やさしさをあげよう | ナノ

  Q やさしさをあげよう


とあるデウス・エクス・マキナ視点。



 チャッピーの飼い主に子分の様子を見るように言われた。
 
 オレの子分ではないけれど一時的に性格矯正に付き合ったことがある。他人の振りをするのは無理があるので請け負った。帰国していたからいいタイミングだ。
 
 他称子分、自称生徒である非人間は半端じゃないレベルでキレやすい。何にも執着しないから何だってできるけど糸の切れたタコ。どこに飛んでいくつもりなのか自分自身分かっていない。迷惑な人種だ。血筋としてキレやすいのか弟もだいぶヤバい非人間ぶり。教育係はオレ以外だったら死んだかもしれない。
 
 腕力が人の頭蓋骨を折るレベルだからゴリラの親戚。頭の中身も動物っぽい。いいや、動物以下。自分の領域を犯す人間を殺しかけることはよくあった。そのため、いわゆる「こっちの道」に入ってきた人間。一般人に迷惑をかけないために強制的に裏側に来てもらった。本人は汚れ仕事も気にせず淡々とこなすような自分の人生に執着のなさを晒していた。
 
 何にも執着しないのに自分の感性みたいなものには従属している。
 人には理解できないスイッチが押されたら自動攻撃してくる暴走兵器。こういうと動物より性質が悪そうだ。
 普通の生活が出来ないから戦力として引き取ったものの正直癖があり過ぎて使い物にならない。だからオレが多少頑張って取り繕うことを覚えさせた。
 
 一般人を拉致ったらしいと聞いたのは非人間が新しく買ったマンションに向かう途中。心構えをさせずに問題を丸投げするのはやめて欲しいね。合法というか合意の上での拉致みたいだけど下っ端たちに「ドラム缶を用意しときます」とにこやかに言われた。それが非人間に関わる場合の普通の反応。
 拉致られたやつが死んでいないことを祈るばかりだ。
 
 
 と、そんなことを思って顔を合わせた相手はメチャクチャ元気だった。
 
 
 健康すぎてふっくらというかプニプニというか肥えていた。
 拉致って囲っている人間が男であることも取り立てて美形というわけでもないことも意外だった。
 モノに執着しないけれどデブ専やブス専というわけじゃない。
 
 特別、人の美醜を気にするタイプでもないけれど気にしないわけでもないのだ。
 平凡を自称できる外見のオレは最初すごく舐められた。
 年齢のせいもあっただろうけれど侮られてケンカを売られるのは本当に面倒くさい。
 オレは地獄の特訓の成果で身体能力も判断力も自慢じゃないが高い。ただの感情のリミッターがイカレている非人間に負けることはない。バーサーカーあるいは自動的な機械はパターンさえ知っておけば対処は出来る。オレ以外は無理みたいだけど。
 
「どうでした?」
「意外だったけど意外じゃなかった」
「それはよかった」
「チャッピーの飼い主にはちゃんと大丈夫だったって伝えるよ」
「それはよかった」
 
 田山と名乗っているこの非人間はオレが教えた礼儀正しさを忘れずにいるらしい。ピシッとスーツを着こなし出勤。スーツが汚れるような行動をとらない。もちろん、極力とつく。完璧に普通の人間になるのは無理だろう。
 この非人間が話している途中に何か提案をしようとしたらそれだけで裏拳を食らって前歯が折れるのだ。「俺の言葉を遮るな」という意思表示らしいが、口で言え。わざわざ人の前歯を折るな。
 
 オレの教育以降はそういった暴力沙汰は少なくなったらしい。ゼロにならないのは仕方がない。暴力的な衝動が消えたとかじゃなくてシャツに血がつくからってだけでやめているので私服の場合は前歯どころか鼻の形も変わるよ。
 
 とりあえずはオレの条件付けというか決まり事をきちんと守っているらしい。そこは評価してご褒美として美味しい肉のかたまりを渡すのは当たり前。肉が人の形をしていたとしても肉の意思を無視しているわけじゃないからいいよね。
 
 多少の引っ掛かりはあるものの一週間見つめた結果、問題なしと言うしかない。
 需要と供給がきちんと一致している。自分が生け贄の子羊だという自覚はないみたいだけれど上手くいってるなら突かないのが優しさだろう。
 
「ちゃんと両思いみたいだから変に混ぜ返すものじゃないよな……」
 
 呟いてみるけれど非人間は無表情。
 気に入らない人間の耳を掴んで引き千切り目を潰し前歯をへし折るような非人間的な行動を平然と行える人物だ。
 極道とかそういう問題じゃない危険人物。
 でも、ドリームじゃんなら平気だろう。頭の中がお花畑というか夢見がちというか、やさしい。

 優しいし易しい。
 
 性善説でも信じているのか、額面通りに物事を受け取るのか。
 自分を拉致監禁している人間に嫌悪感を抱かない。自分の立場に疑問を抱いても言葉にして訴えることをしない。不審に思っていても危機感知センサーが考えないようにしているのかもしれない。
 外に出たいと言ったが最後、まず確実に目の前の非人間はアゴを砕いて言葉を殺す。喉を潰さないのは栄養補給を考えてというよりも首をねじ切りかねないからだろう。
 
 合理的な魔物。人間を理解しても相容れない非人間。
 
 オレが教えた上っ面をドリームじゃんは信じている。信じているなら本物だろう。信じられて定着するなら上っ面ではなく非人間の中身になっていく。この一週間、見た限り非人間がドリームじゃんに危害を加えることはない。それは断言できた。
 
 小心者で圧倒的な弱者だからかドリームじゃんの危機感知能力は物凄く高い。二人のやり取りを見ていて拍手を送りたくなった。非人間がこれほど長く誰かと会話していることが信じられない。家族よりも相性が良さそうだ。
 
 非人間は非人間なので基本的に人間と価値観の共有ができない。噛みあわない会話はストレスになり自分を苛立たせる相手を潰そうとする。それが他人の目には突発的な暴力に見える。オレは幸いに被害を受けたことはないけれど理不尽に血だるまにされた下っ端は多い。Mなのか頭がおかしいのか非人間の強さに憧れているから殴られてもアニキとか言って慕っている。
 
 力が全ての世界だからか人望はゼロじゃない。
 
 非人間の扱いは一歩間違えばというか誰だって間違う。チャンネルが合わない相手は一言すら発することがなく血祭りにあげられる。誰でも一緒にいれば非人間の地雷を踏んで血の海に沈められる。オレは一目置いてもらう位置にいるので幸いずっと安全圏。
 
 ドリームじゃんは気が小さくて世界に怯えていて卑屈だからこそ非人間を尊重して踏み込まない。それは非人間にとってとても居心地がいいんだろう。
 一緒に育ったおかげでライオンに食い殺されずに家族認定を受けているネズミみたいなもの。
 
「痛みのない嘲りのない優しさだけが満ちた世界をあげよう」
「それ……」
「約束してあげたから守ってね」
「俺の代わりっすか?」
 
 頷くと非人間は嬉しそうな顔を見せる。正直怖い。鳥肌の立つ笑顔ってあるものだ。
 目に見える首輪はないけれどドリームじゃんは後戻りできない。「痛みのない嘲りのない優しさだけが満ちた世界」の代償に「自由な未来」を非人間に渡していることを気付いているのだろうか。気づいていないかもしれないし、気づいたとしても別にいいのかもしれない。
 
 愛しているなら不自由さもやり過ごせるだろう。人は環境に適応していくものだ。
 
「幸せにしてあげるんだよ」
「もちろんです」

 気づかないなら幸せだろう。非人間の非人間的部分とか。知らなければずっと幸せ。それは別にニセモノなわけじゃない。
 非人間がドリームじゃんに向ける言葉に嘘はない。全部ちゃんと本音だけ。
 
 監禁状態がおかしいと言ってドリームじゃんを普通の生活に戻すのは簡単だ。けど、オレはそうはしない。愛する人を失ったら非人間とはいえかわいそうだ。欠けている人間らしさを補完してくれるようない相手だから非人間には間違いなくプニプニ柔らかいあの温もりが必要だろう。
 
「ずっと食っちゃ寝だと足腰弱るから適度に運動させてあげなよ」
 
 プニプニが癒されるとは言ってもわざと太らせて病気にさせるのはいけない。
 ずっと寝ていて太らないわけがない。不健康だ。
 
「俺の名前を入れようと思うんすけど……」
「本人の了承が取れたらそれもいいんじゃないの。――痩せた後にするべきか悩んでるんなら伸び縮みが少ない場所にまず彫ったら?」
 
 非人間の非人間趣味が小学校の頃から続く彫刻刀による切り裂き魔。いや、今はきちんと勉強をした上で刺青職人をしている。というか、そうするように説得をした。
 人の皮膚に消えない跡をつけることに興奮するらしい。
 ドリームじゃんは肌が白かったので性格以外のそういう面でも非人間とは相性が良かったのかもしれない。
 そのあたりは好きにしてもらっていい。
 
「足の裏とか? どうせ、歩かなくていいし」
 
 人の話を聞かない奴だ。運動させろと言ったのに自分の欲望ばかりを優先する。
 なんだかんだでオレは非人間寄りの人間なので言うことがあるとすれば一言。
 
「やさしさをあげよう。ただし、周りに優しく出来たらだ」
 
 瞬きをした後に非人間は俺に頭を下げた。予想以上にドリームじゃんが大切らしい。
 人にやさしくなんてするタイプじゃない非人間が譲歩する。
 オレが上に問題ありだと報告したら引き離されるのを理解している。
 だから、周りに優しくするから自分にやさしくしてくれと頭を下げてきている。
 その感性は人間らしい気がするのでオレは満足した。子分とか生徒なんて思っていないけれど素直な相手には甘やかしてやりたくなる。
 
「あと、山田はもう少し好き好きアピールしてもいいかもね?」

 ドリームじゃんは自分に価値がないと思ってる。だから、部屋にいてくれるだけでいいという理由だけで監禁されたと想像もしていない。非人間はただ自分の部屋に愛する人を固定させたかっただけだ。目の届かないところに行かないように囲い込んだ。執着心が薄い人間が何かに執着した場合にとる行動としてそこまで不思議じゃない。
 
 本当にドリームじゃんが何もわかっていないのかはオレも知らない。鈍いのか突っ込むと危険だから避けているのか。自分の状況を深く考えていない。
 
「あのタイプには言いすぎて悪くなるってことはないから」

 分かっているのかいないのか首を傾げた後に頷く姿は動物っぽい。
 ドリームじゃんが人間らしいからいいだろう。
 
 普通、常識のある人間なら頭のおかしな相手に捕まってかわいそうとか逃がしてあげないといけないという使命感が湧き上がるのかもしれない。
 病院で目覚めない人を思い出しながら少し考える。ドリームじゃんにひたすら理不尽を重ねてきたのが一気に帰ってきたと思えば彼の怪我は妥当かもしれない。それならオレが何かをするのも違う。
 あっちと知り合いとはいえこっちとも知り合いだ。
 どちらかにだけ肩入れする贔屓はしない。
 
「ゆめゆめ忘れる事なかれ。……やさしさをあげよう」
「俺が優しい限りは、っすね」
 
 頭を下げる非人間。いつか人間になるのかもしれない。そうしたらドリームじゃんもちゃんと外に出られるだろう。
 その前に外に出ようとしたらデッドエンド。図らずとも釘を刺してしまったし、きっと空気を読んでそんな事を言い出す日は来ない。
 
 何とも幸せな箱庭風景。



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あとがき

お読みくださってありがとうございます。

明るくないデブ受け。

デブ受け的なメインはユメの中学〜高校の不憫なあたりかもしれません。
(ひたすら桐谷に理不尽にイジメられつつ唐突に甘やかされてよく分からない状態のユメ。ユメの死亡(脂肪の誤字ですが正しいような……)はわりと桐谷の愛でてきていて今は田山さんの愛に押しつぶされてる感じ)

オマケ短編として今後、
中高のエピソード、デリヘル時代のエピソードを追加で挿入するかもしれません。

本編は人によって分かりにくいかなーと自覚あり。
オマケで補足していきたいです。

「Q」で田山さんのことは大体わかったとは思いますがユメ視点だとあくまで優しい良い人。それが薄ら寒いという話。
良い人だといっても色々おかしいですけどね。監禁して排泄管理とか。
ユメがちょっとぐらいしか疑問を感じないのが更にツッコミどころ満載。

今後も二人はラブラブです。ただし薄ら寒さがつきまとう。

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2015/09/26

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