副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  046 副会長と親衛隊副隊長の恋愛談義2


「恋が心の誤作動だって言うなら恋をするのは誰とだっていい。そういうものだろ?」
「相手がいることなのでそんなわけにはいきません」

 これはお決まりの反語みたいなものでハル先輩は俺に考えることを求めている。
 相手がいるのに自分本位でいていいわけがない。
 愛しているからといって強姦魔は許されないだろう、そういうこと。
 向き合う相手は機械じゃない、血の通った人間だから適当に決めたら失礼だ。
 人を傷つけるような恋を俺は望んでない。

「相手からの了解が欲しい? なら、きよらはすでに告白してくれた相手がいるじゃないか。隊長じゃダメ? それなら俺は? 考えてもブレーキがかかるだろ。どうしてか分かるか? それがきよらの一番の問題点だな」
 
 そよそよと気持ちのいい春の風のような声。流れるように紡がれた言葉は聞き流しているわけじゃないのに上手く頭に入ってこない。
 まだ朝日が昇り始める時間には少しだけ早く肌寒さがあるのにハル先輩の声はいつもと何一つ変わりない。
 俺も寝起きとはいえ熟睡した後なので眠気が来るってことはないのだが、頭の回転が悪い。
 これは無意識に考えることを避けている、ハル先輩いわくブレーキがかかった状態?
 
「きよらが目を背けている現実を言い当てるなら『信用しきれていない』んだよ。
 もう少し正確に言うのなら『信用するための証拠が不十分』ってところかな」
 
 ハル先輩が俺の心臓に人差し指でトンっと触れる。
 
「愛情というもの、恋愛というもの、頭では十人十色でひとそれぞれの形があると納得している。だから、きよらは葛谷博人、彼の、隊長の気持ちを否定しないし受け止めている。けれど、本当にそれが恋というものなのか疑問があるし、好きだと告白されて遠慮してしまう」
「博人は不真面目な気持ちで言ってるわけじゃない、です。……だから」
「寄りかかるような依存ではなく、心の中をあたたまる生活の指針になるような恋をしたいとさっき、きよらは言ったね。恋は生活を充実させるためのアクセント」
「その考えは失礼ですか?」
「逆だよ。これ以上になく健全で普通だ。……だから、きよら。自分の感じるものに自信を持っていい。きよらが自分を情けないと思ったのならそれは事実、情けなかった。生徒会長の浅川花火に言いたいことを言わずに諦めたのは情けないことだった」
 
 否定して、甘やかして、よくやっていると言わないハル先輩は優しい。
 なかったことにしないで上手くできなかった俺をただ認めた。
 ハル先輩の瞳に嫌悪も侮蔑も憐れみも見下しも怒りもない。
 あるのはただ柔らかなぬくもり。
 これも一種の愛だろう。だって、そうでもなければ、こんな風に俺の話を聞いていられない。
 友情でも親愛でも慈愛でも、こちらを思いやってくれているのが分かる。
 人のことを考えることが出来る人なのだ、ハル先輩は。
 俺は自分のことも精一杯で、こなせていない。
 頭の中を過ぎる「役立たず」という言葉で胸が痛くなる。
 思い浮かぶ否定の言葉に心が痛む。
 
「友人の言動で気分が浮いたり沈んだりするのは普通のことでよくあることだ」
 
 情けなさを認めた上で寄り添ってくれるハル先輩はきっと相談事に慣れている。
 誰だってハル先輩に話を聞いてもらえたら楽になるだろう。
 こんなにも親身になってくれる。
 
「そして、大切な人が傷つけられたときよらを思う人間が怒るのも普通。この学園では同性であるせいで友情と恋情の垣根がわかりにくいし尊敬や親愛が入り混じったら誰が何を思っているのか分からなくなってしまう。同じことを口にしていてもみんな本音が違う。導き出した結論は同じでも過程が違う。…………どういうことが起こるのかっていうと見た目が似ていても重さも形も熱も違うからぶつかり合うと歪んでいくんだ」
「親衛隊の中での、話ですか?」
 
 博人が何とかしてくれると俺は自分の親衛隊と仲良くしていながら細かいことは知らない。
 ぜんぶが博人越しだ。博人が紹介してこない親衛隊の人間は知らない。
 
「これは恋とは何かという話の発展形に過ぎないんだけど……親衛隊のみんなが朝霧きよらを愛しているのをきよらは知っている? 理解という意味で知っている?」
「えっと……まあ、嫌われてたら、わざわざ親衛隊には入らないかと」
 
 おどおどと口にして、偉そうだったかと反省して小さくなる。
 
「隊長がどのぐらいきよらを好きか分かる?」
「……博人が……? 親衛隊の隊長を出来るぐらい、ですか?」
「隊長って役職が面倒なものだって分かるんだ」
「久世橋がときどき俺に愚痴を吐きに来ます」
 
 内容の大部分は一人で平和な顔をしやがってみたいなそんな感じだった。
 それと博人をなぜか貶す。理由は分からない。
 俺に博人に対するよく分からない苛立ちをぶつけられても何の対処も出来ない。
 
「親衛隊の隊長が大変なのはクラスを受け持つ先生の苦労と似ているかもしれないな。別々の思想である個人が一斉に集まって好き勝手騒いだり誰かと仲がいい、仲が悪いと問題を起こしたら一人じゃ手に負えなくなる。だから、教師は一定のラインに達するまで生徒同士の揉め事には介入しない」
「親衛隊も個々人での考え方の違いで対立するんですか? 同じ親衛隊なのに」
「人数が居るからね。それこそ一クラス分以上の人数が副会長朝霧きよらの親衛隊だ」
 
 具体的な人数を俺は知らない。
 
「隊長は言わないだろうし知ってほしいからやっているわけじゃないけれど、今回話すことの理解の助けになるだろうからバラすな。……葛谷博人は人間観察に優れている」
 
 ビックリするような話が飛び出すのかと思えば俺でも知っていることだ。
 博人はちょっと器用貧乏に見えたりするけれど何よりも目が抜群にいい。
 視力という問題じゃなくて物事に対する着眼点が鋭くて正確。
 妙な比喩を使うこともあるけれど納得できることも多い。
 俺が妙だと感じるのは博人が見えているものが見えていないからだ。
 博人にはきっと人が隠しているものやその人自身が気づいていない無意識のものも感じ取っている。
 感受性が豊かなんだろうと思う。
 俺が想像しても届かない場所を博人は見ることが出来る。
 きっと小さい頃はよく泣いたりわがままを言ったりしたんだろうと思ったらいとこである浅川花火いわく、無表情無感動無反応だという。考えられない。
 いつだって博人は周囲にアンテナを張っていて俺が疲れて飲み物が欲しいと思ったらその瞬間にスポーツドリンクや日傘をくれる。
 熟年夫婦の「おい」と言って醤油を差し出したりするよりもレベルが高い。
 俺からは博人に何も伝えていないのに博人は察してくれる。
 甘えているのだと思い返すと思ってしまう。
 でも、俺が礼を言ってスポーツドリンクを飲み日傘をさせば博人はとても嬉しそうな顔をする。それを見ると俺も嬉しくて笑い返せて笑顔の循環作業と心の中で呼んでいる一連のことが俺はとても好きだ。二人でニコニコ笑っていると浅川花火に博人が甘やかし過ぎだと怒られていたりするので俺は自重するべきなのだろう。
 でも、博人は本当に嬉しそうにしてくれる。俺に何かをするのが嬉しいという顔をする。

 だから、俺は。

 けれど、それでも。
 
「自分の最大の武器だろう観察眼を隊長はきよらのために使ってる」
「いつもいろんなことを助けてもらってます」
「助けてくれるのは隊長だけ?」
「……親衛隊のみんなを含めて生徒たち、です」
「彼らは自主的にきよらに手を貸していると思う?」 
 
 自主的じゃないってどういうこと?
 脅されているってこ?
 話の流れからすると博人に?
 
 久世橋の言葉はそういう意味?
 
 混乱しながらも俺は博人を疑うことはしていなかった。
 何かの間違いだとかそういうことじゃなくって博人がたとえ久世橋の言うとおりにクズだとしても博人であることは変わりない。今まで博人が俺にしてくれた親切や優しさがなくなってしまうわけじゃない。
 これが別の誰かであるなら俺にした親切やかけてくれた言葉には裏があったりするのかもしれないと想像したかもしれない。
 
「博人は何をしたんですか?」
「これが恋愛談義に繋がるわけだ」
 
 意外な話の持って行きかたに俺は首をひねるばかり。
 
「隊長がしたのは簡単に言えば『仲人』だ」
 
 仲人っていうのは結婚式を想像するけど人と人の間に入って仲立ちをする人って意味もあったはず。
 イメージ的にそういった潤滑油的な役割をするのはハル先輩だけど博人が人を説得したり言い含めている姿を俺は少なからず見ている。
 
「この学園は淋しがり屋が多いから隊長は一人を嫌がっているのに一人になっている人間をくっつけたりっていう地道な活動を中学からずっとしてる」
「ど、どうして……ですか?」
 
 いいこと、なんだろう。たぶん。それなのになぜ久世橋が博人を批難したりするんだろう。訳が分からない。


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きよらは上げて落とされることがよくあったので警戒心はまあまあ高いというか自動的な防御反応というか……まあ現実逃避は十八番です。
真心を踏みにじられる痛みも知っているから真剣な思いに対して軽く扱うことは出来なくてグルグルしちゃったり。(悪夢に囚われて身動きが取れない理由の一端はある意味この生真面目さもあるかもしれない)

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