愛があまりに遠すぎる | ナノ

  愛があまりに遠すぎる1


※生徒会長視点


 他人と自分との心の距離や理解不理解。そういったことに今まで俺は悩んだことがなかった。
 他人は他人、自分は自分。分かり合えないのならそれまで。折り合いがつかないならその程度。

 切り捨てることに迷いはなかった。
 
 俺は何者にも屈しないし誰にも迎合しない。
 自分の考えを曲げるのは自分自身を殺すことと同じだ。
 プライドがない人間は死んでいるようなものだと木佐木の家の人間は言った。
 
 木佐木(きさぎ)の名字を名乗っても俺は残念ながら木佐木じゃない。
 純粋な木佐木の血族はすでにないだろうとぼんやり思っている。
 木佐木の血が流れている疑いがあるから引き取られて木佐木を名乗ることになったものの俺に木佐木の人間であるという実感はない。
 だから、木佐木の人間であるという認識で繋がりを持とうとする同年代やその親たちを俺は嫌った。
 俺とは違う要因から周りを拒絶する人間が周囲に集まり気がついた時には息苦しさは消えていた。
 家に居場所がなかったとしても学園には俺の居場所があった。
 
 その立役者は俺自身ではなく木佐木(きさぎ)冬空(とあ)のファンを公言してやまない同級生。
 彼は裏表が全くない人間だった。
 取り立てて目立つ容姿ではなかったし学業が秀でていたわけでもない。
 ただ俺たちの誰もが真似できないほどにとても純粋だった。
 
 日本の伝統工芸の復興に尽力したとか海外に日本文化を売りつけたとかミッシングリンクとされていた歴史の空白を埋めたとかよく分からない話に事欠かない木佐木(きさぎ)冬空(とあ)。

 伝説上の人物ではなく普通に存在する人間で学園の卒業者だ。だからこそ彼もこの学園にいたのだろう。
 生徒会長を務めた人間なので正直、中学からの俺の生活は比較されることになり重苦しいものになる。以前から覚悟はしていた。
 けれど幸いというべきか歯に衣着せない素直な彼が居る。自分は間違うことも迷うこともないと思っていた。
 彼が居なくなることなど思いもせずに依存していた。
 周囲もそうだった。多かれ少なかれ偽ることを知らない彼に惹かれていた。無意識に頼りにしていたのだ。
 
 だから、普通の私立なんていう進路を取るなんて考えもしない。
 小学校から中学に上がるのに試験あったけれど彼が落ちるわけがない。
 平均より上ぐらいを常にキープしていた彼は頭が悪いわけではないのだ。
 
 安心していた反動から彼を欠いた俺の中学時代は当然のように荒れた。
 周りはそれを諌めることはなかった。俺の気持ちが分かるからか、周りもまた彼が居なくなったことで気持ちの整理が出来なかったからか。
 
 俺の絶望は彼によってもたらされたが彼によって前を向くことができた。
 
 中学二年も終わる頃、彼が編入してきたのだ。何があったのか、どうしてこのタイミングなのかは分からない。
 ただ彼が手の届く範囲にいてくれたことが嬉しかった。
 俺の周りに変わらずにいた奴らも気持ちは同じなのか彼を邪険に扱う人間は誰もいなかった。
 嬉しいのと同時に怖くもある。
 彼が俺以外と近くなる可能性がある。
 
 来るものを拒むことがあっても去る者は追わない。
 
 俺はそうして自分を守っていたはずだった。けれど、一度手から消えた彼に関してはそうはいかない。彼を俺は失えないと思った。以前と変わらずに彼は木佐木(きさぎ)冬空(とあ)のファンであるらしい。それを最大限に利用させてもらう形で彼との距離を縮めた。彼に俺のことを好きになってもらいたかった。
 
 木佐木(きさぎ)冬空(とあ)の創作物は家に大量にあるし、別荘として山奥にある建造物も彼の作品だという。
 彫刻、彫金などをはじめ木佐木(きさぎ)冬空(とあ)が積極的に取り組んだとされているのが建物の設計だ。
 建築物、建造物、そういったものを木佐木(きさぎ)冬空(とあ)は数多く作り上げた。
 
 嘘か本当か街の設計に携わったという話もある。

 大規模な災害によって被害を受けた街を生まれ直させるプロジェクト。
 彼自身が関わったのか名前を貸しただけなのかは分からない。ただ木佐木(きさぎ)冬空(とあ)のコアなファンはその街に住み着いているし海外から観光地の一つとして有名になっていると聞く。地域の活性化に一役買うほどに木佐木(きさぎ)冬空(とあ)の知名度は高い。
 
 木佐木の家に居ながら俺は木佐木(きさぎ)冬空(とあ)の凄さをあまり理解できない。
 だからきっと彼が見ていたもの、感じていたもの、求めていたものを蔑ろにして不理解に晒していた。理解できないことで彼を傷つける可能性を考えることもなかった。
 
『あなただけの肉便器にしてくれますか?』
 
 高校に入学する前、木佐木(きさぎ)冬空(とあ)が恋人に告白したらしいタイミングで俺も彼に告白した。
 それに対しての返答は理解できるものじゃなかった。
 理解できなかったら話はそれで終わり、それが俺の今までだった。
 お互いの認識をすり合わせようとは思わない。
 
 けれど、彼にはそれが出来なかった。
 
 真っ直ぐな瞳で俺を見る彼に湧き上がった裏切られた気持ち。
 自分が知らない中学の二年間に満たない期間で変わってしまった彼。
 信じられないし信じたくないし何一つ認めたくなかった。
 
 そして俺は失いたくないと思った彼から逃げ出した。

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