副会長は何がなんでも頑張らない | ナノ

  045 副会長と親衛隊副隊長の恋愛談義1


 恋愛談義ってなんだろうという好奇心に負けて俺はハル先輩のベッドの上で正座した。
 今更のことだけど俺の服装は見覚えのないスエット。
 そこまで大きいサイズじゃないと思っていたら疑問が顔に出ていたのか「それは隊長のだよ」と教えてくれた。
 博人が服を貸してくれたということは俺がハル先輩を頼ってここに居ることを知っている。
 というか、ハル先輩が博人に連絡しないわけもない。
 心配をかけてしまうから、その辺は抜かりないだろう。
 
「あぁ、隊長は怒ってないし自分じゃなくて俺を頼ったことに妬いたりもしてないと思う」
「……そうなんですか」
 
 複雑な気持ちになるのはどうしてだろう。博人が俺のことを好きだというその好きの意味合いは恋だとして、よく分からなくて混乱してくる。だって、俺の中での恋は憧れの類似品。博人が浅川花火を好きだというならともかく俺を好きだというのが理解できない。
 卑屈になって「俺なんか」という気持ちがある。それはすぐにどうにかできるものじゃない。
 
「人を頼るっていう選択をしてくれたのは隊長からしたら嬉しかったんじゃない?」
「それが、自分じゃなかったとしても……ですか?」
「そう……自分じゃない相手と好きな人が一緒に居ても平気じゃないけど平気なんだ」
 
 どうしてと、心の中で思うのは博人に対する感情じゃない。
 
「俺は――」
 
 浅川花火をハナちゃんのことを頼りにして依存して憧れていたけれど別にハナちゃんから愛されようとは思ってなかった。誰かと結婚しても構わないというよりそれが当たり前だと受け止めている俺は恋心を何一つ理解していない気がした。
 
「平気じゃないのは自分じゃない相手を選ばれて悲しいし不安だから。平気だと思うのはきよらが一人じゃないと安心するから」
 
 それはとても温かな愛の形に見える。
 むず痒さすらある。俺は戸惑ってばかりで何も理解しきれていないのに博人は気にしていない。
 自分の着ているスエットに照れ臭さを感じた。
 
「恋愛というものは何であるのかっていうのは実は俺も初心者だからお答え出来ません」
 
 爽やかに笑うハル先輩は「お兄さんが何でも教えてやろう」なんて副音声が聞こえてきそうな顔をしているのに初っ端から挫折発言。
 
「談義って言うのは一方的に教える意味もあるけれど話し合って相談することも談義と言うだろう。だから、俺と恋愛について話そうじゃないか」
 
 からかわれている気がするのはハル先輩が爽やかではない笑みを浮かべたりするからだ。
 ハル先輩はいじめっ子ではないものの自分で考えることも必要だと知っている答えを教えてくれない。
 自分で見つけた答えにこそ意味があり、人から与えられたり誘導されて得た答えは自分の真実にはなりえない。それはいつだったかハル先輩に言われた。浅川花火の後ろをついていこうとする俺を優しく引き留めて投げかけられた疑問。
 
『それは本当にきよらに必要? 好き? 大切? やりたいのか? それなら俺はこれ以上何も言わない』
 
 生徒会副会長という立場。俺には重くて厳しいに違いない立ち位置をそれでも生徒会長である浅川花火の隣にいるなら副会長しかないと思った。
 浅川花火の件を伏せて博人に相談すれば副会長どころか会長になれるようにすることもできると返事をもらったけれど浅川花火を超えることなど信じがたいし生徒会長に魅力を感じることもないので副会長で十分だと話をした。
 ハル先輩は俺の決定に対して何も言わなかったし、副会長に就任した際にはおめでとうと声をかけてもらえた。
 
「ハル先輩、恋って何ですか」
 
 俺の思いが歪んで間違っているのなら正しいのはどんなものになるんだろう。
 博人に聞くには無神経すぎるだろう問いをハル先輩にぶつける。
 
「人を好きになったら、どうなるものなんですか」
 
 その人が世界の全てになるのではないだろうか。
 以前の俺が浅川花火を全てにしていたように。
 
「依存と、恋は、違いますよね」
 
 縋るような言葉かもしれない。同じだと言われたいような、言われたくないような曖昧な気持ち。
 見越したようにハル先輩は微笑んだ。あたたかく包み込むような眼差しは俺に呆れたりしていない。
 
「自分がないと……恋は出来ないな。
 自分自身が居ないのに恋をしたと口にするのは誤魔化しになる」
「すこし、難しいですね」
「たとえば五歳ぐらいの子供が今のきよらに好きだって告白してきて真面目に取り合うかい? 別に隊長を批難するわけじゃないけれど小さい頃というのは心が出来上がってないんだ。つまり、感情を勘違いしやすい。でも、好きだと思って相手が恋しくなるその気持ちは恋だから恋愛なんて心の誤作動みたいなものだと言われるね」
「えっと……結局?」 
 
 自分で考えないといけないのかもしれないがハル先輩に続きをうながしてしまった。
 
「自分を他者に委ねるために恋を口にするのは心を誤魔化していると言えるけど、好きだからその相手によく思われようと思って相手を受け入れる行動に出るのは恋をしたからだ。外から見て同じように依存しているように見えるかもしれないけれど違うものなんだ。後者は恋をしている人間の一時の魔法の時間。恋から眼覚めてしまったら淋しいかもしれないけれど生活に支障はないだろうね。前者は違う。依存するために恋を使って心を誤魔化していたから恋するための前提が消えたことで新しい依存先を探さないとならなくなる」
 
 俺は卑怯者だと、そう言われているのだろうか。
 浅川花火がダメになったから他に寄生しようとしている浅ましい人間だと、そう思われている。
 
「自分がない人間は他者に意思決定を委ねる。……でも、それは果たして悪いことかな? 自分で決めることがなんでもいいってことはないんだよ。だって、間違った選択をして不幸になったら責任を取るのは自分なんだ。だから、正しい選択をしてくれる相手を頼りにしたっていい。服を選ぶ時に自分のセンスに自信がないからオシャレな知り合いにコーディネートをお願いする、それはそこまでおかしなことじゃない」
「依存したら、それは相手の重荷になります」
「簡単なことだ。きよらの依存心ごと愛してくれる相手を選べばいい。きよらが何かを選べないところも許してくれる相手に恋すればいい」
「俺は依存、したくないんです」
 
 矛盾したことばかり。
 でも、本心だ。
 弱い自分が嫌い。
 情けない自分を認めたくない。
 逃げてばかりの自分のことが何よりも気に入らないのは俺自身。
 だから、博人がどうして俺を好きでいてくれるのか分からない。
 
「依存したくないと思っているきよらを理解してくれる相手なら問題ないだろ?」
 
 そんな人、いるんだろうか。
 守られて、愛されて、依存しすぎないように寄りかからせてもらって、それに対して俺は何も返すものがない。俺には俺自身しかないのに俺は自分の心が欠けていて正常じゃない自覚がある。
 不良品の役立たず。
 あぁ、そうか。姉に言われ続けたせいで俺の自己評価はそこから動かない。
 
『オレはキミと違って望まれた存在だけど、キミを愛しているよ』
 
 その侮辱に俺は激怒した。悪夢の声に怒りを覚えていた。
 俺の価値をどうして人から決められないといけないと強い憤りがあった。
 怖くて嫌で堪らなかった悪夢をはねつけるぐらいに頭が焼き切れる苛立ち。
 
「俺は、俺を否定する人が、きらい、……です」
 
 いまさらに、どうしてあれだけ自分が腹を立てたのか分かった。
 ずっと姉に心の中だけでも反抗を続けられたのか、その理由。
 
 姉は俺を一人の人間として認めていなかった。
 居ても居なくても同じではなくて自分の所有物で自分の支配下に存在するオモチャだと思ってる。
 俺はそれが受け入れられなかった。
 自分には心があって考える力だってある。
 それなのに出来損ない扱いされ続けることが嫌で嫌で堪らなかった。
 姉のストレスを解消する道具でいるしか意味がない人生など嫌だ。
 そんなのは死んでいるのと同じでどこにも存在していない。
 
 ハル先輩の言う自分が居るか居ないか。
 もし姉に心を差し出して傀儡でいれば痛む心がないから何も考えずに生きていける。
 それを愛と呼べるのかは知らないが依存ではある。
 
「自分を好きでいてくれる人を人は好きになりやすい。そして逆のことも言える。
 自分のことを否定したり嫌ったりする相手のことは嫌いやすい。お互い様じゃないけど相手から嫌われたことで嫌い返さないといけない気持ちにすらなる」

 そして、俺は三日間引きこもる前にあった浅川花火との一連の会話に始まりここ数日の考えや感情を悪夢を言い訳にしないで自分の意思でハル先輩に伝えた。
 まとまらない言葉にはうながすように相槌を打ちながらハル先輩は俺を馬鹿にすることも嫌がることもなく聞き役に徹してくれる。
 だからこそハル先輩はいろんな人に好かれるのだろう。
 俺の心は丸裸にされて、そして、一番言うべきではなく、けれど、口にしなければ始まらないことを俺はハル先輩に告げた。
 
「ハル先輩、俺は恋がしたいです」
 
 勇気を振り絞った俺の言葉にハル先輩は笑って「うん、知ってる」と言い出した。
 
「なんやてっ!」
 
 エスパーは博人の特権じゃなかったのかと悔しがっていると頭を撫でられた。
 慰められたというよりも面白がられている。

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