いつまで同じ気持ちでいられるのか。
　何があっても同じでいられるのか。
　
　俺の中で答えはもう出ていた。
　
「何を言われても、何をされても、平気なんてこと……ないよ」
　
　今まで俺はずっとハナちゃんを肯定していた。肯定することでハナちゃんの世界の仲間入りをしているつもりでいた。
　絶対的な仲間であると思い込みたかったから俺はハナちゃんに従い続けていた。それは異常な姿だろう。おかしいのは分かってた。
　でも、フツウのやり方を知らなかった。置いて行かれるのが怖かった。
　ハナちゃんの隣に居たいと思っていた。
　だから、俺はハナちゃんを否定したことはないし二人の間で喧嘩は一度もなかった。
　喧嘩になるほどの衝突がなかった。ハナちゃんの言うことを俺は丸飲みして「そっか」と頷いてしまう。自分の考えと違っていたとしてもハナちゃんがそう言うならそうかもしれないと思ってしまう。
　流されやすくぶれぶれだ。俺に自主性なんかなかった。
　
　それでも、朝霧の家で暮らしていた頃とは全く違う。
　ハナちゃんはいつだって「お前はどう思うんだよ」と俺に聞く。
　姉が言う「お姉ちゃんの意見に賛成よね」と反論を許さない言葉とは違う。
　
　俺の意見を待たずにハナちゃんが決めてしまうことだって多かったけれど俺の意思を最初から無視したことはなかった。引っ張っていってもらうことに安心していた。ハナちゃんが笑っていれば周りも笑っているから全部が正解になる。その空間は心地よかった。大丈夫だって言われていた気がする。
　
　依存だと分かっていても家から解放された時間がハナちゃんとイコールで繋がっていた。
　明るくて元気で自信満々に輝いている浅川花火はいつでも俺の憧れだ。
　目指したいヒーローの姿。
　
　ハナちゃんが決めたことを嫌なことだって俺が言えばきっとハナちゃんは無理にしようとはしなかっただろう。俺が困っているとその時にはすぐに博人が助けてくれることが多かった。だから俺がハナちゃんと意見を衝突させる前に博人とハナちゃんがぶつかる構図が出来上がる。
　
　いとこ同士の二人が仲が悪いと感じなかったのは方向性は違っても俺に対して引くことなくぶつかり合っていたからだ。俺はどちらが悪いとか間違っているなんて言えない。本当は俺が自分で考えてもっとちゃんと意思表明をし続けなければならなかったのだ。
　
　それが出来なかった。向き合うことなく勝手に諦めて顔を合わせないことを選んで引きこもった。
　自己嫌悪は俺の心を食い尽くした。未来への不安はどうしようもなく怖かった。
　ハナちゃんから見捨てられたことは俺の安全地帯を失ったことと同じだと思った。
　今までずっと何も見えていなかった。
　本当の意味でハナちゃん以外を信じていなかった。
　
　当たり前のことをせずに俺は逃げていた。
　喉が渇く。頭の中は未だに本当にいいのかと疑っている。
　いま言わなければ一生言えない。
　
「意地悪を言う、ハナちゃんは嫌い」
　
　口に出してから後悔する。もっと理路整然とした格好いい言葉とかキリッとした顔で言うべきだ。今はたぶん情けない顔をしている。声も震えて小さかった。聞こえなかったと言われたらもう一度口にすることが出来ないかもしれない。
　
　みんな、俺がこんなことを言うと思っていなかったんだろう。
　静かになった後に何か言いたそうな気配がある。ハナちゃんを見つめるだけでいっぱいいっぱいだから隣にいるあっちゃん先輩の反応も分からない。
　
「ばぁかっ」
　
　言葉通りに馬鹿にしてるわけじゃないのは幼なじみだから分かる。
　だってハナちゃんは笑ってる。嬉しそうにキラキラした眩しい顔。
　昇降口に立っていた姿は萎れていた植物に見えたのに今は水を吸って生き生きしてるみたいだ。
　
「それ、優しい俺のことを好きって言ってるようなもんじゃないか」
　
　ようなものじゃなくてその通りだけど何だか肯定するのが嫌だったので「ハナちゃんはいつでも自分勝手で意地悪だけど、ダメなこともあるんだから、わかって」と言っておく。ハナちゃんは「ダメってなんだよ。具体的に言えよ」といつも通りの調子で言ってくる。ギクシャクしていた時間がないみたいな態度に俺は戸惑う。
　
「お前のそういう素直で抜けてるアホなところ、俺は好きだぞ」
「……っ、俺はあっちゃん先輩と付き合ってるから浮気はしない」
　
　手を挙げて繋いでいるのをアピールする。ハナちゃんから好きと言われてそういう意味じゃなかったとしても混乱する。
　俺はすでに彼氏持ちなのでふらついたりしない。
　何か言いたげな視線を俺に向けた後にハナちゃんは俺の後ろを見た。
　そこには博人が無表情で立っていた。
　ハル先輩は何も変わらない穏やかな微笑みを浮かべている。
　
　ハナちゃんが手を挙げて挨拶をした。博人じゃない、その向こう側にいる相手。
　昇降口に向かって歩いてくるのは毒キノコくんともじゃもじゃ頭と瓶底メガネ。
　俺を見たからか、ハナちゃんに手を振られたからか走ってこちらにやってくる。
　
　あっちゃん先輩を見たらどう受け取ったのか俺を抱きかかえてくれた。
　手のひら以上に密着感が安心につながるけれど、そうじゃない。
　それだけならダメだ。
　
「風紀に行くぞ」
　
　小さくつぶやくあっちゃん先輩に俺はうなずいてハナちゃんの横を通り過ぎる時につい、ハナちゃんの制服を掴んだ。話はまだ終わりじゃないし、ここで終わったら何の意味もなくなってしまう。
　俺がハナちゃんを引っ張ったのが伝わったのか「仕方がない」という顔でついてきてくれた。
　
　転入生を見ると毒キノコくんがタックルして転ばせていた。それは、どうなんだろう。いいのかな。
　
「転入生を生徒会に入れるなら浅川花火は敵だ」
　
　俺はあっちゃん先輩に抱きかかえられて全然格好良くないにもかかわらないけど精一杯真面目な顔をして言った。
　これは親衛隊、博人やハル先輩に任せることじゃない。
　周りのみんなに任せることじゃない。
　だって俺は副会長だから。
　俺が生徒会長である浅川花火と話をするべきだ。
　
　考え込んで逃げ回って触れずにいればなかったことになるわけじゃない。
　悪夢は人の形をして俺を食らい尽くそうとする。
　
　本当は知っている。悪い夢はいつか覚めるし、ただの夢は現実に何の影響もない。
　心が強くあれば悪夢を恐れ続けたりしない。
　
「転入生を補佐にするのは認めない」
　
　ここで浅川花火が転入生の味方をするなら、もう無理だろう。
　姉と同じで人を操るのが上手い人だから俺の言葉は届くことがない。
　今までずっと挑戦せずに諦めていた。
　けれど、今は違う。
　あっちゃん先輩に抱きかかえられてふらふらと軸がないなんてことがない。
　あっちゃん先輩はどっしりとした巨木。
　俺を抱きかかえて走っても汗一つかかないし息も乱さない。
　
　風紀室にすぐついてしまった。
　あっちゃん先輩に遅れて風紀室に入る浅川花火。
　
「おせぇよ、馬鹿っ」
　
　肩で息をしながらさっきの俺の言葉の返事をハナちゃんは笑顔でくれた。
　転入生を悪く言うなと庇ったりしない。
　その姿に泣きたい気持ちになったけれど、あっちゃん先輩が「お前の方が遅かっただろう」と首を傾げるので台無しだ。
　いいや、それでこそあっちゃん先輩かもしれない。

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