副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  001 匿名希望な風紀委員いわく1


 副会長が引きこもった。
 もう三日になる。
 これは一大ニュースである。
 
 副会長、朝霧きよらが寮の自室から出てこなくなった。
 普通なら大事件なのだが、この学園は一味違う。
 デリケートな問題に大人は触れてくることがないのだ。
 出来るだけ生徒の問題は生徒だけで解決させる。
 無理だろう、無謀だろう。そう思うけれど長年これでやってきた学園に高等部から入ってきた俺が何かを言えるはずもない。
 たとえ、風紀委員になったとしても委員長と違い権利など微々たるものだ。
 言われたことだけをこなしていればいい。
 そんな生活態度だからこそ舞い込んだ災厄。
 
「どういうことだ」

 心ない機械人形とか特殊機関に所属している暗殺者だと噂される風紀委員長の眉間に皺が寄る。
 血も涙もないはずのいつでも冷静沈着で合理的過ぎて恐ろしい委員長から感情が見えると嵐の前の静けさに感じて震える。
 みんなして「アイツ死んだな」みたいな顔はやめてもらいたい。
 俺は何も関係ない。
 部屋の中が委員長の感情ひとつで凍りつく。
 風紀委員の下っ端構成員でしかない俺はいつでも匿名希望だ。
 人から名前を呼ばれることを避けているというよりも機会がない。
 友達がいないことは悲しむべきかもしれないが学園の外にはしっかりと人間関係を作っているから問題ない。
 この学園の中で深い仲の誰かしらを作り上げるなんて危険なことを俺はしない。それが賢さだ。

「お前には報告義務がある、そうだろう?」

 風紀委員長の怖いところは低く温度の感じない声ではなく言い回しの仕方があくまでも穏やかであることだ。
 薄汚い俺が勝手に罪の意識を感じて気まずい気持ちになってしまう。
 当て擦り、嫌味っぽい、そう感じるのはこちら側に非があるからだ。
 というよりも何の感情もこもっていない声のせいで恐ろしいとしか思えない。
 
「副会長である朝霧きよらと最後に会ったのはお前だ。違うか?」
 
 反論があるなら言ってみろとばかりな委員長の調子に苦しくなる。
 
「あまり時間をかけるな」
 
 そうです。現在、引きこもり中の副会長と最後に会話をしたのは俺です。
 俺が寮の部屋まで送りました。
 そして、そのまま部屋から出てこないなんて予想外。俺のせいじゃねえ。
 
「副会長の名誉に関わることなら人払いをする。変な噂もあることだしな」

 冷徹機械人間という矛盾した愛称で知られる委員長が気遣いを見せる。
 もちろん、俺にじゃない。
 ここにはいない副会長に対するものだ。
 弱みでも握られているのかと思うほどに委員長は副会長に優しい。
 
 副会長にだけ優しいのは公平であるべき風紀としてはいけない気がする。
 だが、副会長を贔屓しているなんていう苦情は寄せられていないからいいのかもしれない。
 完璧超人で氷の帝王である委員長が副会長のおかげで多少人間臭くなる。
 それは人間凶器が凶器としか思えない拳を持った人間に変わる。
 言葉の上では微々たるものだが殺意にギラついた瞳でジャックナイフを持った通り魔と素手でクマを殺せる人間から眉ひとつ動かさずに握手を求められるのはどちらが怖いかといえば俺は後者だ。
 別に手が握りつぶされるとは思わないが感情が読み取れなさ過ぎていきなり息の根を止められたりするんじゃないかと怖くなる。これは俺だけじゃない。きっとみんな思ってる。怖いから言わないだけだ。
 冷たい機械のような合理性の塊である委員長なので理不尽な理由で制裁などはないが逆に正論でこちらの心を殺そうとする。
 人の優しさ、人間誰しもがある甘えや逃げなどを許さない。
 委員長は正しい人だが遊び心がない。なさ過ぎる。
 どうにも窮屈な空気を作り上げることだけが上手い委員長は二歳上とは思えない貫録で無言でこちらを責めてくる。
 いや、まあ、被害妄想なんだけど。
 なんとも無言の圧力という言葉が似合う人間だ。
 
「現在、副会長に対して出回っています噂ですが、委員長はご存知ですね?」

「転入生を案内する際にトラブルがあったという話だな」

「それは副会長から確認していますが、事実で、す」

 つばを飲み込む。緊張が解けない。
 怒り狂っていきなり首を絞められたり窓の外に放り投げられたりはしないだろうけど委員長の筋力を考えれば俺など瞬殺だ。
 俺は何も悪いことはしていない。
 でも、どうにも委員長相手には真実を口にするのですら弁解しているような気分になる。
 耳に聞こえのいい言い訳をして逃げようとしている見苦しさを勝手に噛みしめて気分が悪い。
 
「転入生に『気持ちが悪い』と言われたらしいっスね」
 
 素の口調を出してしまって取り繕うように咳払い。
 
「えー、えっと、なんかまあ色々とあったやり取りは副会長的にショックだったみたい……で」
 
 怖い。何が怖いって委員長の眉間に皺が更に寄ったのだ。深まった眉間の皺にカードとか挟めそう。口元はきつく結ばれて何かを耐えるよう。
 
 死ぬ。俺は死ぬかもしれない。殺されるとは思わない。
 機械的に削除される。
 サクッと消える。
 不用品のレッテルを貼られてゴミ捨て場に置かれるんじゃないのか、そんな気持ち。
 怖い。吐き気がする。
 緊張感に倒れそうになった俺を正気付かせたのは初期設定のままの着信音。
 電話の電源切っとけといつもなら思うところだが犯人は俺だ。
 自分のケータイではなく風紀として支給されている方。
 緊急連絡が入る可能性がある風紀のケータイはマナーモードにしないでいいと言われている。
 むしろ、すぐに気づかなければならないので俺のケータイがサイレント状態のほうが怒られる。
 
「……委員長、副会長から、です」
 
「俺と話す気があるか聞いてくれ」

 言外に電話をさっさと替われと言われている気がしたが気づかないふりも必要だ。
 委員長ではなくあくまでも俺に対して電話をかけてきていると理解しているらしい。
 まあ、副会長の私的な番号なんてお互いに交換済みだろうから俺のケータイがなってる時点で風紀絡みっていう解釈するのが妥当。
 これで副会長が委員長と話したくないとか言ったら俺は本当に死ぬんじゃないだろうか。
 なんで俺に電話をかけてきたんだ。
 自分の机に戻った委員長は溜め息ひとつ。
 どうしてそんな人間らしい仕草をするんだ。コーヒーを飲むその姿すら恐ろしい。
 以前、お菓子を食べていて驚愕したことがある。
 副会長がくれたものらしい。
 甘党ではない委員長がお菓子を食べる異常事態に恐怖はとどまることを知らない。
 風紀室の中は職員室をこじんまりした内装というのが一番わかりやすいと思う。
 デスクが寄せ集まってそれぞれの机の上に資料とパソコンがある。
 ちなみに下っ端である俺用のデスクはない。まあ、一年は見回り業務やフォローなどが主であり書類業務は別室にあるソファーに座ってやったりする。
 本来は事情聴取用の部屋だがそうそう使われたりはしない。
 部屋の大きさは生徒会室と同じはずだが机の数が多いので狭苦しいこともあって俺は副会長の電話に出ながらソファーに向かう。
 一人、書類をまとめている奴がいるが無視だ。
 委員長がいない部屋で緊張感は皆無。
 
「出るの遅くなって、スミマセン〜」
 
 戸惑う気配の後「ご心配おかけしました」とたぶん頭を下げてどこかにぶつけたのか痛そうな音と唸り声が聞こえた。
 電話で頭を下げるタイプの人間だとは思っていたが頭をぶつけるとは副会長、朝霧きよらは綺麗系な知的美人な外見とは裏腹に残念だ。
 その残念さも庇護欲をかき立てられるとか何とか親衛隊問わず大人気なわけだが天然物は時に人工的なものよりも恐ろしかったりする。
 人柄を知っている人間はかわいい系には見えない副会長を十人中十人かわいいと口にする。
 美人だとか美形だとか格好いいとかではなく「かわいい」「和む」「妖精」「天使」と愛らしくファンタジーな言われ方をされる。
 
「副会長、風紀の委員長に替わっちゃっていいっスか?」
『あ、はい。……あの、あっちゃん先輩は怒ってます?』

 あの風紀委員長をあっちゃん呼ばわり。
 閻魔大王をえっちゃんとか言い出すんだろうか。
 
「怒ってたとしても副会長に対してじゃないっスよ」
『……? 他に誰に?』
 
 転入生じゃないの、とは言わないでおく。
 飛び火が怖い。
 
「んじゃ、まあ……そういうことで委員長には副会長から説明してクダサイ」
『はい、お疲れ様です』
「こんなのただの始まりでしょ」
 
 通話口から離して呟いた俺の言葉は副会長に届かないだろう。
 これからどうなるのか、俺はわからない。
 けど、絶対に混乱と騒動が起きて忙しくなる。
 それだけは確実だ。

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