副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  051 副会長と風紀委員長の今後の方針


「……えっと、あの、ご趣味は」
「そうだな。――特にない」
「えぇっ! 筋トレは!?」
「生活の一部であって趣味ではないな」
「楽しくないんですか?」
「楽しいと思ったことは一度もない」
「悪い奴を一撃で倒しても?」
「……風紀の仕事だな」
「そういえば剣道の試合もあっちゃん先輩は血沸き肉躍るとかいう感じはしませんね」
 
 お見合いのような会話をしながら俺たちは学校に向かっていた。
 博人とハル先輩が俺たちの後ろにいるのは親衛隊として見守るためだという。
 仮の交際はOKで本当のお付き合いもOKだけれど親衛隊というか博人が把握できないのはNGらしい。親衛隊長は窓口係さんだから俺に関することを知りませんとはいえないのかもしれない。アイドルのマネージャー的な感じ?
 事前に言っててくれれば対策は取れるけれど黙ってやられると後手に回って困るんだよ、的な。テレビは詳しくないけれど博人の言い分はそんな感じだった。
 
 あっちゃん先輩はそういったトラブルは平気だと言っていたけれど安全策で今日は四人一緒に過ごす予定だ。交際問題は置いといても転入生への対策としてあっちゃん先輩が隣に居るのは効果的かもしれない。
 
 俺が倒れたことで博人の転入生への警戒レベルがすごく上がったみたいで二人っきりで顔を合わせたりしないようにするためにも俺の近くにいるつもりだという。ハル先輩が「裏で画策するタイプの隊長が珍しい」なんて冗談を言っていたけれど確かに警護という面なら博人は向いているように見えない。

 俺と同じぐらいの身長体格で守るといわれても悪い気がする。あっちゃん先輩は俺と博人を背中に庇いながらでも銃撃戦をやり過ごせそう。いいや、これはちょっと浅川花火の好きなアクション映画みたいで現実味がない。でも、どんなピンチも平然と切り抜けそうなあっちゃん先輩だ。
 
「苦手なものはなんですか」
「人を和ませたり、リラックスさせるのがなかなか難しい」
 
 あっちゃん先輩の生涯の課題。俺も人付き合い下手くそだから分かる。
 人の緊張をどうやって解けばいいのかさっぱり。なんとなくいつの間にかみんな笑ってくれるから俺は無能の極み。俺が何かしなくても何とかなることは多いんだろうけれど何かできるならしたいと思うのが人情だ。俺はこの先も何もできなくても何かをしたがって博人や周りに迷惑をかけていくのかもしれない。
 
「あ、でも……お風呂で俺はあっちゃん先輩に和みましたよ」
 
 思い出してあっちゃん先輩に笑いかけると頭を撫でられた。いつものキンッと冷えたあっちゃん先輩の空気が緩んでいる、気がする。これはいつもの後輩に対するものなのか恋人に対するものなのか。照れていいのか喜んでいいのか分からずにちょっと後ろにいる博人とハル先輩を見る。カンニングペーパーとか思ってないよ。でも、ほら何か反応が気になる。
 
「見えないものの介入がある気がするんです」
「隊長は理由を自分以外の何かに求めたがる傾向があるな」
「チャンスがあるとかそんな上手い話があるわけないのは知っているんです」
「割り切ってると見せかけて未練がましいところが隊長らしさ? まあ、若さってやつか」
「情けない話、今すぐに異世界に行きたいと思いました」
「あー、俺の家の地下室から行けるよ」
「気を遣わせてしまってすみません。なんか、もう少しうまく立ち回れていたらという仮定が頭の中で立ち上がってしまったので」
「まあ、仕方がない。相手が悪い。……秋津は運が偏ってそうだからな。いつもは多少不運で不憫な分だけ、ここぞという時の勝負運が強すぎる」

 なんだかよく分からないことで二人で盛り上がっている。博人が「異世界より並行世界(パラレルワールド)か」なんて浅川花火っぽい発言をしている。否定したい現実でもあったんだろうか。
 
「あっちゃん先輩はどうして博人が疲れ切っているのか分かりますか?」
「……そうだな。祈りが通じないと人の心は疲れてしまうな」
 
 思ったよりも不思議な返しをされた。あっちゃん先輩でも何かを祈ったりするんだろうか。
 俺はどこにも届かない、何にもならない願いを知っている。けれど信じ続けたら空っぽの手が何かを掴めると思ってる。何もないからこそ掴めるもの。何かを持っていたら掴めないものがきっとある。
 
「期待した分だけダメージがあったのかもしれない」

 あっちゃん先輩の言葉に俺はうなずく。期待が裏切られると結構つらい。よく分かる。
 ただ博人が期待したのは、祈ったのは、一体何なのかということだ。俺との恋人関係を仮でもいいからなりたかったというのは博人らしくない気がする。博人なら神頼みなんかしなさそうだ。それに仮なんてイヤだと思いそう。
 
「今だけのことだろう」
 
 それは博人のことかあっちゃん先輩と俺とのことか。
 今後のことは暗闇の中にあるものだとばかり思っていた。
 ハル先輩は明るく照らして教えてくれたし、あっちゃん先輩もこうして付き合ってくれていて、博人はどうしたところで味方だ。
 
 制服の袖口にある硬さに口元が緩む。
 
 博人がわざわざハル先輩の家、釣鐘の敷地で不可侵である理事長宅を訪ねてきたのは俺の制服を持ってくるためだ。制服自体はもちろんあるけれど倒れて汚れたりそのまま寝て皺になっているだろうからと気を利かせて朝に持ってきてくれた。
 スエットを届けた時に翌日用の制服を持ってこないのは博人も焦っていたからなのか朝に自分の部屋に戻ると思っていたからなのか。
 
 昨日着ていた制服ではなく今日の朝に届けてもらった博人の制服を俺は借りている。それは博人が俺を気遣ってくれているという証で嬉しくなる。逃げているくせに卑怯だと思うけれど無言の好意は嬉しい。今までずっと博人から貰っていたものを実感する。
 
「きよら?」
「博人制服はすごいんですよ」
 
 俺がすごいわけじゃないけれど得意になって袖口の仕込みナイフを見せる。刃物が制服の袖口にあるなんてすごい。博人はサバイバルだ。木を削って割り箸を作るんだな。
 
「……使わないに越したことはないが最悪を想定すると必要ということか」
 
 ハル先輩のお家に行こうとして迷って遭難。そんなことはいくら俺でもやらないと思う。でも、博人は心配性なところがあるから至れり尽くせりなんだろう。備えあれば憂いなし。転ばぬ先の杖って大切。
 
「ロープを切るのにはいいが、親指だけを結ばれた場合はそれを使うのは危ないから救出を待つんだぞ」
 
 どういう状況を想定しているのか分からない。
 命綱を自分からナイフで切れ宣言?
 いや、あっちゃん先輩がそんなことを言うはずがない。なら、ロープってなんだろう。親指を結ばれる状況ってなんだ。
 
「基本的に動かないのが一番……いえ、見つけやすい所にいるのがいいんですよね」
 
 遭難の時の対処は一応知っているつもりだ。俺は迷子になったことはないけれど夏は森が近くにある別荘に行っていた。
 
「必ず助けに行く」
 
 なんだかこれは恋人っぽい会話だ。
 
 同意を得たい気持ちで後ろをうかがうと今度は博人と目が合った。何故かうなずかれた。これは博人も助けに来てくれるっていう話の流れなのかとハル先輩を見ると手を振られた。よく分からないまま手を振り返してあっちゃん先輩を見る。ハル先輩に振っていた手を握られた。「恋人ならこうしてもいいだろう」と言われる。恋人は手を繋ぐもの、なのだろうか。そうなのかは俺の貧困な知識からは導き出せない。
 
 学園の恋人持ちさんたちは手を繋ぐよりも腰を抱く人たちが多い。べたべたと密着することで「コイツはオレのだから」みたいなのをアピールするらしい。男同士だから気にせずに肩を組んだり何だかんだと遠慮がないから牽制するにはこのぐらいしないとならない、というのを博人から聞いた。
 
 つまり俺は今後あっちゃん先輩に抱きつき続けるんだろうか。抱き上げられることは実は何度かしているけれど俺があっちゃん先輩の腰を抱く。想像すると少し間抜けっぽい構図になるのはどうしてだろう。身長差がいけないなら俺は上げ底の靴を用意するべきか。階段とかで下の段にいるあっちゃん先輩を、と思ったけれど腕の長さを考えるとやっぱりちょっと間が抜けている。俺が抱き寄せられる側になればいいのか?
 
 あっちゃん先輩の大きな手をにぎにぎしながら考える。剣道のせいか手のひらは硬い。ハル先輩はどうだっただろう。ハル先輩の手をにぎにぎしたら浮気なんだろうか。境界線が分からない。
 
 今回の恋人大作戦は基本的には恋人だっていうことは秘密。
 
 だけど状況によっては浅川花火や転入生、必要なら風紀委員と親衛隊のみんなには三日間だけだということは伏せて、あっちゃん先輩を恋人だと言わせてもらう。その効果のほどはよく分からないけれどこの印籠が目に入らぬかーみたいな話なんだろう。俺に何かあったらあっちゃん先輩が黙ってないぞ的な。抑止力にあっちゃん先輩を使うのはどうかと思うんだけれど。
 
「生徒が増えてきたな」
「手を離します?」
「いや、このままでいいだろう」
 
 後ろから「秋津は直視されないからな」とハル先輩。「見てくる奴には見せつけていいですよ」と博人。
 
 前から思っていたけれど二人が揃っていると王子様度合いがぐんぐん上がる。爽やか貴公子と微笑み王子だ。周りに人が増えてきたからか博人は疲れた表情を隠した。王子様は苦労の元できあがるのかもしれない。
 
「ラブ度を上げるために恋人らしく相手を褒めましょうか!」
 
 あっちゃん先輩にそう提案すると珍しい表情が見れた。虚をつかれた顔。目を丸くしているあっちゃん先輩。珍しいけれど俺と話していると時々見る気はする顔。
 
「恋人同士ってそうやって惚気合うんですよね?」
 
 お前は本当にかわいいとか人目をはばからずにデレデレするのだ。
 でも、あっちゃん先輩が格好いいのは誰でも知っている事実で普通すぎる。恋人っぽくない。
 
「あっちゃん先輩って格好いいよりかわいいですね」
 
 なんだか訳知り顔で恋人っぽい。
 あっちゃん先輩は大型の肉食獣的なかわいさがある。俺は動物園で吠えるのを頑張ってるライオンの絵本が好きです。怖がらせるのが仕事だぜ―みたいな話。ライオンさんは今日も動物園でガオガオ吠えているんだろう。想像すると和む。

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