七 田山さんは俺とエッチできるんですか?
田山さんが俺のお尻にもたれかかって雑誌を読む。それは以前よくあった光景。
ただ俺の状態は以前と違っていた。
どうして俺がベッドに手錠で繋げられているのか、桐谷はどうしたのか、田山さんは何を考えているのか俺は何も知らない。
田山さんが日に何度か食事や飲み物を運んでくれる。尿意があれば田山さんに言って尿瓶を用意してもらう。便意には簡易型携帯トイレを田山さんに支えてもらいながら排泄する。便意があるといっても田山さんがいることで緊張しているのかなかなか出て行かないこともある。田山さんにお腹をさすってもらったりして情けない思いをする。
この頃は決まった時間に浣腸をされて腸内洗浄をするようになってしまった。癖になるからよくない気がするけれど田山さんは忘れないようにカレンダーに印をつけるから大丈夫だと励ましてくれた。田山さんに迷惑ばかりをかけている。一人でトイレも出来ないなんて恥ずかしい。
浣腸でお腹の中を空っぽにすると田山さんがせっかくだからと店で使っていた拡張用のアナルプラグを俺の中に入れる。それ自体は別になんてことないけれどアナルプラグにローターをくっつけられた。中が振動して変な気分になる。気持ち悪いわけじゃない。でも、気持ちがいいかというとまだよく分からない。
わざとじゃないんだろうけれど田山さんが頭でグリグリと俺の尻の上で動く。以前は普通だったその動きに落ち着かない気分になる。雑誌を読んでいる田山さんの邪魔をしたくないから耐えているけれど今日はもう限界だった。
いつも田山さんが雑誌を読み飽きた時にローターの電源を切ってアナルプラグも取り外してくれる。俺が勃起していたらそのまま抜いてくれて田山さんが勃起していたら俺が舐めたりする。それはデリヘルとして頑張ろうと思っていた昔の名残と手を怪我しているから口を使う感じ。
手錠をとられてベッドの上で裸になる。たるんでいるお腹が恥ずかしいけれど田山さんは楽しそうだ。俺の腹をつまんで伸ばして遊ぶ。痛くはないので気にしないでいたら「よし、ヤるか」と言われた。
アナルプラグを取り出すんだろうと思って四つん這いになったらひっくり返された。田山さんは案外力が強い。
「最初は正常位だろ」
「はい?」
「もうデリヘルの嬢と客の関係じゃないから本番すっぞ」
軽く言われたけれど俺はさっぱりついていけなくて疑問符ばかりが頭の中で大増殖。
桐谷に愚鈍な亀だとよく言われた。豚なのか亀なのかよくわからないけれど俺は人間だ。
「……あぁ、お前の借金返しておいたって話しなかったか?」
「してません」
「俺、使わないで結構金溜めてたんだわ。あとお前の借金の利子がおかしかったから抗議して過払い金って扱いにさせて」
「田山さんが立て替えてくださったんですか?」
「違うって。お前の雇い主がデリヘルの店から俺になったんだ。大丈夫。客は俺だけだし今まで通りにしてればいい」
「えっと」
「店でずっとオーナーのベッドにいたんだろ?」
指名があってお客さんのところに行くまでオーナーにベッドの中で待機するように言われていた。
食事もベッドの上でほとんど寝ていたけれどトイレはさすがに自分でトイレまで行っていた。手錠もつけられたりしていない。
でも、広い意味で間違っていないので俺は頷いた。
「今まで俺といなかった時間を一緒に過ごすから最初はなれないかもしれないけど、ユメなら大丈夫だろ」
励ますような田山さんに大丈夫な気がしてくる俺は考えなしかもしれない。
でも、なんだろう。田山さんは優しいし怒ったりもしない。俺を嫌ったりイジメたりしてこない。でも、なんだろう。
「まあ、全く同じじゃなくて本番ありになるから身体がつらくなったら言えよ?」
「あの……あの、田山さん」
「うん? どうした」
すごく優しく頭を撫でられながら聞かれているけれど俺は何だか重要な局面にいる気がする。
分岐点みたいなもの。
とてもドキドキして怖い。
怒鳴りつけてくるわけでもないのに田山さんが怖い。
でも、そんなことを田山さんに思うのも口にすることも出来ない。
怒ってない人に怒っているかと聞いたら不快になるだろう。
俺はそれで過去何度も桐谷を怒らせてしまった。
「なんだ? 怒らねーから言ってみろよ」
どこかねっとりとした声音。銃口をこめかみに押し当てられているような気がして呼吸が上手くできない。
俺を落ち着かせるためなのか頬っぺたを軽くつつかれる。
田山さんはいつもの田山さんだ。すぐに話しだせない俺を怒ったりしない。ちゃんと待っていてくれている。
「田山さんは俺とエッチできるんですか?」
「あん? あぁ、大丈夫だ。俺は俺のモノに興奮するようになってるから……俺がユメに勃起してかわいそうで放っておけないって思った時にもうお前は俺のモノなんだ」
よく分からなかったけれど田山さんは服を脱いで上機嫌。
俺もつられて笑うけれど今まで服に隠れていた背中の刺青に心臓がイヤな感じに激しく動く。
「田山さんって下の名前なんて言うんですか?」
「簡単に教えるのはもったいねえからヒミツ」
子供っぽいのはいつもの田山さんらしい。
「ユメもあの名刺に書いてある名前よめねえーし。あ、教えなくていいからな。そういうのはタイミングがあるから」
田山さんは自分のリズムを大切にしている人だ。自分が話しているのを遮られるのは嫌いだし、自分の行動を否定されるのも嫌いだし、自分がやることを先取りされるのも嫌。並べると面倒な人に感じるけれど田山さんは優しい。俺に何かを強制したりしない。ただ、田山さんのルールを犯しちゃダメというだけ。誰にでも譲れないものはある。田山さんはそれが人より多いだけだ。
俺は自分が否定されるのが嫌だから田山さんの言い分を尊重する。盲目的に肯定するんじゃなくて田山さんの中でそうなっているならそれを訂正する意味はないと思うのだ。田山さんと俺の考えは違うけれど田山さんがこうだと決めたことを否定することはしない。田山さんが話したいタイミング聞きたいタイミングになるまで待っていればいい。
俺が監禁されている状況もすぐに教えてもらえなかったけれど最終的にはこうして説明してくれた。桐谷にイラつくと言われるような俺が口を挟んで田山さんのリズムを壊してしまうよりも田山さんが気づいて話してくれるまで待った方が建設的だ。聞けば答えてくれたとしても田山さんを不機嫌にさせるのはイヤだ。
背中の刺青のことも言ってくれるまで俺は聞かないでいた方がいい。田山さんが口にしたくなるタイミングがいつかきっと来るはずだ。
「俺とユメは相性がいいと思うんだ。俺のことが好きだって言っただろ?」
頷くと田山さんは満足そうに目を細めて俺の胸を揉んだ。
驚いていると「中はトロトロだし挿入すっぞ?」と乳首をいじってくる。
本番をすると言っていた。勃起したから俺のモノだと言っていた。
「田山さんは……俺のことを好きになってくれるんですか?」
色々考えた末に出てきた言葉は一方的な期待を込めたものだった。頭の中で何かを警告するようなモヤモヤとしたものがあるにもかかわらず俺は田山さんに安心していた。抱きしめられて触れてもらって喜んでいる。
「当たり前だろ。俺はモノに執着しないから俺の愛を独り占めできて嬉しいだろ」
複雑な気持ちだったけれど田山さんに好かれているのは嬉しかったので頷く。未だにふわふわと分からないことがあるけれど田山さんが恋人として俺の借金を肩代わりしてくれたということは理解した。
「ちゃんと拡張したから痛くないからなー?」
俺を子供をあやすような口調でアナルプラグを抜かれて田山さんの指を受け入れた。
アナルプラグを入れる時のローションで中は潤っているのか湿った音が響いて恥ずかしい。
「綺麗だよな。使ってないからか?」
笑っている田山さんは俺の重たい足を持ち上げて挿入した。異物感というよりも体勢のせいでお腹が重くて痛い。気持ちが悪いと思っていたら横向きに変えてくれた。少し楽になったけれど違和感が強い。
「白い腹に彫り込むのもいいと思ってたけど……エロいことするのにやりにくいな」
「はっ、え?」
「あぁ、刺青だよ刺青。痩せたら皮膚の感じが変わっちまうだろ」
「……あぅ、はっ、はっ」
「ちょっと苦しいか? ごめんな」
謝りながらも田山さんは抜くことはしなかった。「そのうち慣れる」と言われたのでそういうものなのかもしれない。
下半身に意識を持って行かれて深くは聞けなかったけれど田山さんは刺青を彫るのが趣味なんだろう。お仕事にしてはいつもスーツを着ている。いや、刺青を彫る職業の人がスーツを着ちゃいけないなんてことはないけれど一瞬極道なのかと思った。
田山さんは優しいからきっと極道だったとしても、きっと大丈夫。根拠もないのにいつも通りに見える田山さんに俺は安心していた。
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