愛があまりに遠すぎる | ナノ

  肉便器なので浮気以前の問題です5


 どうやら僕はまたしても見通しが甘く失敗したらしい。
 告白してきた彼は僕を好きなはずなのに手のひらを返すように冷たい目で見てきた。ビッチと吐き捨てられて軽蔑された。この反応はエッチな本で知っている。予知してはいなかったけれどそこまで目新しいものじゃない。高梨君が不登校になったときよりも僕に衝撃はない。ただ理由が分かりやすいので対処が簡単かというとそうでもない。
 
 彼は処女が好きだったのだ。誰の肌も知らない無垢な存在。
 使いこまれた肉壁はやわらかくとろけて気持ちがいいと評判だけれどそれよりも固く狭く自分以外の誰も知らない方がいい。そういう考えもあるのは分かる。気持ちよく性器を擦られるよりも自分でアレもソレもコレもしたかったのだ。教えたかったのだ。新品が好きで中古が嫌いというのは理解できる感覚だ。
 
 道具自体が平凡だったとしても長年の持ち主の癖が馴染んで「その人だけのモノ」になる。
 そして持ち主の格が高ければ高いほど道具の価値は高まる。
 弘法筆を選ばずなんていうのは弘法も筆の誤りになる。
 当たるも八卦当たらぬも八卦のようなもので両方言っておけばどっちかは当たるのだ。
 
 僕が選んだ道というのはたった一つの究極のモノ。
 人にはそれぞれ道があり色んな未来があるかもしれない。
 僕にはそれが意味があるようには思えなかった。
 
 至高の芸術品になれるのならすべて捨てて構わない。
 捨てるのではなく今までの僕が途中だったというただそれだけのこと。
 どんな経験も僕を芸術品にするためのモノだと考えれば受け入れられる。
 
 ただ人の嗜好はそれぞれ違う。
 
 彼からすると僕は他の人の手垢がついた気持ちが悪い存在なのかもしれない。普通に考えるなら彼ほどのレベルの人間なら好き勝手真新しいものを染め上げていけるのだ。経験を積むためというよりも逃げられなかったとはいえ先輩たちに身体を許したのは間違いだったかもしれない。
 
 きちんと開発された乳首はシャワーの水圧も気持ちよく感じるし前立腺での刺激だけで僕は射精できる。そういった風に身体は作り変えられている。経験値はゼロにはならない。
 着実に自分が至高の肉便器になっている僕に僕自身は満足していた。
 けれど持ち主がいない状態なってしまったら僕の価値を評価する人間がいないということだ。それは困ってしまう。
 
 とりあえず高校一年になった僕は生徒会長の親衛隊に入った。僕に告白してきた彼は無事に生徒会長になったのだ。生徒会役員の親衛隊はセフレ軍団らしい。他人の性行為の詳しい事情を知りたいかった。もちろん目の前でやってくれるかは分からないけれどきっと何とかなるだろう。僕は比較的ポジティブで日々を生きている。落ち込んでいたら肉便器などやっていられない。
 
 そして何が切っ掛けか知らないけれどいつの間にか僕は親衛隊の中でも「生徒会長のお気に入り」の地位にいた。よく分からない。
 
 結局、彼は僕のことを切り捨てることをしなかったのだ。告白してきたのだから嫌っていたわけじゃないのは分かる。とはいってもダメになったとばかり思っていた。彼は処女以外お断りなんだろう。
 
 小学校のころと変わらず何かしら気にかけて助けてくれた。
 それは生徒会長としての枠組みから外れている。
 
 つまりビッチという罵りは処女だと思っていたのに手垢がついて汚らしいという事実に対する八つ当たりだったのだろう。資料にしているエッチな本にもよくあった。淫乱つまり感度の良い肉体が他人により作り上げられたという苛立ちをどうにかして解消したいと考える。その結果としての吐き捨て。
 
 泣きながら少女や少年を犯して「ビッチの淫乱、死ねっ」と言いながら首を絞めながら射精する。ビッチの淫乱の肉体に興奮していることも対象者がビッチな淫乱になったことも悲しかったり悔しかったりするのだ。泣きながらそれでも犯さずにはいられない精神構造は僕には分からないけれど償うのなら命をかけなければならないらしい。
 
 彼が好きそうな処女のような顔で謝り続けていたら次第に態度は軟化した。周りから諭されたのかもしれない。なぜか周囲の人間は僕にとても優しい。生徒会長の肉便器として頑張っていると理解してからは特に優しい。やはり生徒会長の肉便器ともなると特別な存在だといえるんだろう。
 
 高校一年の夏休みを前にして涙ながらに「俺がオマエを一生大切にする」なんて宣言をされて僕の周りが少しだけざわついたこともあるけれど以前の学校と違って今は友達がいないのでどうでもいい。
 親衛隊の中で浮いた存在になったとしても僕は肉便器としての役目を放棄するつもりなんてない。
 
 会長は大切にするという宣言通り僕を三日に一回は使うようになった。道具は適度に使用しないとその意味を失う。錆ついてはいけない。いつでも気持ちよくなって貰えるように気を配る。僕はよく出来た肉便器なのだから当然だ。
 
 きちんと僕も処女好きの会長のために喘ぎすぎたり隠語を連発しないように気を付けた。結果はとても良かったんだと思う。僕を片時も離さないようになった会長の姿に満足感を覚えていた。僕を磨くために入浴剤から洋服、アクセサリー、食べ物や睡眠時間も会長は管理し始めた。僕をよりよい肉便器にするために感度を高める性感マッサージも怠らない。
 
 完璧だと思っていた、けれど――。
 
「会長様が転入生と浮気されている」
 
 先輩である親衛隊長にそう言われた。
 
 高校二年の春、今現在のことだ。
 
 去年も転入生がやってきて学園を騒がせていたけれど夏休みを前に退学していった。
 今年はどうなるのかと思ったら似たような状況になっているらしい。
 僕は学園の情報に疎い。親衛隊とはいっても周りと親交が深くない。小学校の頃の顔見知りや会長たちとは話すけれど親衛隊員とは隊長以外と会話しない。避けられているようだ。
 
 隊長が僕に求めているのは転入生を会長から引き離すことだろう。僕が会長の肉便器であるのならしっかりと下半身の管理をしろということだ。
 以前はどうか知らないけれど大切にすると言われてから僕以外と会長は性交渉をしていない。僕だけしか会長は求めていないのだ。その事実に僕は満足していた。僕の肉便器としての性能が証明された気分だったからだ。
 
「会長と付き合ってるんでしょ」
「いえ、そんな事実はありません」
「はぁ!? 去年にアレだけの騒動を起こして……はぁ!?」
 
 去年の騒動が何の話か分からないけれど僕は会長とは付き合っていない。付き合って欲しいと言われたのは高校に上がる前のことだ。あれはきっとなかったことになっている。会長はすでに僕が好きじゃないだろう。処女が好きなのだ。他人に開通済みになった中古には興味ないに違いない。お情けで使っているのだろう。仮に僕を好きだとしたら転入生と浮気などしない。
 
 というよりも。
 
「肉便器なので浮気以前の問題です」
 
 僕は道具だ。
 道具になりたい。
 そのために感情に意味を持たせたりしない。
 嫉妬心などいらない。
 道具だから心はいらない。
 僕に必要なのは芸術品へと至る道のり。
 究極の存在に押し上げるための材料こそが僕が他人に求めるものだ。
 
 幼い日に見た夢。
 
 木佐木(きさぎ)冬空(とあ)。
 現代のレオナルド・ダ・ヴィンチなんて言われている天才。
 テレビや雑誌の特集を見たのはたまたまだけれど鳥肌が立った。
 
 退屈しのぎにナイフと木片を使って小指サイズの猫を彫り上げた。
 木の年輪模様がそのまま猫の毛並みを表現するという神業。
 それを成し遂げたのは五歳前後だという。彼の作り上げるものは全て輝いて見えた。
 
 ものづくりの天才と言われる木佐木(きさぎ)冬空(とあ)の最高傑作は人目に触れることなく恋人にだけ渡されたというインタビューを見た。
 
 博物館に飾るだけの価値があるものを一般人に渡すことを愚行と罵る人間も多い。
 けれど、だからこその愛の証。
 とても羨ましくて憧れて、そして気になった。
 
 木佐木(きさぎ)冬空(とあ)が作り上げたものがなんであるのか。
 地球が崩壊しても壊れないものを作ったとインタビューには書かれていた。
 永久に存在し続けるもの。
 それが大言壮語でないというのならなんて羨ましいんだろう。
 
 僕もそうなりたい。

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