副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  とあるヤンデレと見捨てられた子供


 彼女とはとても相性がいい。
 同じものが好きなもの同士、仲がいいのは当然だ。

「あぁ、オレの弟はかわいいよ。キミを思ってさっきまで泣いていた」

 電話口で彼女がクスクスと上品に笑う。
 初めて彼女と会ったとき運命を感じた。
 彼女も同じらしい。
 年齢は彼女のほうが年上だけど運命の双子、そんな表現が当てはまる。

 彼女の父親が彼女の宝物を堅い檻の中に隠してしまったと聞いてオレはもちろん協力を申し出た。
 どんな人間にも愛される彼女。
 彼女の善行は日本のみならず海外まで知れ渡っている。
 だからそう、誰でも思う。
 彼女たちの母親は思う。

 そのぐらいいいじゃないか、って。

 そのぐらいだと切り捨てられたキミは何を思うのだろう。
 大丈夫、安心するといい。
 キミは宝物だから大切にしてあげる。

「聞きたい? キミのことを愛している人の声」

 電話を見せても頷かないキミ。
 動かないキミ。
 オレだけのキミ。

「お父様が動き出した? なんの役職もない人じゃないか。
 あぁ、理を外れた二人のおかげか。古い血筋は偏った人外を作り出すからイヤだよ」

 世界には決められたレールがきちんとあるのに天才は常識を覆すからイヤだ。
 キミの味方はオレと彼女だけなのに家族の問題にはいって来ようとするなんて無粋。

 オレは自作の絵本を取り出して見せる。
 キミの生涯を描いてあげよう。
 どんなことをされて生きていたのか何度でも読み返せるように描いてあげよう。

「オレもキミの靴に剣山を入れて血まみれになった靴を見てみたい」

 彼女は天才だ。
 赤い靴を作ることが可能だと証明してくれた。
 幼いころから聡明だ。
 足の痛みからぎこちなく歩くキミはさながら人魚姫だね。

「泡になって消えるキミも愛しているよ」

 それは既定路線というやつだ。
 物語が「あるところに」という出だしで始まり「めでたしめでたし」で終わるように人魚姫は泡になる。
 キミが何も手に入れられないのは当然だ。
 未来への打診は済んでいる。
 今は押えていてもやがて逃れられなくなる。
 人は欲望に弱いから相手を思いやるよりも自分の望みを優先する。

「キミはちゃんと見捨てられてオレに拾われるんだ」

 大切な宝物を手に入れました。
 それはとてもとても綺麗でこの世界はとても素晴らしいものだと思いました。
 キミの目玉を抉り出して口に入れて飲み込みたい。
 でも、キミが泣いて嫌がるから我慢しているんだ。
 その涙を全部飲み干せるから我慢できる。

「ねえ、何か言って」

 キミは何の反応もしない。
 どうしてだろう。

 優しく微笑んで「きよら」と呼ぶ。
 反応がない。
 少し考えて発音を気を付けながら「きよ」と呼んだ。
 ピクリと動くかわいいキミ。

「あぁ、きよって呼んでほしい? じゃあそうしよう」

 にこやかに言えば泣き出した。
 さっきまで反応がなかったのが嘘のように体を痙攣させる。

「きよ、きよ……愛しているよ」

 全身を嘗め回して、抱きしめる。
 最後までするのは一緒に暮らしてからだ。
 オレの体液がなめらかな肌に染み込んでいく。
 馴染んでいく。
 キミの肌の上でオレたちは一つのものになっていく。

「助けが来ると思ってる?」

 何も考えたくないと死んだ目のキミに何度目になるのか録音した音声を聞かせる。
 本当は反抗した時にだけ聞かせるつもりだったけれどキミの心に触れたい男心を分かってくれだろう。

『あの子はカナのために産んだんだから何したって構わないわよ。
 カナが喜んでいるならそれでいいに決まってるでしょう』

「ねえ、きよ。いつか姉の悪行を母親が止めてくれると期待してた?
 何度も目の前でイジメられて無視されてたのに、それでも期待してたんだよね」

 かわいいなあと口にするオレに歯を食いしばるキミ。
 虐げられても健気に愛を求める偽りの姿。
 違うよねえ。
 オレの愛しているキミは。

「ふざけんじゃねえ! ふざけんな!! ふざけんなっ!!」

 バネ仕掛けのからくり人形。
 無表情のまま近くにあった枕でオレを殴りつけてくるキミが愛おしい。
 無表情を壊してオレを睨みつけるキミが愛おしい。
 臆病なキミは自分の感情を人に伝えるのが苦手。
 自分の好悪で相手を不快にさせたらどうしよう、そう思って手も足も出ないひっくり返った亀。
 でも、いつだって心の中で思っている。
 湧きあがり、積み上がった不満。

「どうして自分だけがこんなにかわいそうなんだって、そう思ってる」

 苛立ちをオレにぶつけるキミの姿を誰も知らない。
 みんなキミを綺麗なものだと思ってる。
 何も知らない天使。
 偶像崇拝甚だしい。
 キミはこんなにも生々しい感情を迸らせるのに。

「期待なんかしてないッ! 何が分かるっていうんだ、お前なんかに」

 オレは愛されて大切にされて幸せの中にいる。
 望まれて生まれたんだから当たり前じゃないか。
 人間は誰でもそうなんだよ。
 キミもオレや彼女が望んでいるんだから意味がある宝物。

「オレはきよと違って後継者として、彼女の伴侶として望まれている存在だけど、きよを愛しているよ」

 泣き出さないかとドキドキして待つ。
 奥歯を噛みしめて目を床に向ける。
 自分の立場を理解すればするほどにキミの心は欠けていく。
 普通の人間が持っているものを取りこぼして大人になれない。
 大人になるためのプロセスをキャンセルして時を流す。

「きよの瞳が明るい茶色だったら良かったね」

 髪の毛は甘ったるいオレンジ色。
 そうだったなら幸せだったね。
 まあ、そんなわけがないけれど。
 キミが理由をつけて自分が嫌われていることに納得しようとするのは痛々しいね。
 理由なんてないのにね。
 キミがキミであるというだけで虐げられているという事実を認めるのはつらいね。

「大丈夫だよ、オレがいるから」

 朝霧の家が欲しがる色彩。
 キミが疎まれたのが髪の色や目の色ではなく完璧な長女に歪に愛されたからだと知らない。
 姉弟で子供を作らせるわけにはいかないじゃないか。
 だから、愛の示し方が偏ってしまったんだ。

「カナちゃんの行動を愛とは呼ばないんだっけ?」

 朝霧カナに悪意はない。
 ただ思ったまま行動している。
 それがキミにはつらいかもしれない。
 オレは虐げられているようなキミも愛している。

「これから一生付き合っていかないといけないんだから、受け入れないと……ねえ?」

 録音した音声を再生する。
 姉のために産まれた自分だとキミが理解するまで。
 理解を拒んで怒りを見せるキミを見るため。
 それすらも無理だと諦めきるまで。

 キミが崇めたヒーローは来ない。
 キミの騎士は状況の把握が遅れた。
 キミに残された道はない。

「一生、オレたちは一緒だよ。絡み合う遺伝子の中で三人で溶け合おう」

 オレに稼げた時間はここまで。
 でも、問題ないだろう。
 キミはオレの手の中に入った。

「そろそろあの食べ物コンビが来るだろうね。
 じゃあまたね。
 次に会ったらお兄ちゃんと呼んでくれていいよ」

 大切な宝物を手に入れました。
 それはとてもとても綺麗でこの世界はとても素晴らしいものだと思いました。

 バカなやつらはきっと言うだろう。
 かわいいキミが泣いているから。
 かわいそうなキミが苦しんでいるから。

「忘れてしまえ、と向き合う努力をするなと言うだろうねえ」

 それこそオレが望んだシナリオ。
 キミの中に埋め込まれた種はいずれ発芽する。

 

 

 誰も信じられなくなるし、誰も愛せなくなる。

 だって忘れてしまったんだもの。

 それは自分で自分を見捨てたようなものだ。

 自分に嘘をついたなら現実の対処ができなくなってしまう。

 錯誤しろ、誤認しろ。

 それでもう元の場所に戻れない。


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