
 
 
『いい機会だからそのネガティブな癖、治せよ』
 
 
 軽い口調で浅川花火は言った。
 転入生の言葉なんか流せるぐらいに大人になれと浅川花火は言った。
 生徒会長ならトラブルを嫌って大人の対応が出来ない副会長にそう言うのかもしれない。
 けれども、俺はもっとも親しい友人に愚痴を吐き出したつもりだった。
 浅川花火にとっては違うのだろう。
 俺のことは暗く卑屈で面倒な人間だとそう思っていたのだ。
 その通りだけど勝手にハナちゃんは違うと思っていた。
 何があっても味方してくれる、励ましてくれる、勝手に期待をかけて裏切られた気持ちでいっぱい。
 なんて自己中。
 
 
 
「なさけない、わすれたい」
 
 
 言われた言葉も。自分が受けた衝撃も。
 浅川花火に見捨てられたら世界中から見捨てられた気分。
 どこにも味方はおらず、自分を必要としてくれる人間はいない。
 自分に価値はない。
 
 
 花瓶の割れる音がする。
 記憶の中の音。
 思い出したくもない過去のひとつ。
 苦しい、悲しい。
 誰も話を聞いてくれない。
 
『きよら! また壊したのね!!』
 
 悪い子だと、落ち着きのない子だと怒られ続けた。
 でも、違う。
 俺は壊してない。
 一度だって壊してない。
 本当なのに、誰も信じちゃくれない。
 だから言葉は死んでいく。
 何も話せなくなって俯いてやり過ごす。
 お前が全部悪いんだと頭ごなしに言われた。
 泣いたら怒られる。
 逃げても怒られる。
 でも、謝りたくない。
 だって俺は悪くない。
 俺のせいじゃなかったのにいつも責められるのは俺。
 
『アンタ、弟なんだから私の代わりに叱られるのは当たり前でしょ』
 
 意味が分からない。
 不満が顔に出た俺に姉は「大好きなお姉ちゃんをかばえてうれしいでしょう」と言う。
 いつもいつも姉は言う。
 
『私の引き立て役になれてうれしいでしょ』
 
 嬉しいはずがないのに姉は笑って俺に言う。
 俺が姉の役に立ったことを喜んでいるに決まっているという顔で言う。
 
『お姉ちゃんが怒られたらかわいそうだと思うでしょ?』
 
 俺が怒られるのはかわいそうじゃないんだろうか。
 嘘をつくのは悪いことじゃないんだろうか。
 俺はいったい何なんだろう。
 姉の身代わり人形なんだろうか。
 姉のオモチャとして生きていかなきゃならないなら生まれてなんてきたくなかった。
 
 そんな毎日の中で救世主があらわれた。
 彼はヒーローだった。
 
『アサカワ、ハナビ?』
『そう、花火って綺麗だろ』
『縁起悪い名前』
『お前、きよらだろ。なんか中途半端』
『はんぱ?』
『清らかとか、きよだけとか……そっちのが普通じゃねえの』
『姉がカナ』
『合わせて「清らかな」? もう一人いるんじゃねえの、兄弟』
『心って名前が候補らしい。弟ならシン、妹ならココロって読ませるって』
『へぇ、おもしれぇ家族』
『はじめて言われた』
『お前、俺と席が前後なのに全然しゃべんねえんだもん』
『……きよら。お前じゃない、きよら』
『じゃあ、きよらも花火って呼べよな』
『ハナちゃんは口悪い系の子だね。不良さん?』
『そういうお前は不思議ちゃんだよなあ。いや、アホの子ってやつ?』
 
 内向的で人と話すことが億劫な俺は学園生活を楽しむなんて考えはなかった。
 小学校と言っても英才教育を受けているので入学前に簡単な漢字や英単語は習得済み。
 ハナちゃんの口調は漫画やアニメの影響らしい。
 どこか上品な学校の中で浅川花火は破天荒の代名詞。
 人を引き付けるカリスマっていうのは他人と同じじゃダメなのだろう。
 学園の中でハナちゃんは異質だった。
 
 立派な人間になるように言い聞かされたので遊ぶということが分からなかった。
 友達なんかいなかったし、遊ぶという行為を教えられたことがない。
 幼稚園では好きに動いていただけで
 俺の反抗は一人称を「俺」にすることだけだった。
 姉が「ボクって言いなさいよ。下僕のボクよ」と強要してきたそれに従うのがイヤだった、それだけの理由。
 
 休み時間に身体を動かしたりボードゲームをする同級生に混じれず俺はずっとノートや教科書とにらめっこ。
 その日常を破壊してくれたのが浅川花火だった。
 アサカワとアサキリで名前順で前後の席になったものの会話をしたのは小学校入学から二か月が過ぎた頃だった。
 そして、浅川花火を信頼し依存したのはその半年後。
 
 花瓶の割れる音がした。
 ガラスが割れる音。
 廊下を走る誰かの足音。
 
 気になって見に行って後悔。
 
 割れた花瓶に砕けた窓ガラス。
 花は廊下に散らばっていた。
 遠くで教師が走っている生徒を注意している声。
 俺は立ち尽くして動けない。
 早く動かないといけない。
 教師がやってくる。
 こわいこわいこわいこわい。
 きっと俺が怒られる。
 悪い子は全部俺。
 悪いことは俺の仕業。
 指先が冷たくなってくる。
 涙は出ない。
 俯いて審判の時を待つ。
 
 廊下の惨状を見て騒ぎ立てる教師。
 誰がやったのか、どうしてこうなったのかをヒステリックに聞いてくる。
 たずねているようで俺には「お前がやったんだろ」と言われているような気がして息が吐き出せない。
 否定の言葉が出てこない。
 認めた方が楽なのだと、この時間が長引かないと知っている。
 けれど、自分が悪いわけじゃないと心の中で弁解して口からは何も出てこない。
 だって、俺じゃない。
 
 救ってくれたのはヒーローだ。
 ヒーローが弱い者を助けるって本当だった。
 俺には到底できない流暢な言葉で廊下を走っていた奴と外からボールを投げ込んで遊んでいた奴が犯人だと言った。
 窓が開いていると思い込んで廊下でバットを振り回し混乱して花瓶を落とし現場から逃走。
 犯人に教師は会っているのだから俺を責めるなとハナちゃんは言った。
 浅川花火は、ハナちゃんは俺のヒーローだった。
 俺の言葉は誰にも届かない。
 犯人が俺ではないと信じてくれたのは浅川花火の言葉だからだ。
 浅川を背負っているハナちゃんの言葉は重い。
 嘘なんかつくはずがないと教師は信じた。
 庇ってくれたことが嬉しくて、自分で言えなかったことが情けなくて恥ずかしかった。
 
『本当のことを言っただけだ』

 感謝する俺にハナちゃんは言う。
 次は自分でするようにとハナちゃんは言う。
 俺は俺が悪くないと口にしていい。
 自分は無罪だと主張することが許される。
 ここは家ではない。
 そう思うと心は軽くなって、俺は明るくなったと言われるようになった。
 周りに人が寄ってきて皆とても親切だった。
 俺のことを嫌ったりしない。
 俺のことをイジメたりしない。
 それはとても居心地がいい。
 

 けれど、それはすでに過去のこと。 
 俺に味方はいない。
 浅川花火は俺ではなく転入生を選んだ。
 寮で引きこもっていてもメールで噂話は入ってくる。
 いいや、噂じゃない。
 事実だ。
 食堂で仲が良さそうにしている転入生と浅川花火の写真がメールで送られてきた。
 これが現実なんだと言われているような気がして目を閉じる。
 覚めない悪夢の中にいる。
 こんなのは全部夢。
 
『会長が転入生を好きだとか言ってるけどウソだよね?』

 生徒会会計の榎原からのメール。
 こんな現実、見たくない。
 
 たぶん、ヒーローに恋してた。
 自分が出来ないことを簡単にやってのける憧れは恋心に似てる。
 ずっと一緒にいるんだと思ってた。
 好かれていると思っていたし、俺の好意を分かってくれてると思ってた。
 思い込んでただけなんだ。
 
 
 目覚めたくなんてない。
 動きたくなんてない。
 
 それでも、部屋のチャイムが押された。


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