副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  047 副会長と親衛隊副隊長の恋愛談義3


 ハル先輩と俺は見つめ合いしばし、無言になった。
 お互いがお互いの言葉を待っていた。
 ベッドの上で見つめ合うという文字だけにすると艶っぽいのにそんなことが全く関係ないあたり俺とハル先輩という感じだ。
 
「あの……ハル先輩?」
 
 待たれたところで俺は何を言えばいいのか分からない。
 博人の気持ちを汲み取れってことなら無理だ。
 今まで博人が俺の考えを察してくれたことは数多いけれど俺が博人の気持ちを前もって理解なんて出来た試しがない。いいや、違う。俺はしようともしなかった。考え付かなかった。博人がどう思っているのか、俺は深く考えることを避けていた。
 
 いまは違うのは分かっているけれど俺は長い間、博人にとって浅川花火のオマケに過ぎないと思っていた。
 葛谷博人は浅川花火のいとこであって俺より近い存在で、俺がもし浅川花火と対立したら博人は浅川花火の味方をするんじゃないかって、ずっと思っていた。
 それはハル先輩の言う「信用するための証拠が不十分」ということなのかもしれない。
 
 でも、博人をそうして信じきれていないくせに、信じてそれが社交辞令を真に受けるような自信過剰なものだと思うのが怖いくせに、俺はちゃんと知っている。
 
 博人は常に俺の味方だった。
 
 考えるのが怖かったのは博人が俺のことを本当は何とも思ってないと知ることになるかもしれないと避けて逃げていた。それでも大切にされている自覚があった。
 怯えて怖がって考えずに済まそうとしている俺でも言える。
 葛谷博人は朝霧きよらの味方だ。
 矛盾しているかもしれない。
 俺のために俺のことを考えて博人が動いていることを知りながら、根本的理由が本当は俺のためじゃないかもしれないと恐れていた。
 傍から見て浅川花火と葛谷博人の間には二人にしかわからないものがある。
 博人がどれだけ浅川花火に毒を吐いても浅川花火は聞き流す。
 他の人間がそんな対応しようものなら浅川花火の鉄拳が飛ぶかもしれないが博人とは軽い言い合い程度のものだ。いつだって「俺が折れてやっている」という顔をする浅川花火だったが博人を特別に気にかけているというのが分かる。博人も博人で浅川花火以外の人間には分け隔てなく笑顔を向けるので毒を吐いてツンとした態度で当たる浅川花火は特別だと言えた。
 だから俺はそんな二人の仲に羨ましさを覚えつつ、二人の仲がいい理由がイトコという血の繋がりに由来すると考えて思考停止する。生まれた時から兄弟のように育ったと浅川花火はよく言っていた。兄弟のように育ったら誰も踏み込めないような絆が生まれるというのなら俺が覚えるのは憧れでも嫉妬でもなく絶望だ。
 のたうち回りたくなるほどの暗くよどんだ気持ち。
 だから俺は博人が俺に優しかったり親衛隊を作った理由について深く考えるのを避けていた。
 浅川花火の友人であるから浅川花火のいとことして俺にも親切にしてくれていたとしても博人は俺の味方だった。そのことを分かった上でも、博人が俺に向ける気持ちが浅川花火への附属物程度へのものだったとしたら大本である浅川花火にどれだけの気持ちを向けているのか知ることになってしまう。
 それはとんでもなく恐ろしいものに感じられたから目をそらして考えずにいた。
 博人のことは怖くない。博人は優しい。
 けれど、もし博人が浅川花火を好きだったからこそ俺を思いやっていたのなら俺は博人の好意を受け入れることが出来ないかもしれない。だから、最初から博人から見て俺は浅川花火のオマケなのだと思うことで俺は俺を守っていた。
 
 俺が考えていた浅川花火を前提にした俺と博人の関係はそもそもが俺の勝手な思い違いの産物である可能性が出てきた。俺と博人の関係どころか博人と浅川花火の関係を俺は勘違いしていたのかもしれない。目をそらさずに見た二人の姿は俺の想像とは違っていたのだから。
 
『好きなの?』
『きよらのことがね、ここで生徒会長を好きだなんて誤解しないで』
 
 嘘のない博人の言葉を俺はちゃんと受け取った。
 消化しきれていないけれど忘れられるものじゃない。
 
 博人は俺のことが好きだから俺の親衛隊長をしていてハル先輩いわく学園で仲人をしている。
 
『勘違いしないで、俺は君を愛している。これからするのは環境づくりさ』
 
 何をするのだとしても俺の居心地のいい場所を作るための行動だと博人は言った。
 三日引きこもった俺のためにわざわざ部屋まで来てもらってやっと顔を合わせたあの夜にハル先輩もいる前で博人はそれが当然であるという顔で告げられた真心。
 俺が愛されているわけじゃないと思うのは博人に失礼だ。
 博人はしっかりと俺に伝えてくれたのだから浅川花火のオマケの気分は排除しないといけない。
 
「博人が誰かと誰かを付き合わせているのは学園内の空気をよくして俺が過ごしやすくなるようにっていう配慮ですか?」
「そういう言い回しもできるけど、ここはもっと意地悪な言い方で伝えよう。
 ……隊長は人と人とを結びつけるその結果として人々から信頼を得た。それはきよらのためだけど味方を変えると恋愛という餌で人を釣って言いなりにしている」
「別に博人が悪意を持って人を陥れているわけじゃないのにどうしてそんな言われ方されないといけないんですか? おかしいですっ」
「そうだな……隊長に悪意はないな。あるのはきよらへの愛情だけだ」
 
 少しだけ恥ずかしくて居心地が悪くなるのはハル先輩が真顔だからだろう。
 さっきまでみたいに笑っていてくれたら俺が納得して話は終わった。
 ハル先輩の表情からしてここで話は終わりにはならない。
 
「葛谷博人はきよらのためにしか動かない人間だ」
 
 同じようなことを久世橋は口にしてクズだと言った。
 ハル先輩は少しまぶしそうに目を細めて「彼の愛を俺は否定する気はない。そんな立場の人間じゃない」と首を横に振る。
 俺の表情からハル先輩は何を読み取ったんだろう。
 いま、俺は何を考えていた?
 
「彼が学園で仲人をしてもそれは恋人になった二人のためではない。きよらのためだけの行動で一欠片の善意も存在しない」
 
 それを聞いても意外だとは思わない。
 なぜなら博人は人間嫌いというか人付き合いが億劫そうなのだ。
 観察眼が冴えわたっているから気づかれにくいし誤魔化しも上手いのかもしれないけれど博人は誰かを心の中に入り込ませたりしない。壁を作って一定の距離を取っている。
 一定の距離があるからこその余裕で博人は微笑んでいるけれどその笑みは仮面と同じで博人の本当の顔じゃない。
 
 そう考えて俺はスポーツドリンクと日傘のことを思い出す。
 博人のしてくれたことに礼を言って受け取れば博人はすごく嬉しそうに笑ってくれる。
 それは仮面の笑みじゃない。だから俺も嬉しくなって笑い返す。それが悪いことのはずがない。
 
 だから、俺は、どうして浅川花火が怒って不機嫌になったのか分からない。
 怒られているのだから俺が悪いに違いないんだろう。
 けれど、それでも、俺は納得がいかなくて心がどこかグルグルと回り巡る。
 
「俺はそれが悪いことだとは思わない。結果として幸せな恋人たちが増えて淋しい思いをする人が減って学園の小競り合いは少なくなった。これは統計として風紀から提出されている事実だ。葛谷博人が行ったことというよりは副会長の親衛隊としての活動報告がきちんと上がっている」
「恋人を作るのが副会長の親衛隊の仕事になっているんですか?」
「少しだけ違うけれど大部分は正しいかな。……葛谷隊長が引き合わせて恋人同士にした彼らにまずなんて言うか分かるかい?」
「病める時も健やかなる時も、共に歩み」
「結婚式の時の文句じゃない。……『朝霧きよらに感謝して親衛隊に入隊してくれないか』っていうのが正解」
 
 やはり頭がついていけない。どうして俺に感謝するんだ。
 親衛隊に入れるために恋人同士にさせたから俺に対してプラスのイメージを植え付けようという博人の計画なんだろうか。それにしても間接的じゃないだろうか。というよりも必要がない気がする。わざわざ親衛隊に入隊されたい相手を恋人同士にさせる必要があるんだろうか。
 
「きよらは好かれているけれど恋愛的な意味で『好き』って親衛隊から言われることはあまりないはずだ。この前の金曜日にみんなでご飯を作っていたけどあれに参加している人間できよらに告白しようとする人間はいないと思うよ。……それはきよらに魅力がないってことじゃない。隊長の配慮だ」
 
 ハル先輩の言葉を俺の都合のいいように解釈させてもらうのなら博人は俺が安心できるように親衛隊で俺に物理的に距離が近くなる人間に恋人をあてがっていた、そういう風に聞こえる。
 
「今では少なくなっていることだけど結婚式で仲人を務める人間は結婚する夫婦は親と同じぐらいに世話になったという恩があると見なされる、その売った恩の使い道はきよらに対してだけだから彼らに親衛隊への入隊を勧めたり、入隊をしなかったとしても何かあった時にきよらの力になるように言い含めることを欠かさない。隊長の観察眼から言って結び合わせたのと同じように恋人たちを破局させることすら簡単だからね」
 
 簡単だからといってやりはしないだろう。
 人間関係がもつれると大変なことになる。
 博人なら修羅場の中でも笑っているのかもしれない。
 
「愛のためにどれだけのことが出来るのか、その答えの一端は葛谷博人が見せてくれている。俺はそう思ってる」
「親衛隊のみんなが恋人ばかりだったら俺とご飯作っていたりするのって……迷惑になりますか?」
「みんなが朝霧きよらを愛しているのをきよらは知っているか聞いただろ」
「でも、やっぱり恋人がいるなら俺より――」
「それはまた別ってことだ。……切っ掛けはどうであったとしてもきよらのことを好きだからこそ親衛隊の人間は親衛隊に所属している。きよら、間違っちゃダメだからな? きよらのことを好きじゃない人間は親衛隊にはいない。隊長は無理に入隊させてるわけじゃないんだから」

 小さな声で「たぶん」とハル先輩は付け足したが普通に考えてその通りだろう。
 無理に押さえつけるようなことをすれば反発が来る。
 それでは恩を売った意味がなくなる。善意ではなく打算的であったとしても博人の行動によって恋人たちが結ばれたのが本当なら普通なら感謝するだろう。わざわざ強制するまでもない。
 
「親衛隊のみんなを参考にすれば恋愛問題は解決ってことですね」

 スッキリした俺の顔にハル先輩が「きよらの自覚に足りないものをうながすためには話を聞くだけだと足りないかな」と少しだけ意地の悪い顔。
 ハル先輩の見たことのない表情に驚いていると先程までの顔が嘘のように笑顔を向けられた。
 誤魔化しているというよりもハル先輩の中に本音や本心というものが二つある気がする。
 
「まあ、秋津を起こしに行こう。そこで少し続きを話そうじゃないか。それできよらは欲しいものが手に入る」
 
 欲しいものというのはもしかしなくても恋人のことだろうか。
 いや、そんな。欲しいと言ったからって。
 
「そんなすぐに恋人なんて無理ですよ」
「だろうな〜。俺もそう思う」
「もっとこう、レベル低くていいんで! ゆっくり進むプランで!」
 
 あるのか知らないけれど俺はハル先輩に頭を下げる。
 ハル先輩が俺に誰と恋人になるべきだと話を持って行くのか分からないけれど、こんな俺では相手に失礼だ。
 でも『こんな俺』だと卑下した気持ちにならなくてもいいようになりたい。
 普通に恋をする相手が欲しい。
 依存先ではない相手。
 疑うことなく味方だと思える相手。
 そんな人、欲しいに決まってる。
 誰だってそう思うんじゃないだろうか。
 
 そこで俺は合点がいった。
 
 博人はやっぱり優しい。
 
 一人は誰だって淋しいから二人でいて淋しくなくなるならそうしてやろうと思うのは普通じゃないか。
 どうして久世橋は博人を嫌なものであるように言うんだろう。
 恋人になるのはお互いの意思だ。博人は切っ掛けを作ったりアドバイスをしたのだろう。
 人を見る目がいいから告白のタイミングを教えてあげたのかもしれない。
 俺に告白してきた博人だって俺が博人を信じていたのならベストのタイミングだった。
 俺は俺自身に自信がなくて博人の気持ちを察することが出来ずにどう受け止めればいいのか分からなかった。
 いくら三日間引きこもっていたとはいえ思考力が落ちすぎていたことは否めない。
 博人は俺を一切責めずに「きよらは真っ直ぐだから強い。逃げることすら全力なその姿が俺は好きだよ」そんな優しい言葉をくれた。
 アレは本気なのだろう。
 中学から地道に仲人をしていた理由の一端。
 俺がもし逃げたいと言ったのなら作り上げた人脈を使ってどこにでも行けるように手配してくれるつもりでいる。
 
『逃げたいのなら地の果てまで逃がしてあげる。安全だと確信できる場所がどれだけ遠くても果ての果てでも俺はきよらと一緒なら平気』
 
 俺は朝霧の家が嫌だ。
 あの家で一生を過ごすのが嫌だ。
 心の中で言葉にするのも怖いこと。
 一生あの家で姉の支配下で生きていくのは死んでいるのと同じだ。
 俺は死にたくない。そう、死にたくないと思える。
 
 転入生に会って、浅川花火と話してもうダメだと思った。
 重く大きな諦観がやっと少しずつだけれど打ち崩されていく。

 本当は、俺はとても怖かった。
 
 ハル先輩がそんなことを言うはずがないと思いつつも心のどこかで「お前みたいなやつが恋なんかできるわけがない」そう言われるのが怖かった。否定は怖い。何処までも俺は臆病者だ。
 
 誰にも必要とされることがない役立たずだと俺に染み込んだ呪い。
 愛してほしいと絶叫する心。
 上手く信じられなくて、きちんと理解が出来ない。
 でも、ずっと優しさや思いやりってものは、そこにある。
 俺が見ていなくても知らなくても気づかなくても、そこにある。
 だから俺は前を向いて向き合っていける勇気を手に入れられる。
 優しくしてくれてありがとうとちゃんと目を見て言いたい。
 
「イージーモードで、いや、せめてノーマルぐらいでお願いします」
「オーダー承りました。はは、そうだな。あいつがどう反応するのか楽しみだ」
「博人には……」
「話は通しているから大丈夫。――これからするのは『恋愛談義』じゃなくて本当の『恋愛』だ」
 
 笑って「まあ『恋愛講座』の方が正しいかもしれないな……まだね」とハル先輩俺の頭を撫でる。
 そして気づいたようにシャワーを浴びるのか聞かれた。
 気が回るあたりハル先輩は慣れているような邪推をしてしまうけれど俺が今いる場所に釣鐘の人間以外は来れないということだから相手はいないはずだ。
 ここ以外で会っているのならハル先輩と噂されるに決まっている。
 
 つい先日のことだ。
 ハル先輩は言っていた。
 
『人は好きなったこと、あるよ』
『どうなんだろう、自分でもよく分からないけどその相手を抱けって言われたら抱けるな』

 意外だと思いながらも俺はハル先輩の元婚約者や博人のことを考えて落ち着かなかった。
 その時の俺にはまだ恋愛はふわふわとした身近にないものだった。
 悪夢はまだ遠かった。
 
『きよら、俺を欲しがっていいよ』
『きよらはちゃんと求めてる、そして俺はそれに応えられる』
『俺を欲しがるならちゃんと全部をあげるから安心しなよ?
 釣鐘晴太は朝霧きよらを得がたい人間だと思ってる。他の誰もきよらの代わりにはならない』

 眠りに落ちる前の曖昧に聞いた言葉。
 これが幻聴ではなかったのなら――。
 
『相手からの了解が欲しい? なら、きよらはすでに告白してくれた相手がいるじゃないか。隊長じゃダメ? それなら俺は? 考えてもブレーキがかかるだろ。どうしてか分かるか? それがきよらの一番の問題点だな』
 
 博人のことに混ぜて「それなら俺は?」と聞いてきたハル先輩に俺がもし頷いたのならどうなったんだろう。「冗談だ」と笑うのか「じゃあ付き合おう」と真面目な顔をするのか。
 ハル先輩は優しいけれど嘘をつかない。甘い誤魔化しは相手のためにならないからだ。優しい嘘は現実を見ないための麻薬。ずっと嘘をつき続けるのならいいけれどその覚悟がないのならやってはいけない。嘘を本当に出来ない程度の甘やかしの嘘は傷が深くなるだけの凶器だ。
 
 そして、昔の、初めて会った時の記憶。

『俺は初めて人を好きになったかもしれないな』
 
 少し儚い微笑みで俺を見たハル先輩はずっとずっとハル先輩だった。
 今日のこの日まで釣鐘であることを取り立てて感じることもなく俺の親衛隊員であり剣道部のハル先輩でしかなかった。
 
『釣鐘の家の子になるかい? きよらなら大歓迎だ』
 
 自意識過剰でないのだとすると、俺はもしかして、もしかすると、口説かれたんだろうか!?
 混乱していて深く考えていなかったけれどハル先輩が俺に伝えてくれていた言葉はそういうことなのか?
 
 シャワーを浴びながら俺は一人で慌てた。


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朝霧きよらは人から向けられる感情を正しく理解することはなかなかできないという話。
「恋愛談義123」でハル先輩の言葉の意味などは折に触れて解説が……あるかもしれないし、ニュアンスで感じ取れで済まされるかも。

お見合い婆博人という新ジャンルと見せかけて実は対ヤンデレセンサーを駆使してヤンデレに相手を見繕って無害化させている「対ヤンデレ最強兵器」の話でもあります。
他の短編で博人が暗躍みたいな形で出番があったりする前ふり?

きよらはヤンデレほいほいするので早めに目線をそらせるに限るというのが博人の意見。

先手必勝「対ヤンデレ最強兵器ヒロト」攻撃力は最強とつくだけあって強いです。
(きよらの代わりとして博人にあてがわれてヤンデレに愛されることになった人も何だかんだで丸め込まれて幸せです、きっと)

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