055 副会長と風紀室での秘密会議
あっちゃん先輩にソファに座らせてもらいながら俺は頭を働かせていた。
今使わなかったらずっと使えなさそうな俺の頭脳。
息を吐き出す音が聞こえて、そっとうかがうとハナちゃんはいつものハナちゃんだった。
走ったことで乱れた呼吸を直したらしい。
無敵に素敵な王様の顔。
俺の味方の顔をしている。
風紀室に着いてきてもらってよかった。
まだ何も取り返しのつかない状況にはなっていない。
俺が勝手に諦めただけだ。
ハナちゃんは俺の話を聞いてくれる。
大丈夫だと怯える心に言い聞かせて指先を握りこむ。
何を口にするべきか今更迷うことじゃない。
事実を告げるだけだ。それだけで変な風にはなりはしない。
俺が口を開く前にハナちゃんは転入生の生徒会入りを否定した。
言いにくいと俺が思っているのを感じたのだろうか。
そういう話は出ていたし、そうすることは不自然じゃないとハナちゃんは言う。
生徒会役員が少ないからだ。
学園のことを知らない転入生だからこそ言えることもあるだろうということもあった。
だけど、俺が反対するなら無理に推し進めることでもないと足を組んでいつも通りな偉そうな態度で言われた。
博人がいたら足をベシッと叩かれたと思う。
あっちゃん先輩の前だし、生徒会室じゃなくて風紀室の中だ。
この立ち振る舞いはダメだろう。
博人の代わりに俺がベシッと叩く気にはなれなかったので首を縦に振っておいた。「わかってんのか」と言われたけれどハナちゃんは俺を馬鹿にしすぎだと思う。いつもそうなのだ。本当に馬鹿にしているのかはともかく言い方が優しくない。そのくせ俺以外にはもっと厳しいからよく分からなくなってしまう。
俺はハナちゃんの発言にムッとしても言い返したりしなかった。正しいのかは分からないけれど「そういうキャラじゃない」と思っていた。俺が言い返すまでもなく博人が代わりに反論してくれたり会計の榎原がフォローしてくれる。俺はそれを見ているだけであったりハナちゃんの口の悪さは今に始まったことじゃないと受け流していた。俺を傷つけようとか痛めつけようとして言ってるんじゃないと思ってたから平気だった。
でも、転入生に関しては違っていた。
ハナちゃんは俺を傷つけるつもりで言葉をぶつけてきた。
衝撃が大きすぎて分からなかったけれどハナちゃんの顔が違う。
だから、わかる。
今は大丈夫。
ハル先輩と話していて嫌われたくなかったからハナちゃんに反論をしたことがなかったのだと俺は気付いた。ハナちゃんがおかしいと思ってもそれに対して俺は自分から何も言わなかった。
ツッコミを入れるのはいつも俺じゃなくて博人だった。
どんな言い方でもどんな言い分でも発言するのが博人ならハナちゃんに嫌われたりしないと任せっきりで安心していた。
そのことをズルいと思うこともなく俺は過ごしていた。最低だ。博人が肩代わりしてくれているという意識はなかった。守られているとすら思っていなかった。庇われたり代弁してもらったことに安心しているだけだった。
ハナちゃんの軽口に一喜一憂していた日々はもう終わりだ。
衝突を避けて喧嘩をしようとしなかった。喧嘩をする前に見切りをつけて諦めていた。全部無意識で俺は分かっていなかった。
もうちゃんと認めないとならない。
ハナちゃんを好きだとしても全部を好きじゃない。何をしても許せるわけじゃない。ハナちゃんの悪い面があるのは知っている。
人はみんなそうなんだろう。自分の悪い面を俺はいっぱい挙げられる。それと同じでハナちゃんの悪い面を俺はちゃんと悪いと言える。言わないといけないんだ。たぶん、ハナちゃんが俺に望んでいるのはそういうところ。何も言わずに逃げたから失望させたんだ。俺が転入生に言われたことをハナちゃんが肯定したその時に「ひどいよ」と一言伝えればよかった。そうしたらハナちゃんだって「言いすぎた」と反省してくれたかもしれない。
俺はそんな普通のやりとりが出来ない人間だった。
不安を口にすれば博人は絶対に大丈夫だとか俺を励ます、俺が欲しがる言葉をくれる。俺の望み通りに優しく慰めてくれただろう。それはそれが博人だからだ。ハナちゃんに博人の行動を求めるのはおかしかった。
わざと俺が嫌がることをするハナちゃんは性格の悪いいじめっ子だ。
ハナちゃんのそういう部分を俺は知っていたのに分かっていなかった。
きっと俺が寮から出て来ないなんて行動を起こさなければ誰も何も俺に何かがあったなんて気づかないような日常的な会話だった。
転入生を庇うハナちゃんに姉を庇って俺を叱りつける大人の姿が混ざったのだ。悲しくて怖くて仕方がなかった。
この学園の中で俺は冤罪で責められたりしない、みんな俺を分かってくれると信じ込んでいた。
姉の言葉だけを聞いて俺を責め立てる大人からちゃんと逃げることが出来たと思っていた、それが覆された気がした。
俺が何を訴えても無理なのだ。姉の言葉が絶対であり俺は最低の役立たず。歩けば花瓶や壷などの調度品を壊し、庭のカエルを石で打ち付け、木の枝を平気で折っては自分はやっていないと主張する嘘つき。
『誰も嘘つきの言葉は聞かないわよ。この世で一番正しいのはわたしなの。……でも、誰ともお話しできないなんてかわいそうね。優しいお姉ちゃんがちゃんと話し相手になってあげる。嬉しいでしょう? 喜びなさいよ』
悪夢は俺を逃がす気がない。それはとても恐ろしい。
ハナちゃんが俺の顔の前で手と手を勢いよく合わせる。
バチンとちょっと痛い音がした。これは猫だましというやつなんじゃないか。
まばたきをしているとハナちゃんは少し呆れ顔。
「転入生を生徒会入りさせないために建前を作らねえといけないって、わかってるか?」
転入生があまり歓迎されていないムードなのを生徒会に入れて緩和させるというのを理事長代理、俺の父からハナちゃんに話しがいっているらしい。知らなかった。
学園全体の空気がおかしいのもハナちゃんは俺のせいだと言う。そんなに影響力がある人間になったつもりなんかない。でも、引きこもっていた上に元気のない姿を見せてしまった。教室の中で倒れたのだってマズかっただろう。
肩を落としていると軽くあっちゃん先輩が背中を撫でてくれた。
「生徒会に風紀から人員を貸し出そう」
意外なことにあっちゃん先輩が打開策をくれた。
そそっと俺たちにコーヒーを持ってきてくれたのは今日も朝からメールで相談させてもらった風紀委員の匿名希望くん。
あっちゃん先輩が「この一年を生徒会に連れて行っていい」と言ってくれた。
希望くんの希望を聞く気もないのかハナちゃんは生徒会長として風紀委員長であるあっちゃん先輩に頭を下げた。
風紀委員長と生徒会長の会話に俺と希望くんは蚊帳の外だ。
転入生じゃなくて希望くんが助っ人してくれるのはとても助かる。
でも、彼はそれでいいのだろうか。ジッと希望くんを見ていると「構いません」と頷かれた。
「で、……秋津先輩と付き合ってるってどういう冗談だ?」
ハナちゃんが少し怒っているような顔に見えるのは気のせいだと思いたいんだけど、どうなんだろう。
匿名希望くんがビックリして目を見開いている。ちょっとかわいいと思ったので頭を撫でておいた。
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