050 副会長と三人の男とあみだくじ
普通は許されないことだと思う。種類の違う男三人を前にしてあみだくじで恋人(仮)を決めるなんて言うのはちょっと上から目線っぽい。
あっちゃん先輩は周りから恐れられているけれど文句のつけようのない美形。
研ぎ澄まされた刃みたいな感じだけれど怜悧な美貌というのか知的、理性的でも空気感が威圧的というか圧倒的。
朝食前の浴室での姿を見ていなかったらあっちゃん先輩と仮に付き合っても俺が勝手に緊張してギクシャクする気がしたけれどアレを見たから全然平気。いつもの張りつめた空気がなくて大きな動物みたいですごく分かりやすかった。
それで気づいたのがあっちゃん先輩はわりと心に秘めているタイプの人なんだろうということ。
人には言えない隠し事は誰だってある。そういうのではなくあっちゃん先輩は自分を律しすぎてやりたいことをやれていないんじゃないだろうか。だから、寝ぼけている時とギャップがある。あっちゃん先輩がやりたくてやれないことが何なのかは分からないけれど俺が出来ることなら協力しよう。そうしたらピンとした空気が柔らかくなるかもしれない。そうしたら以前にあっちゃん先輩が言っていた人に怖がられない「普通」を手に入れられるようになるはず。
あっちゃん先輩が氷の美貌を持つ肉弾最強暗殺拳の使い手だとするとハル先輩は春先の風を連れてくる陽気な精霊。爽やかな笑顔は剣道というよりも陸上やサッカーなイメージ。剣道があっちゃん先輩のせいで生きるか死ぬかの緊張感の中でやるものだという気持ちになっているけれど試合(しあい)は死合(しあい)じゃない。死闘を繰り広げたとしても本当に命のやり取りはしない。
まあ、ハル先輩ならあっちゃん先輩が命のやり取りをしている隣で平然とした顔でお茶飲んでそう。死にそうな人の怪我の手当てはきっとしない。あっちゃん先輩が相手なら相手はきっと即死だから。
こうして考えるとハル先輩は別にあっちゃん先輩のブレーキ役というわけでもない。でも、寝ぼけたあっちゃん先輩はハル先輩じゃないと太刀打ちできない気がする。強さで部長副部長を決めているわけではないだろうから実際のところ二人のどちらが強いのかは不明。あっちゃん先輩がものすごく強いのはよく聞く話。
ハル先輩は争いごとが始まる前に終わらせている。不思議パワーがあるからやっぱり穏やかさの擬人化、有り難い精霊様なのかもしれない。いや、ハル先輩は人間らしいけど。
勝手に先輩二人を人外部門に押し上げて俺は博人を見る。
博人は普通だ。俺の親衛隊長をしてくれているところからいって面倒見のいい優しい王子様。ハル先輩は爽やか笑顔だけれど博人は煌びやか王子様フェイス。顔立ちが派手というやつなのか洋服が似合う人というか。広告塔として活躍できる気がする。美少年とかそれだけじゃなくって案外、肝が据わってズバッというから性格的に会社員よりもテレビに出ているのが似合いそう。目立ちたがり屋じゃないのにこういう風に感じるのは何でだろう。意外に先生たちと博人が仲良しさんだからかな。
並べ立てて思うけれどこの中の四人で俺が一番何もできない人間だ。
だからこそ、おんぶにだっこされろってことかもしれない。恋愛は依存とは違うから頼ってばかりするものじゃない。でも、まずはそこからって話なんだろう。最初の一歩を俺は踏み出せないからこういうことになる。
あみだくじを作って三人がすごい顔をしている。いや、あっちゃん先輩はいつも通りの強面というか人殺し顔というか鋭利な刃物の魅力というかにあふれている。ハル先輩もいつも通りの穏やかな微笑みで二人を見ている。いつも通りじゃないのは博人だ。博人の顔めっちゃ怖い。未だかつて見たことのない真剣さ。くじの当たりを引いたら死ぬみたいな顔をしている。俺を恋人にするとかそんなの嫌だってことかな。それはそうかもしれない。自分の告白を保留にされてオママゴトみたいな話に付き合っているんだから優しい博人だって怒るだろう。申し訳がない。
博人のことを真剣に考えていないわけじゃない。ただ怖いだけなんだ。寄りかかった先に何もなくて何処までも底が見えない暗闇に落下していく、そんなことを連想してしまう。自分から能動的に動くことが怖い。逃げるのだけが得意で自分の力で這い上がれない弱さが俺を作り上げている。
もうこれ以上は浸食しないでと誰に向けてか分からない訴えを俺は続けている。
誰の手を握ればいいのか分かっているようで分からない。俺の目に映るものがその人の全てじゃない。だから、決めることは怖い。選択権はいらない。
「とりあえず三日間です。三日間だけ恋人。ただし、生徒たちには悟られないようにすること過度な性的接触やきよらが嫌がるようなことは絶対にしない。これは守っていただきます」
博人が鬼気迫る表情でテーブルをバンッと一回叩く。三人ともがあみだくじのどこにするのか決めたらしい。半分に折られた紙。ちなみに俺は三本の縦線のどこにするのか最初から決めている。真ん中だ。真ん中しかない。俺のような人間は右も左も決められないのだ。
三人のうち誰になっても俺に変なことはしてこないだろう。博人が三日と念押ししていたけれど一日目でイヤだと言われたらどうしよう。友人と恋人は違うから俺は何かやらかしてしまうかもしれない。ドキドキする。怖い。
そして、結果は――。
青白い顔をした博人が「わかってましたから」と言いながら立ち上がる。トイレはあっちの廊下だと教えてあげたら何故か玄関に向かった。どうしたんだ、博人。ハル先輩が博人の背中に「縄が縛ってある木は何してもいい。手を痛めないようにな」と声をかけた。どういうことだ。耳を澄ましているとスゴイ音が聞こえた。
「あぁ、隊長は何か装備しているのか……」
「装備?」
「壁とか殴りたいけど殴ると手が痛くなるだろ。でも男にはやりたい時がある」
「あ、壁ドン?」
「そうそう壁ドン。……たぶん? きよらがイメージしたのと同じだ」
そういえば浅川花火に壁ドンされてるときに博人が壁ドンしていた。壁ドンは二種類あるんだかないんだか。
博人が壁ドンならぬ木ドンをしているというのはイチャイチャカップル死ねよの気持ち。え、俺か。俺は博人に呪われたのか。
「一生大切にする」
あっちゃん先輩が床に正座して俺を見上げる。それはどちらかと言えば俺がしないとならないのではないだろうか。
「ふつつかものですが」
慌てて俺も床に座って頭を下げる。ハル先輩が「三日間だからね、とりあえずだから」と釘をさすみたいに言った。大丈夫。あっちゃん先輩がお風呂場でのことを気にしてるのは分かってるし、これは俺へのみんなの優しさみたいなものだから本当の恋の手前の初心者コース。まだまだよく分かってない俺に与えられたチュートリアル。
あっちゃん先輩を彼氏にしたからって調子に乗ったりしない。
でも嬉しいと思ったのは秘密。
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