やさしさをあげよう | ナノ

  五 死にたい? 生きてたい?


夢久瑠視点


-----------------------------------------

 田山さんは俺の傷がある唇を指で撫でながら「かわいそうに」と言った。
 初対面は「何コイツ」と言わんばかりに不審げに見られたのに今では大事に優しく触れてくれるのが分かる。
 殴ったり怖いことは一切ない。田山さんは俺に安らぎをくれる。優しくしてくれる。今まで俺はいなくなってしまった両親にすら優しくされたことがない。
 
 元々食べるのが好きで小学校高学年の時にはすでにぽっちゃりしていて周りとは体型が違っていた。
 中学の制服を作る時に大きめのサイズになって無駄にお金がかかるとイヤそうに言われた。
 そして中学で桐谷に出会った。
 桐谷は当時から格好よくて小学生を引きずっている中一の俺たちから見ると大人だった。夜の街に遊びに出ているとか彼女がいるなんて話を聞いた。みんなが桐谷に憧れて桐谷の周りを囲んだ。
 
 俺は憧れても桐谷になれるわけがないと諦めていたし、桐谷に暑苦しいと言われたことがあるので極力近づかないようにしていた。中学二年の時にクラスが変わると何故か桐谷は俺をイジメだした。桐谷のクラスの集団が放課後俺のクラスにやってきて始まる地獄。
 
 それは今でも続いている。でも、田山さんがいるから平気だ。
 田山さんが俺の傷を心配してくれる。だから、俺はなるべく怪我をしないように気を付けるようになった。
 いままでは桐谷にはどうせ敵わない、桐谷が怖いから逆らわない、そう思っていた。田山さんに心配をかけないために怪我をしないように行動しようと思えるようになった。
 
 田山さんはゲイじゃないらしい。それでもこの頃は俺のフェラでイッてくれる。俺みたいなデブで見た目がよくなくても口の感じは女の子と同じなんだろう。田山さんは気持ちよくなってくれる。それが嬉しい。
 
 田山さんは会社員できっとそこそこの給料をもらっている。部屋着のラフな姿もいいけれどスーツ姿がとても似合っている。それでも頻度が高いと貯金を崩しているんだろうと想像できて田山さんに悪いと思ってしまう。それでも田山さんに会いたくて俺はそのあたりの話ができない。田山さんが我に返って店に電話をかけて来なかったら俺との繋がりが消えれてしまう。
 
 俺の連絡先は店しかない。
 借金があるから個人用の携帯電話は持っていないし、客と個人的に会うのは禁止されている。バレたらペナルティだ。
 
 どれだけ田山さんが好きだとしても俺の存在は田山さんの迷惑にしかならない。せめて俺が痩せていて綺麗な外見でお客さんがいっぱいとれたら借金があっても自由に動かせるお金が増えたかもしれないし、店も俺の意見を聞いてくれたかもしれない。
 
 現実はろくに指名もとれないハズレ要員。
 
 桐谷のほかに数人は定期的に指名してくれる常連さんもいるけれど田山さんのように優しい人は一人もいない。太っているから食べることが好きなんだろう、いつも飢えているんだろうと決めつけられて会うたびにご飯を無理やり口に詰めてくる人がいる。正直いって拷問だ。店として禁止行為だけれど桐谷の暴力だって禁止だ。俺の店での地位は低い。
 
 どんな行動でもお客さんを満足させられるならそれが俺のするべきこと、そう言われた。
 世界は真っ暗闇だ。
 でも田山さんが俺の頭を撫でて抱きしめて温かな感情をくれる。
 俺の言葉を待っていてくれて、俺のことを責めたりしない。
 それはとても心地がいい。
 好きにならないわけがなかった。
 
 でも、住む世界が違うから一緒にいられない。

 そう思い知ったのは久しぶりに会った桐谷に手の骨を砕かれてから。両手が使えない俺を監禁して犬のようにコンビニのお握りやパンを食べるところを笑って見ていた。
 俺は結局こういう世界に生きている底辺のゴミなんだ。怪我をしないと約束したのに破ってしまった。もう田山さんに顔向けできない。このまま桐谷に犬のように飼われるのかと遠い目になる。
 
「元気? 死んでる? 死にたい? 生きてたい?」
 
 桐谷が飲みかけのペットボトルの中身を俺にかけてきた。
 炭酸の弾ける音がする。
 
「なんで勝手な行動すんの」
 
 髪の毛を引っ張られて毛根が悲鳴を上げる。デブの上に禿げたら最低だ。
 ずっとこのまま痛くて怖いことばかりなのかと思うといっそ桐谷の言う通り死にたいかもしれない。でも、田山さんに会いたいから死にたくない。田山さんが俺の尻とか背中とかに頭をくっつけて足や腰を撫でてくるあの時間が好き。俺は漫画を読んでいるふりをして触ってもらえることに幸せを感じていた。
 
 デブが移るって殴ったり蹴るのは桐谷だけ。桐谷だけはデブ菌に強いらしい。何その設定。イジメられだした中学ではずっと桐谷の暴力、そして桐谷の周りの人間に教科書やノートを捨てられたりしていた。
 
 気持ち悪い根暗、喋ってるのを見ると吐きそう、生きてる価値のないゴミ、それがずっと俺の評価だった。
 桐谷がいてもいなくてもきっと俺はイジメられた。
 ときどき思い出したように桐谷は俺にご飯を奢ってくれたり限定スイーツを普通に食べさせてくれる。だから仲良くなれるんじゃないかと期待することもある。気まぐれだったらしくて翌日には床に落としたプリンを食べろとか言われる。俺が泣いてもやめない。
 
 田山さんがもし同級生だったら俺を助けてくれたんだろうか。
 そんな事を思っていたら桐谷に「オレから視線を外すな」と蹴られた。
 見ていたら見ていたで「こっち見んなデブ」って殴る。
 桐谷が何を考えているのか分からない。
 だから俺はもうずっと痛みや屈辱をやり過ごすために田山さんのことを考える。田山さんとの温かな時間を思い出して縋っていく。
 
 昨日も「また明日」って約束したのに会えない。

prev / next


[ アンケート ] [ 拍手] [ やさしさをtop ]

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -