副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  057 匿名希望な風紀委員ではできないこと


 
 
 生徒会長浅川花火が粗暴なのは知っている。
 面と向かって会話をしたことはないけれど上から目線で常に偉そうなのは見ていて分かる。
 だからといって、副会長朝霧きよらに軽くでも叩こうとするなんて最悪だ。
 それがコミュニケーションの一環だと思っているならとんだ勘違い。
 
 相手を見て行動を起こせないなら人の上に立つ器じゃないだろう。
 だから生徒会長の親衛隊と副会長の親衛隊は仲が悪くなる。
 本人同士は今回のことが起こるまで微妙なバランスだったようだが親衛隊同士の仲は最悪の一言。
 
 たぶん、会長にも副会長にもその声は届いていないだろうが風紀委員として平である俺でも知っている。
 副会長の親衛隊は会長に対して敬意を払うことがない。それは隊長であるのが葛谷博人、会長のいとこだからと言うだけじゃない。副会長が好きだからこそ会長を気に入らないと思っている隊員が少なからずいる。
 
 人気者同士なら本来、お互い様みたいなところで妥協する。
 綺麗なもの、格好いいものが一緒にいるのは当たり前、そう納得する傾向がある。
 けれど、副会長の親衛隊は狂信的だ。
 自分たちが大切にしている副会長朝霧きよらを任せるに足る相手として不足と思えば生徒会長にも牙をむくだろう。
 そもそも厄介なものだと言われる親衛隊の中で最大規模であり異常なまでに思想の統一がなされている。
 
 そしてそれを誰も不思議に思わないし、問題に上げない。
 あの合理性のかたまりの心ない機械人形なんていわれる風紀委員長ですらそのことに触れない。
 副会長の安全や気持ちを最優先にする団体を危険視しないのは暴走の危険性がないからかもしれない。
 隊長である葛谷博人と副隊長であり剣道部の部長を務める釣鐘晴太が完璧にコントロールしている。
 だから風紀は問題が出るまで副会長の親衛隊に手を出すことはない。
 とはいえ、風紀委員長と副隊長である釣鐘晴太先輩の関係は誰でも知っている友人関係。
 なら風紀だって副会長寄りだと思われそうだが風紀委員長が血も涙もない暗殺者だとか言われているおかげで、その訴えもない。風紀に盾突くなんて誰も恐ろしくてできないのだ。
 
 今まではという注釈がつくんじゃないだろうか。
 これから何も起こさずに水面下で叩き潰せるのなら学園に広がった混乱はちょっとした会長の悪ふざけと副会長の体調不良で終わる。
 
 この二人が仲たがいしていると生徒が認識するとややこしいことになる。
 副会長が波風を立てるのを嫌がるのを副会長の親衛隊たちはくみ取るだろうが会長の親衛隊はそうはいかない。
 勝手に動いて事態は収拾不可能な状況になるだろう。
 けれど、その流れはここにきて消えている。
 
 ねばついたイヤな空気は会長と副会長が揃って風紀室に来たことで消し飛んだ。
 俺が生徒会の手伝いをするという割を食う展開になったものの平和な学園生活を送れそうだと、そう思っていた。
 
「……浅川会長、ふりでも冗談でも、あの人を殴ろうとしない方がいいっすよ」
「あぁ?」
「その、今は俺たちだけでも親衛隊の前でもその態度でしょ。まずいっす」
「――あいつ、そもそも頭撫でられたり顔の前に手がくるのとか嫌いなんだよな」
「知っててやってるって……性格悪くないっすか」
「俺はそういうのが許される人間なんだよ。一年は黙ってろ」
 
 滅茶苦茶な返事に思わず何も言えなくなる。許されてるのは副会長の性格のせいであって会長の役得とかそういうものではない。だが、こういうツッコミをするのは確かに俺の役目じゃない。
 
「俺みたいのがいないとそれはそれでアイツが苦労するんだ」
 
 憎まれ役を買って出ているんだという発言にしては独りよがり臭がすごいが本人はそのことに無自覚なんだろう。
 仲直りをした早々に関係が破綻されても困る。
 
「浅川会長の考えはとても素晴らしいと思いますけれど、ものには限度やタイミングとかあるって知ってます?」
「お前、俺のこと、馬鹿にしてるのか?」
 
 馬鹿にしてるんじゃなくて馬鹿だと思ってるだけだ。
 
「いやー、会長は素晴らしい人だと思ってます。ホント」
「……ちょっと褒め言葉が足りないがその通りだ」
「素晴らしい会長が現状の認識を怠ってる……なんてことないっすよね」

 眉を寄せて会長が俺を見る。しかめっ面でも格好いいからイケメンは死ねと言われるんだろう。
 俺も生徒会の周りをうろちょろするなら多少気を付けないといけない。風紀が被害者になってたら笑えない。
 平凡空気で一歩引いてやってきたが、それも今回の件でおさらばだ。
 その覚悟はすでにしている。
 
「今回、会長の役割はあれでしょ。頼れる大人の男とかそういうアレ。同じ目線でリーダーして引っ張ってくんじゃなくて可愛い子には旅をさせよってことでドンと構えて格好いいとこ見せるべきじゃないっすか」
「まあ、きよらに自主的に動かせたかったわけだからな。半分ぐらいは成功してる感じだが……」
 
 朝霧きよらの本音、本心を引き出すという点では生徒会長浅川花火の考えは正しい。
 ただやり方とタイミングと敵になるべき相手が悪い。
 
「会長を責める気は特にないっすけど……知っとくべきだと思うから自己紹介がてらに昔話を聞いてください。それを聞いて今後どう動くのか判断してください」
 
 この世できっと俺しか語れない話。
 きっとそのためだけに俺たちは出会った。
 
 彼女は何も覚えていない。記憶する価値もないからだ。あまりにも当たり前で思い出すこともない日常だから自分の行動に責任も持たない。誰も食べるパンの枚数を数えない。自分がどのぐらいの規模どの程度どう動いたのかなど知りもしない。この先もずっとそうだろう。自分が間違っていると欠片も思うことがない彼女は悔いることがない。
 
 彼は何も覚えていない。それは嘘だと知っていても目を閉じて耳を塞いで皮膚感覚を忘れることで呼吸ができる。だから別にいい。彼の痛みや悪夢が俺と一体化したとしても構わない。もう、覚悟はできた。
 
 
 風紀室の扉の向こうに彼が悪夢と名付けて隔離したものがいる。
 
 俺は暴力の影に彼がおびえたのだと思った。
 風紀委員長の行動を大袈裟だと感じた。
 違った。見間違えでも幻覚でもなく向こう側に奴がいる。
 風紀委員長は彼の言葉を、彼の怯えを、信じたのだ。
 
 俺もきっと目の前の会長ですら軽視しただろう彼の恐怖を払うことを最優先した。
 風紀委員長と生徒会長との話し合いよりも朝霧きよらを優先した。
 
 その事実を喜べないのはたぶん、悔しいからなんだろう。
 何度となく感じさせられる無力感からなんだろう。
 
「会長は知らない、誰も知らない……朝霧きよらの話を聞いてよく考えてください」
 
 俺しか知らなかったという事実が消えてしまえば本当に俺には何もなくなるかもしれない。
 でも、間違ってない。
 
 幸せはいつだって前にしか存在しない。
 これは扉の向こうからこちらを覗いている臆病な悪夢に対する宣戦布告。
 そして、終わりの挨拶だ。
 
 浅川花火が転入生の駒にならないのならどうとでも対処できる。
 新しく駒にする相手は想像がつく。
 
「副会長である彼は知りませんが、俺は朝霧きよらをよく知っています」
 
 

prev / next


[ 拍手] [副会長top ]

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -